25 / 52
第三章 見つめて、手放して
25話 三年前の出来事
しおりを挟む──三年前。
店の照明は少し暗くて、カウンターの上だけがやけに明るい。
グラスの中で氷が鳴る音が、会話の合間に小さく入り込む。
仕事帰りの人たちのざわめき。
週末には少し早い平日の夜。
みいなは、グラスの縁を指でなぞりながら、視線を落としたまま言った。
「……なんかさ、フラれ、ちゃった……」
少し間が空いてから、大地が口を開いた。
「みいな、お前また……」
責めるでも、呆れるでもない。
ただ事実を確認するみたいな声音。
「うん……」
みいなは小さくうなずく。
「なんか、最初はガンガン押されて始まったけど……
みいなの気持ち、よくわかんないって言われて」
言い終わったあと、自分でも変だな、と思った。
“わかんない”って言われたのは、相手なのに。
なぜか、責められたみたいな気分になっている。
大地は一度グラスを口に運んでから、少しだけ考えるように言った。
「……それ、みいな。
ちゃんとそいつのこと好きだったか?」
即答できなかった。
「……わかんない」
そう答えてから、少し慌てて付け足す。
「でも……好きって言ってくれたから……」
その瞬間、大地の眉がわずかに動いた。
「お前はいっつもそうだよな」
ため息まじりの言葉。
でも、突き放す感じじゃない。
「相手が“好き”って言ってくれるとさ、
自分も好きな気がしてくるんだろ」
みいなは何も言えず、グラスの氷を揺らした。
「それで、あとから置いてかれたみたいな顔する」
図星だった。
「……悪いとは言わねぇけどさ」
大地はそう前置きしてから、少しだけ声を落とす。
「みいなが何を感じてるか、
ちゃんと見てくれるやつじゃねぇと、
また同じことになるぞ」
その言い方が、妙に真剣で。
みいなは、胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
「……ごめん」
思わずそう言うと、大地はすぐに被せる。
「謝るとこじゃねぇよ」
即答だった。
大地はグラスを置いて、みいなを見る。
「押されて始まったならさ、それはもう“始め方”がそいつの都合だろ。
みいなが悪いわけない」
「……でも」
言いかけて、言葉が詰まる。
みいなは指先でグラスの縁をなぞった。
「でも、わたしも……嫌って言えなかったし」
「嫌じゃなかった?」
「……ううん。嫌、じゃない時もあった」
正直に言うと、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「ただ……だんだん、分からなくなってきて」
「なにが?」
「好きって言われるたびに、安心する自分と、
そのあと何も残らない感じがあって……」
言葉にすると、思っていたより静かな声だった。
「一緒にいるときは、ちゃんと優しくて。
好きだって言葉も、嘘じゃなかったと思うんだけど……」
少し間を置いて、みいなは続ける。
「でも、別れ際とか、次の日になると。
あ、わたしとその人が見てる温度、少し違うんだなって思う瞬間があって」
大地はすぐに口を挟まない。
ただ、黙って聞いている。
「それでも、好きって言われると、
一緒に居ようかな、とか思っちゃって……」
「……みいな」
大地が低く名前を呼ぶ。
「それ、真実を見ないフリしてただけだろ」
「……うん」
否定できなかった。
「好きって言葉に、相手を見てたんじゃなくてさ。
好きって言われてる“自分”を、守りたかったんじゃねぇの」
胸の奥を、正確に突かれた気がした。
「……そうかも」
小さく笑う。
「わたし、いつもそうだね」
「そうだな」
大地はあっさり言った。
「でもさ、それって弱いってことじゃねぇよ。
ちゃんと誰かを信じようとしてただけだ」
少し間を置いて、続ける。
「ただ、相手がそれに応えられなかっただけ」
みいなは顔を上げた。
「……大地って、こういうとき、優しいよね」
「優しいんじゃねぇよ」
照れもせず、ぶっきらぼうに言う。
「長ぇ付き合いだから、見てきただけだ」
グラスの氷が、からん、と鳴る。
「みいなはさ。
好きって言われなくても、大事にされるやつだろ」
その言い方が、断定みたいで。
胸の奥が、じんとした。
「……ありがとう」
それだけ言うと、少しだけ視線を落とす。
そのときだった。
店内のざわめきに混じって、誰かの焦った声が聞こえた。
50
あなたにおすすめの小説
『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて
設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。
◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。
ご了承ください。
斉藤准一 税理士事務所勤務35才
斎藤紀子 娘 7才
毒妻: 斉藤淳子 専業主婦 33才 金遣いが荒い
高橋砂央里 会社員 27才
山本隆行 オートバックス社員 25才
西野秀行 薬剤師 22才
岡田とま子 主婦 54才
深田睦子 見合い相手 22才
―――――――――――――――――――――――
❧イラストはAI生成画像自作
2025.3.3 再☑済み😇
マッチ率100%の二人だが、君は彼女で私は彼だった
naomikoryo
恋愛
【♪♪♪第19回恋愛小説大賞 参加作品♪♪♪ 本編開始しました!!】【♪♪ 毎日、朝5時・昼12時・夕17時 更新予定 ♪♪ 応援、投票よろしくお願いします(^^) ♪♪】
出会いサイトで“理想の異性”を演じた二人。
マッチ率100%の会話は、マッチアプリだけで一か月続いていく。
会ったことも、声を聞いたこともないのに、心だけが先に近づいてしまった。
――でも、君は彼女で、私は彼だった。
嘘から始まったのに、気持ちだけは嘘じゃなかった。
百貨店の喧騒と休憩室の静けさの中で、すれ違いはやがて現実になる。
“会う”じゃなく、“見つける”恋の行方を、あなたも覗いてみませんか。
うわさの行方
下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。
すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。
戦場から帰るまでは。
三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。
ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。
「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです
ひふみ黒
恋愛
【婚約破棄から始まる、不器用なライオン(冷徹社長)の猛烈な求愛!】
「俺の妻になるなら覚悟しろ。……もう、指一本逃がすつもりはない」
★あらすじ★
「美月は完璧すぎて、可愛げがないんだよ」
28歳の誕生日。
一流ホテルのウエディングプランナーである相沢美月(あいざわ みつき)は、婚約者の裏切りにより、結婚目前ですべてを失った。
雨の降る路地裏。
ヒールも折れ、心も折れてうずくまっていた美月の前に現れたのは、かつての高校時代の天敵であり、現在は勤務先の冷徹な社長 一条蓮(いちじょう れん)だった。
「捨て猫以下だな」
そう憎まれ口を叩きながらも、彼は泥だらけの美月を躊躇なく抱き上げ、最高級ペントハウスへと連れ帰る。
そして、彼が突きつけたのは、あまりにも強引な提案だった。
「住む場所がないなら、俺の家に来い。その代わり――俺の『婚約者』役を演じろ」
利害の一致した契約関係。
条件は「お互いに干渉しないこと」、そして「決して手を出さないこと」。
……のはずだったのに。
「髪、濡れたままだと風邪を引く」
「あんな男のために泣くな。顔が台無しだ」
同居生活で見えてきたのは、冷徹な仮面の下に隠された、不器用すぎるほどの優しさと独占欲。
美月が作った手料理を誰よりも美味しそうに食べ、元婚約者が復縁を迫ってくれば「俺の女に触れるな」と徹底的に排除する。
天敵だったはずの彼に守られ、凍っていた美月の心は次第に溶かされていく。
しかし、ある雷雨の夜。
美月が不用意に彼に触れた瞬間、一条の理性のタガが外れてしまい――。
「……手を出さない約束? 撤回だ」
「そんな無防備な顔で見つめて、何もしないでいられるほど、俺は聖人君子じゃない」
10年越しの片思いをこじらせたハイスペック社長 × 仕事熱心で恋愛に臆病なプランナー。
契約から始まった二人の関係が、本物の愛(溺愛)に変わるまで。
元婚約者への痛快な「ざまぁ」も収録した、極上の大人のシンデレラストーリー!
【登場人物】
◆相沢 美月(28)
ホテルの敏腕ウエディングプランナー。真面目でお人好しな性格が災いし、「つまらない女」と婚約破棄される。実は家事万能で、酔うと少しだけ甘えん坊になる(本人は無自覚)。
◆一条 蓮(28)
ホテルグループの社長。美貌と才覚を併せ持つが、他人に興味を示さないため「氷の貴公子」と呼ばれる。実は高校時代から美月を一途に想い続けており、彼女のこととなると冷静さを失う。
君と暮らす事になる365日
家具付
恋愛
いつでもぎりぎりまで疲れている主人公、環依里(たまき より)は、自宅である築28年のアパートの扉の前に立っている、驚くべきスタイルの良さのイケメンを発見する。このイケメンには見覚えがあった。
何故ならば、大学卒業後音信不通になった、無駄に料理がうまい、変人の幼馴染だったのだから。
しかし環依里は、ヤツの職業を知っていた。
ヤツはメディアにすら顔を出すほどの、世間に知られた天才料理人だったのだ!
取扱説明書が必要な変人(世間では天才料理人!?)×どこにでもいる一般人OL(通訳)の、ボケとツッコミがぶつかりあうラブコメディ!(予定)
【完結】ルースの祈り ~笑顔も涙もすべて~
ねるねわかば
恋愛
悪路に閉ざされた貧しい辺境ルースライン領。
兄を支えたい子爵令嬢リゼは、視察に来た調査官のずさんな仕事に思わず異議を唱える。
異議を唱えた相手は、侯爵家の子息で冷静沈着な官吏ギルベルト。
最悪の出会いだった二人だが、領の問題に向き合う中で互いの誠実さを知り、次第に理解し合っていく。
やがてリゼが王都で働き始めたことを機に距離を縮める二人。しかし立ちはだかるのは身分差と政略結婚という現実。自分では彼の未来を縛れないと、リゼは想いを押し込めようとする。
そんな中、故郷の川で拾われる“名もなき石”が思わぬ縁を呼び、リゼの選択と領の未来を動かしていく――。
想いと責務の狭間で揺れる青年と、自分を後回しにしがちな少女。
すれ違いと葛藤の先で、二人は互いを選び取れるのか。
辺境令嬢の小さな勇気が恋と運命を変えていく。
※作中の仕事や災害、病、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
※8万字前後になる予定です。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
結婚したくない腐女子が結婚しました
折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。
仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。
本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは?
※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。
主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。
※番外編に入り、百合についても語り始めました。
こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。
※番外編を随時更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる