47 / 71
第六章 月→金まで
45話 あの夜の話
12月。平日の夜、駅前のロータリー。
灯りがにじむ空の下、薄手のロングコートを羽織った玲奈が改札口の前に立っていた。
その姿を見つけた瞬間、あやの声が弾む。
「玲~奈~さ~~んっ!」
弾かれるように駆け寄って、そのまま腕にぎゅっと抱きついた。
周囲の目も気にせず、顔をうずめるようにして。
「え? ど、どうしたの……?」
驚いたように玲奈が問いかける。
でも、あやはすぐには顔を上げずに、ちいさく呟いた。
「……いや、もう、“どうしたの”じゃないよ」
「?」
「なんかもう……こっちが胸いっぱいで……!」
玲奈が口元にうっすら笑みを浮かべたまま、黙って待つ。
あやはようやく顔を上げて、目を潤ませながら、照れたように笑った。
「その……話、聞けるのが、嬉しくて……!
ずっと、聞きたかった……!」
玲奈の表情が、ふっとやわらぐ。
「……そっか。じゃあ、行こっか。
今日は、ちょっと濃い話になるかもよ?」
「うん!覚悟してる!」
そのままあやの腕を軽く引いて、ふたりは人混みを抜けて並んで歩き出した。
あやは、歩きながら落ち着かない様子で指をもぞもぞと絡める。
「で? で? ……どんな感じで……?」
勢いよく口にしてから、ふと息を飲んで立ち止まる。
「……いや、待って。
ちゃんと座ってから……っ」
「ちょっとあやちゃん、落ち着いて?」
玲奈は小さく笑って、歩き出す。
玲奈は笑いながら、提灯の灯る小さな居酒屋の暖簾をくぐる。
中は程よく賑わっていて、他人の笑い声とグラスの音が、かえって話しやすい空気をつくっていた。
カウンターの奥、壁際のふたり席。
木のテーブルの上にはすでに、お通しとドリンクが並んでいる。
「……ね、乾杯しよ?」
あやは少し息を整えて、グラスを手に取る。
「うん、じゃあ……」
ふたりで軽くグラスを合わせた瞬間、あやが勢いよく身を乗り出した。
「……じゃあ、改めて聞かせてくださいっ」
目がキラキラしてて、頬までほんのり赤くて。
その熱気に玲奈は少しだけたじろぎながら、でもどこか嬉しそうに口を開いた。
「ええーっと……、何から話そっかな……」
玲奈がグラスをくるくる回しながら、わざと焦らすように笑う。
あやはもう、箸を持つのも忘れて身を乗り出してた。
「じゃあまず!あの後どこ行ったの?」
「んー……車で、夜景の見えるレストランに……」
「えーーー、すてきっ!
夜景レストランとか反則ぅ……」
「ふふっ、まぁね」
玲奈がグラスを口に運ぶ。
「でっ!で?そのあとは?
……てか、そもそもさ、雰囲気的に、もう……そうなる流れだったの?」
言ったあとで、自分で照れて顔を覆うあや。
「わ、わたし、何聞いてるのっ……!」
「いやいや、聞くって言ってたでしょ」
「だって!
今日それ聞くために来たのに……なんか、いざとなったら緊張してきちゃったっ……!」
「かわいいな~ほんと」
玲奈は口元を隠して笑いながら、グラスの縁に指を沿わせた。
「……じゃあ、そろそろ話そっか。
あの夜のこと——ね」
「……ご飯のあと、なんか、ふたりきりになりたいね、ってなって。
その時はちゃんとした言葉はなかったんだけど、彼の車でそのまま移動して……静かな道の先に、ホテルがあって」
「そしたら、部屋に入る直前に“好きだ”って。
“ちゃんと付き合いたい”って」
あやの目がぱちぱちと瞬く。
「私ね、そんなタイミングで言われてびっくりしたけど……嬉しくて。
で……」
玲奈はグラスを置き、少し息を吐いた。
「部屋に入ったあと、すぐ抱きしめられて、“好きだよ”ってもう一度言ってくれて」
「……はぁ、ちょっと待って、幸せすぎて苦しい……」
あやが胸を押さえながらも、どこか潤んだ目で玲奈を見る。
玲奈は、少し恥ずかしそうに笑いながらも、ちゃんと目を見て言った。
「……私……流されたんじゃない。
自分で、進んだの。自分で、選んだって思ってる」
あやは、ぽかんと口を開けたまま、しばらく黙っていた。
玲奈の言葉がじわじわと胸に染みてきて、気づけば、箸を持つ手も止まっていた。
「……なんかもう、映画みたいで……
聞いてるだけでドキドキしちゃう……」
「ふふ、そう?」
「だって……ちゃんと気持ちを伝えて、確かめ合って、全部、すっごく……」
そこまで言って、あやは急に俯いた。
あやのグラスが、コトン、とテーブルに置かれる。
梅酒の氷が小さく揺れて、カランと音を立てた。
「……いいなぁ、そういうの……」
言い終えてから、あやは箸の先で枝豆をつつく。
「はじめてのときって、やっぱり……
“ちゃんと大事にされてる”って思いたいから……」
ぽつりと零れたその言葉に、玲奈はゆっくりと顔を上げた。
騒がしい店内の中でも、ふたりのあいだだけ空気がすっと静まる。
そして——
あやが、ふと顔を上げた。
「……で、そのまま……?」
グラスを両手で包んだまま、あやがそっと訊ねる。
ほんの少しだけ、顔を赤くしながら。
玲奈は、一瞬だけ目を伏せたあと、静かに笑った。
「……うん」
玲奈の言葉に、あやは小さく息を呑んだ。
思わず、手が口元へ――
「……っ」
顔を赤くしながら、そっと玲奈を見つめる。
──やっぱり、そうなんだ……。
「でも……なんだろ、ほんとに、丁寧で……
優しくて……それが逆に——くる、っていうか」
「くる?」
「うん。なんか……あぁ、ほんとに、ちゃんと“女として”大事にされてるって……
そういう風に、思わせてくれる感じだった」
あやは黙って、その言葉を聞いていた。
「最初は、恥ずかしさの方が勝ってたの。
裸、見られるのも、触れられるのも、全部すごく緊張してたし」
玲奈の瞳が、ふっとあやを見た。
「でもね……途中からは、こっちの方が、抑えきれなくなってたかも」
言葉を落としたあと、ほんのり笑ったその顔に、あやの胸がじん、と熱くなる。
「……いいなぁ……」
ぽつりと、つぶやくように。
その声に、玲奈はふっと眉を緩めた。
「ほんと、幸せな夜だったんだね、玲奈さん」
あやの声が、少し掠れる。
「なんかもう、こっちまで……幸せ」
そう言って笑った瞬間、頬を伝うものに気づいて、あや自身が驚いた。
「え……なんで……?」
手の甲で慌ててぬぐっても、ぽろぽろと止まらない。
「ちょ、あやちゃん……なんで泣いてるの?」
玲奈が目を丸くする。
「だ、だって……嬉しくて……っ」
声が震えて、笑顔のまま涙がこぼれる。
その顔を見ていたら、玲奈の目頭もじんわり熱くなってきた。
「もう……あやちゃんが泣くから……っ」
ふたりで笑い泣きになって、テーブルの上でティッシュを押し合いながら、何度も目をぬぐった。
あなたにおすすめの小説
片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた
アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。
高校生くらいから何十回も告白した。
全て「好きなの」
「ごめん、断る」
その繰り返しだった。
だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。
紛らわしいと思う。
彼に好きな人がいるわけではない。
まだそれなら諦めがつく。
彼はカイル=クレシア23歳
イケメンでモテる。
私はアリア=ナターシャ20歳
普通で人には可愛い方だと言われた。
そんなある日
私が20歳になった時だった。
両親が見合い話を持ってきた。
最後の告白をしようと思った。
ダメなら見合いをすると言った。
その見合い相手に溺愛される。
【4/5完結予定】春を蒔く
ねるねわかば
恋愛
穀倉地帯バーレイ領主の娘ベアトリスは、結婚を予定していた幼馴染みの裏切りを知り領地を出た。
王都の女学校で慣れない勉強に苦心するなか、図書館で白皙の苦学生と出会う。
彼から教わったのは、学ぶことの意味。初めて感じた動悸とともに、ベアトリスの世界は変わった。
卒業、別れ、そして八年の月日。
『美味しい麦を作りたい』
ただそれだけを叶えるために、ベアトリスは今年も種を蒔く。
全12話です。
「職場では隙のない完璧な先輩が、家ではゆるニットで甘えてくる。それでも彼女は、まだ俺の恋人じゃない」
まさき
恋愛
会社では完璧で、誰も近づけない先輩。
そんな彼女と、俺は同じ部屋で暮らしている。
「…おかえり」
ゆるニット姿の彼女は、家でだけ甘い声を出す。
近い。甘い。それでも――
「ちゃんと付き合ってから」
彼女は知っている。自分が好きになりすぎることを。
嫌われるのが怖くて、迷惑になるのが怖くて。
だから一歩手前で、いつも笑って止まる。
最初から好きなくせに、言えない彼女と。
気づいているのに、待っている俺の話。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。