玲奈31歳〜理屈じゃない恋は突然に〜【R18】

月村 未来(つきむら みらい)

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第六章 月→金まで

45話 あの夜の話









12月。平日の夜、駅前のロータリー。
灯りがにじむ空の下、薄手のロングコートを羽織った玲奈が改札口の前に立っていた。

その姿を見つけた瞬間、あやの声が弾む。

「玲~奈~さ~~んっ!」

弾かれるように駆け寄って、そのまま腕にぎゅっと抱きついた。
周囲の目も気にせず、顔をうずめるようにして。

「え? ど、どうしたの……?」

驚いたように玲奈が問いかける。

でも、あやはすぐには顔を上げずに、ちいさく呟いた。

「……いや、もう、“どうしたの”じゃないよ」

「?」

「なんかもう……こっちが胸いっぱいで……!」

玲奈が口元にうっすら笑みを浮かべたまま、黙って待つ。

あやはようやく顔を上げて、目を潤ませながら、照れたように笑った。

「その……話、聞けるのが、嬉しくて……! 
ずっと、聞きたかった……!」

玲奈の表情が、ふっとやわらぐ。

「……そっか。じゃあ、行こっか。
今日は、ちょっと濃い話になるかもよ?」

「うん!覚悟してる!」

そのままあやの腕を軽く引いて、ふたりは人混みを抜けて並んで歩き出した。

あやは、歩きながら落ち着かない様子で指をもぞもぞと絡める。

「で? で? ……どんな感じで……?」

勢いよく口にしてから、ふと息を飲んで立ち止まる。

「……いや、待って。
ちゃんと座ってから……っ」

「ちょっとあやちゃん、落ち着いて?」

玲奈は小さく笑って、歩き出す。



玲奈は笑いながら、提灯の灯る小さな居酒屋の暖簾をくぐる。

中は程よく賑わっていて、他人の笑い声とグラスの音が、かえって話しやすい空気をつくっていた。
カウンターの奥、壁際のふたり席。
木のテーブルの上にはすでに、お通しとドリンクが並んでいる。

「……ね、乾杯しよ?」

あやは少し息を整えて、グラスを手に取る。

「うん、じゃあ……」

ふたりで軽くグラスを合わせた瞬間、あやが勢いよく身を乗り出した。

「……じゃあ、改めて聞かせてくださいっ」

目がキラキラしてて、頬までほんのり赤くて。
その熱気に玲奈は少しだけたじろぎながら、でもどこか嬉しそうに口を開いた。


「ええーっと……、何から話そっかな……」

玲奈がグラスをくるくる回しながら、わざと焦らすように笑う。

あやはもう、箸を持つのも忘れて身を乗り出してた。

「じゃあまず!あの後どこ行ったの?」

「んー……車で、夜景の見えるレストランに……」

「えーーー、すてきっ!
夜景レストランとか反則ぅ……」

「ふふっ、まぁね」

玲奈がグラスを口に運ぶ。

「でっ!で?そのあとは?
……てか、そもそもさ、雰囲気的に、もう……そうなる流れだったの?」

言ったあとで、自分で照れて顔を覆うあや。

「わ、わたし、何聞いてるのっ……!」

「いやいや、聞くって言ってたでしょ」

「だって!
今日それ聞くために来たのに……なんか、いざとなったら緊張してきちゃったっ……!」

「かわいいな~ほんと」

玲奈は口元を隠して笑いながら、グラスの縁に指を沿わせた。

「……じゃあ、そろそろ話そっか。
あの夜のこと——ね」



「……ご飯のあと、なんか、ふたりきりになりたいね、ってなって。
その時はちゃんとした言葉はなかったんだけど、彼の車でそのまま移動して……静かな道の先に、ホテルがあって」

「そしたら、部屋に入る直前に“好きだ”って。
“ちゃんと付き合いたい”って」

あやの目がぱちぱちと瞬く。


「私ね、そんなタイミングで言われてびっくりしたけど……嬉しくて。
で……」

玲奈はグラスを置き、少し息を吐いた。


「部屋に入ったあと、すぐ抱きしめられて、“好きだよ”ってもう一度言ってくれて」


「……はぁ、ちょっと待って、幸せすぎて苦しい……」


あやが胸を押さえながらも、どこか潤んだ目で玲奈を見る。

玲奈は、少し恥ずかしそうに笑いながらも、ちゃんと目を見て言った。


「……私……流されたんじゃない。
自分で、進んだの。自分で、選んだって思ってる」







あやは、ぽかんと口を開けたまま、しばらく黙っていた。
玲奈の言葉がじわじわと胸に染みてきて、気づけば、箸を持つ手も止まっていた。

「……なんかもう、映画みたいで……
聞いてるだけでドキドキしちゃう……」

「ふふ、そう?」

「だって……ちゃんと気持ちを伝えて、確かめ合って、全部、すっごく……」

そこまで言って、あやは急に俯いた。


あやのグラスが、コトン、とテーブルに置かれる。
梅酒の氷が小さく揺れて、カランと音を立てた。

「……いいなぁ、そういうの……」

言い終えてから、あやは箸の先で枝豆をつつく。

「はじめてのときって、やっぱり……
“ちゃんと大事にされてる”って思いたいから……」

ぽつりと零れたその言葉に、玲奈はゆっくりと顔を上げた。
騒がしい店内の中でも、ふたりのあいだだけ空気がすっと静まる。


そして——

あやが、ふと顔を上げた。

「……で、そのまま……?」


グラスを両手で包んだまま、あやがそっと訊ねる。
ほんの少しだけ、顔を赤くしながら。

玲奈は、一瞬だけ目を伏せたあと、静かに笑った。


「……うん」

玲奈の言葉に、あやは小さく息を呑んだ。
思わず、手が口元へ――

「……っ」

顔を赤くしながら、そっと玲奈を見つめる。

──やっぱり、そうなんだ……。


「でも……なんだろ、ほんとに、丁寧で……
優しくて……それが逆に——くる、っていうか」

「くる?」

「うん。なんか……あぁ、ほんとに、ちゃんと“女として”大事にされてるって……
そういう風に、思わせてくれる感じだった」

あやは黙って、その言葉を聞いていた。

「最初は、恥ずかしさの方が勝ってたの。
裸、見られるのも、触れられるのも、全部すごく緊張してたし」

玲奈の瞳が、ふっとあやを見た。

「でもね……途中からは、こっちの方が、抑えきれなくなってたかも」

言葉を落としたあと、ほんのり笑ったその顔に、あやの胸がじん、と熱くなる。

「……いいなぁ……」

ぽつりと、つぶやくように。

その声に、玲奈はふっと眉を緩めた。

「ほんと、幸せな夜だったんだね、玲奈さん」

あやの声が、少し掠れる。

「なんかもう、こっちまで……幸せ」

そう言って笑った瞬間、頬を伝うものに気づいて、あや自身が驚いた。

「え……なんで……?」

手の甲で慌ててぬぐっても、ぽろぽろと止まらない。

「ちょ、あやちゃん……なんで泣いてるの?」

玲奈が目を丸くする。

「だ、だって……嬉しくて……っ」

声が震えて、笑顔のまま涙がこぼれる。

その顔を見ていたら、玲奈の目頭もじんわり熱くなってきた。

「もう……あやちゃんが泣くから……っ」

ふたりで笑い泣きになって、テーブルの上でティッシュを押し合いながら、何度も目をぬぐった。





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