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9.独白(アロイスside)
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我ながら、才能に恵まれすぎていた。
やろうと思えば何でも、普通ではできないことさえもできた。
俺は元来静寂を好む気質だったのに、もてはやされる日々は騒々しく、不快だった。
それでも望まれるままの行動を取ることが最善だと、いつの間にかよく出来た外面が仕上がっていた。
ちょっとした息抜きだった。
夜空を散歩し、塔の上から町を見下ろしていた時。
馬鹿みたいに必死に、叫び掛けられた。
まさか俺のこと心配してんの? って。馬鹿な奴だと思った。
何を勘違いしているのか。
ボロボロの身なりで、笑えるくらい必死になって走ってきて、それなのに彼女の方が今にも死にそうだった。
そんな馬鹿の顔を正面から拝んでやろうと覗き込んだ瞬間、俺は脳天へと雷が降ってきたのかと思うほどの衝撃を受けた。
かき分けられた長い髪の下から覗いた赤い瞳は特徴的だったけれど、それを含めて彼女の美しさに見惚れた。
つまるところ、一目惚れである。
齢十にして、生まれて初めての妙な感覚に、生まれて初めて死ぬほど戸惑った。
『ウチ来る?』と、必死に動揺を悟られないようにしつつ誘って、冷え切った小さな手を取って、その愛おしさに脳が溶けそうになった。
──なんだこれ。
体の中で乱れる心臓は、およそ静寂とは程遠かった。
しかし不思議と嫌な気はしなかった。
リリは素朴で、今まで会ってきた女の子たちとは随分と違っていた。
優しくすれば大抵の子はみんな鬱陶しく擦り寄ってくるのに、リリはいつもふにゃりと困ったように笑うばかりだった。
どうやら優しくされることに慣れていないみたいで、時々涙を堪えるようにギュッと顔を顰めるところなんて、俺の体もふやけてしまうくらいに可愛かった。
何でもできる俺に、心配なんて杞憂だ。
なのにリリは自分の事のように俺の体を心配するし、ちょっとした無茶には悲鳴を上げて狼狽える。
可笑しくて可笑しくて、彼女を困らせることがちょっと癖になっていた。
日に日に明るくなっていったリリが、白くふんわりとした頬をぷっくりと膨れさせて拗ねるのを、何度だって見たかったから。
リリの瞳は血のように赤くて誰もが気味悪がっていたけれど、そんなものは大したことではなかったし、むしろ彼女の瞳は退魔の力を宿す希少なものなのに、誰もそれに気付けないのは酷く愚かで滑稽だった。
そしてそれは、俺にとっては好都合だった。
彼女は孤独だった。それを埋めてやれるのは俺しかいない。
その事実がどれだけ俺の心を満たしたか。
自分自身が戸惑うほどの御しきれない感情がある。
この渦巻く気持ちをぶつけたら、きっと彼女を潰してしまう。
だからいつも通り、外面の内側に秘めていた。
それに亀裂が入ったのは、十二の誕生パーティの時。
まるで街灯に群がる虫のように、俺の周りには絶え間なく有象無象が蔓延っていた。
適当に相手をしつつ、会の終わりを待つばかりだった時。
ふいに目に入ったのは、誰とも知らない男に声を掛けられているリリの姿。
肩口で整えられた艶のある銀色の髪に、陶器のように滑らかな白い肌。幼いながらも整った顔立ちは、人目を引くのも頷ける。
いくら瞳の色が気味悪かろうが、それを気にさせない品位を覚えて、ヴァンディード家に仕えているのだ。
不審に思う以上に、興味の方が引かれる者もいる。
同年代どころか、年配の人間にもグラスを渡す際にちらほらと声を掛けられて、だけどリリはにっこりと愛想のいい笑みを返していた。
何なら細やかな談笑まで交えていて、
『人付き合いが上手になったね』そう言って褒めてやるつもりだったのに。
『リリは貪くさいんだから、裏に回ってなよ』
『目障りだから、会場に入ってくるな』
そんな言葉が吐き出された。
感情のままに出た言葉は、確かな本心だった。
俺以外の人間に無防備に笑いかける、そんな姿は目障りでしかない。
お前は俺がいないと駄目なんだから。
俺だけのリリ。お前は”ここの”使用人なんだから、俺以外の人間に媚を売る必要なんてない。
決して、俺なしでも生きていけるなんて思いあがるな。
ドロドロとした気持ちが漏れ出した。
リリの怯えた表情に、いま彼女の中にいるのが自分だけなのだと感じて心地良くなった。
好きなのに、時折どうしようもなく憎くなるのは何故だろう。
感情のコントロールが効かない。
今まで何だってできたはずなのに、リリに纏わることだけは、自分で自分が、よくわからなくなってしまった。
やろうと思えば何でも、普通ではできないことさえもできた。
俺は元来静寂を好む気質だったのに、もてはやされる日々は騒々しく、不快だった。
それでも望まれるままの行動を取ることが最善だと、いつの間にかよく出来た外面が仕上がっていた。
ちょっとした息抜きだった。
夜空を散歩し、塔の上から町を見下ろしていた時。
馬鹿みたいに必死に、叫び掛けられた。
まさか俺のこと心配してんの? って。馬鹿な奴だと思った。
何を勘違いしているのか。
ボロボロの身なりで、笑えるくらい必死になって走ってきて、それなのに彼女の方が今にも死にそうだった。
そんな馬鹿の顔を正面から拝んでやろうと覗き込んだ瞬間、俺は脳天へと雷が降ってきたのかと思うほどの衝撃を受けた。
かき分けられた長い髪の下から覗いた赤い瞳は特徴的だったけれど、それを含めて彼女の美しさに見惚れた。
つまるところ、一目惚れである。
齢十にして、生まれて初めての妙な感覚に、生まれて初めて死ぬほど戸惑った。
『ウチ来る?』と、必死に動揺を悟られないようにしつつ誘って、冷え切った小さな手を取って、その愛おしさに脳が溶けそうになった。
──なんだこれ。
体の中で乱れる心臓は、およそ静寂とは程遠かった。
しかし不思議と嫌な気はしなかった。
リリは素朴で、今まで会ってきた女の子たちとは随分と違っていた。
優しくすれば大抵の子はみんな鬱陶しく擦り寄ってくるのに、リリはいつもふにゃりと困ったように笑うばかりだった。
どうやら優しくされることに慣れていないみたいで、時々涙を堪えるようにギュッと顔を顰めるところなんて、俺の体もふやけてしまうくらいに可愛かった。
何でもできる俺に、心配なんて杞憂だ。
なのにリリは自分の事のように俺の体を心配するし、ちょっとした無茶には悲鳴を上げて狼狽える。
可笑しくて可笑しくて、彼女を困らせることがちょっと癖になっていた。
日に日に明るくなっていったリリが、白くふんわりとした頬をぷっくりと膨れさせて拗ねるのを、何度だって見たかったから。
リリの瞳は血のように赤くて誰もが気味悪がっていたけれど、そんなものは大したことではなかったし、むしろ彼女の瞳は退魔の力を宿す希少なものなのに、誰もそれに気付けないのは酷く愚かで滑稽だった。
そしてそれは、俺にとっては好都合だった。
彼女は孤独だった。それを埋めてやれるのは俺しかいない。
その事実がどれだけ俺の心を満たしたか。
自分自身が戸惑うほどの御しきれない感情がある。
この渦巻く気持ちをぶつけたら、きっと彼女を潰してしまう。
だからいつも通り、外面の内側に秘めていた。
それに亀裂が入ったのは、十二の誕生パーティの時。
まるで街灯に群がる虫のように、俺の周りには絶え間なく有象無象が蔓延っていた。
適当に相手をしつつ、会の終わりを待つばかりだった時。
ふいに目に入ったのは、誰とも知らない男に声を掛けられているリリの姿。
肩口で整えられた艶のある銀色の髪に、陶器のように滑らかな白い肌。幼いながらも整った顔立ちは、人目を引くのも頷ける。
いくら瞳の色が気味悪かろうが、それを気にさせない品位を覚えて、ヴァンディード家に仕えているのだ。
不審に思う以上に、興味の方が引かれる者もいる。
同年代どころか、年配の人間にもグラスを渡す際にちらほらと声を掛けられて、だけどリリはにっこりと愛想のいい笑みを返していた。
何なら細やかな談笑まで交えていて、
『人付き合いが上手になったね』そう言って褒めてやるつもりだったのに。
『リリは貪くさいんだから、裏に回ってなよ』
『目障りだから、会場に入ってくるな』
そんな言葉が吐き出された。
感情のままに出た言葉は、確かな本心だった。
俺以外の人間に無防備に笑いかける、そんな姿は目障りでしかない。
お前は俺がいないと駄目なんだから。
俺だけのリリ。お前は”ここの”使用人なんだから、俺以外の人間に媚を売る必要なんてない。
決して、俺なしでも生きていけるなんて思いあがるな。
ドロドロとした気持ちが漏れ出した。
リリの怯えた表情に、いま彼女の中にいるのが自分だけなのだと感じて心地良くなった。
好きなのに、時折どうしようもなく憎くなるのは何故だろう。
感情のコントロールが効かない。
今まで何だってできたはずなのに、リリに纏わることだけは、自分で自分が、よくわからなくなってしまった。
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