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獣
しおりを挟むまだ長らく続くだろう夜会の陰で、研究棟は静まり返っていた。
連れてこられたのは物置にも使われていない空き部屋。
扉の隙間から異様な香の匂いが漂っている。
ここに来て初めて彼女の意図に気付いたエマは、中に入る前に女をどうにかしようと考えたが──部屋の中から聞こえたくぐもった叫声に身が固くなった。
「まだ待つように言ったのに」
そんな呟きを聞いて、エマは女よりも先にドアノブを捻った。
驚いている女を気にしないままに、勢いよく扉を開けて部屋に入る。
男が二人と、その奥のベッドに目と口元に布をあてがわれ、手を後ろで縛られているアリスがいた。
服が乱されている。
怯えて震え上がっているのが、入口からでもわかった。
「早く、意識が戻り切る前に視界と口を塞いで」
立ち尽くすエマの後ろから、遅れて入ってきた女が男たちに指示を出した。
言われるがままに立ち上がってこちらに寄ってきた男たちは、「上玉のお嬢様方と遊べて最高だ」と言いながら、エマの腕を舐めるように撫でた。
喉元までせり上がってくる嫌悪感に、頭がグラグラと揺れた。
下卑た笑い声が耳に張り付く。
気持ち悪い──そう思った時には、撫でる手の感触は消えていた。
一瞬、時間も空気も流れるのを止めたような静寂が部屋を埋めた。
直後、それを引き裂くような男の絶叫が上がる。
くるくると弧を描いて宙を舞った男の腕が、ボトリと間抜けな音を立てて床へと落ちる。
鮮烈な赤が散ったが、火の赤と違って血の色は好ましく思えた。
情けない姿でのたうち回る男を見下ろし、芋虫のようだと思う。
四肢を削いで、もっとそれらしくしてやろうか。
エマは男を足で転がして、愉快そうに笑っていた。
残りの二人に視線をやれば、たちまち腰を抜かして後退る。
恐怖に染まった瞳でこちらを見るので、エマは男に向かって掌を向け──「えい」と一息にそれを握りしめた。
ぐちゅりと果実を潰したような音がして、男の目玉は潰れ、出来上がった空洞の中から血の涙が噴き出す。
這いつくばって逃げようとした女からは足を奪ってやる。
部屋の中はただひたすらに叫喚だけが響き渡っていた。
もっともっと痛い目に合えば、きっと彼女たちも更生できる。その手伝いをするだけなのだ。
次の苦痛を与えるため、エマは地に伏す三人に指先を向け──、
「エマちゃん、ストップ」
いいところだったのに、視界が暗くなった。
背中からぬるい暖かさに包まれて、冷え切っていた体がゆっくりと熱を取り戻していくように感じた。
「アルさん?」
目元を覆うのは恐らく白衣の袖に埋もれた手のひら。
「そうだよ、落ち着いた?」
「私、最初から冷静でしたよ」
言いながら彼の手を下ろし、エマは振り返って笑ってみせた。
辺りを包んでいた冷気の霧が消散するころには、悲鳴は収まり、転がっていた腕や足、血しぶきまでもが綺麗に消え、何の変哲もない空き部屋に戻っていた。
ただ、ガクガクと震えて、焦点の合わない瞳を揺らし、顔から液という液を垂れ流しにしている三名が、床に転がっているだけだ。
振り返った先にはアルだけでなくフェリクスもいて、彼は苦い顔をしながら部屋の奥でわけもわからず怯えているアリスに近付いた。
拘束を解き、肩に上着を掛けてやっている。
手遅れになる前に間に合ってよかった。
「一件落着ですね」
「……エマちゃん」
「私、ちゃんと幻覚だけで対処したんですよ」
そう得意げなエマに、アルは珍しく表情を歪めて「これは、駄目だ」と小さい子に言い聞かせるように言う。
エマは首を捻った。
確かに、人にしたら駄目だと怒られることだったかもしれないが、
「これ、人の皮を被った獣ですよ」
処分対象だと言えば、アルはまた苦し気な表情を浮かべるだけで、何も言ってはくれなかった。
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