【完結】脇役令嬢だって死にたくない

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12.禁則事項


 不意打ちを食らい、ミアは固まった。
 いつものからかいだ、そう思うのに、上手く言葉が紡げなくて口をぱくぱくと開閉させるだけになってしまう。

「君があまりにかわいいから、僕は毎日気が気じゃない」

 よくもまぁこんな言葉をスラスラ吐けるものだ。
 このままでは彼のペースに乗せられてしまう、そう焦るほど「ぁ」だとか「ぅ」だとか弱々しい言葉にもならない声が上がるだけで、ミアの顔はしっかり真っ赤である。
 だってこんなの、冗談だとしても恥ずかしい。

「本当は一分一秒でも長く共にいたいのに──昔から僕はよく耐えていると思う。それなのに君は少しも褒めてはくれないんだ」

「し、知らないわよ、そんなの……」

「褒めて」

 そうしてくれたら、君の言葉に従おう。
 グレンはそう言って、ミアの手をグイと引いた。
「はわぁ!」と間の抜けた声を上げたミアは、彼の肩に手を付いて、半ば乗り上げるようにして彼を見下ろす形になる。
 近い距離で顔が合わさり、逃げたくとも腰に腕を回されているせいで逃げられない。

「な、ななな…! 悪ふざけも大概にして!」

「ふざけてなんかいないさ、いつだって」

「また、そうやって…」

 いつものやり口である。
 そんな風に普段見せないような視線で見上げて、普段見せないような仕草で擦り寄ってくる。
 そしてこのゴリ押し戦法に、毎度ながら全敗している己のこともミアはよく理解していた。
 一つため息をついて、いつものようにそれに続くのは「わかった」という了承の言葉である。

「具体的にはどうすればいいの?」

「君に任せるよ」

「もう…本当グレンって変な人なのね…」

 ヒーローであればこのくらいアクが強くて普通だろうか?
 そんな風に思いながら、彼の指通りのいい髪を漉きつつ頭を撫でる。

「よしよし。なんだかわからないけど、とりあえずグレンは良い子ね。良い子だからわたしのお願いも聞いてちょうだいね」

 よしよし、と撫で続けていれば、心地よさそうに目を細めていたグレンは満足したらしい。
 ミアの手を取り、手首に軽いリップ音を立ててキスを送る。

「じゃあ今度は、努力家な君に僕から。いつもよく頑張っているね。たが、時には肩の力を抜いて。何やら思い詰めている顔を見ると心配になる。何かあるならいつでも相談に乗るから」

 そう言ってお返しのように、ミアの後頭部をゆるりと大きな手のひらが撫でた。

 ミアは目眩を覚えた。
 頭が沸騰しているようだ。耳まで熱い。
 何だか今日のグレンは──いや、最近のグレンは輪をかけておかしい。
 共に過ごす時間が増えたからなのか、互いの交友関係が広がるほど、互いの距離も開いていくだろうと思っていたが、真逆だった。
 こんなのもう揶揄いの域を超えている。

 勢いよく飛び退いて、今度こそ彼の腕から逃れる。
 真っ赤な顔で涙目になっているミアに、グレンは困ったような顔をしてくすりと笑った。

(絶対、コイツいつまで経っても生娘だなーとか思っているのよ! このクソガキ様は!!)

 平常心!
 そう心に言い聞かせるが、悲しきかな心臓はバクバクと高鳴っていて、何だか本当に泣き出したいような気持ちになってきた。

「…だめ、絶対ダメよ…」

「ミア?」

「わたし、貴方の助言通り今日は肩の力を抜いて自室でゆーっくり休むことにするわ! じゃあねグレン! あ、約束はちゃんと守ってよね!」

 早口で捲し立てるように言い、ミアは書庫から脱兎の如く逃げ出した。

 そのまま一心不乱に寮を目指して走る、走る。
 途中人にぶつかりそうになったのを何とか避けて、相手の顔も見ないまま深々と謝罪し、そしてまた走った。
 自室のベッドに勢いよく飛び込んで、叫ぶ。

「勘弁してよーーーー!!!!」

 幸いなことに、貴族の入学が多いこの学園は羽振りがよく、寮室は一人一部屋である。ので、こうして大声を出してルームメイトに迷惑がられるなんてこともなく、

「ぅ゛ーーーー!!!」

 枕に顔を埋めて絶叫しようが、のたうち回ろうが自由だ。
 しかしその姿は我ながら滑稽であると、ミアは思う。
 いくらかして落ち着いた後、ベッドの真ん中で体を丸めた。

 彼と友人らしい立ち位置になっている、そう気付いた時からミアは一つ注意しておこうと決めたことがあった。

 グレンを好きになってはいけない。

 この一点。
 そして、そのくらい容易いことだと思った。

 彼は物語のヒーローで、隣には確固たるヒロインが存在する。
 そんな相手に好意を寄せるのは不毛だとよく理解しているし、何よりミアは割り切っていた。
 立っている場所が違う──それは身分や育ちの良し悪しなどの話ではなく、ミア・コレットの人生というステージと、彼ら──物語の中で主要となる人々が立つステージは、全くの別物であると。

 だから好きになることもない。
 ドギマギさせられることはあっても、彼のポテンシャルを思えばそれは当然であって、ただのミーハー心だ。それ以上踏み込んだ感情は生まれない。

 ──と、思っていたのに、最近は少しおかしい。
 あんな風に優しくされると、簡単にコロリと落ちてしまいそうな危うさがミアの中に生まれていた。

 良くない兆しだ。
 ミアはバッと起き上がり、深く呼吸を繰り返し、座禅の姿勢を取った。

「落ち着いて、ミア。有名人と、現実の恋は別物でしょ」

 前世から所謂、ガチ恋、リア恋、などと呼ばれる類の感情とは無縁の性格であったはずなのに、何がどうして彼相手にこんなに心を揺るがせているのか。

「……学園に入ってから、無意識に気を張りすぎていたのかも。そういうストレスからくる不安が、心を軟弱にしているのね」

 フィジカルを鍛えるのも困難だが、メンタルを鍛えるというのもまた困難である。

「これもある意味鍛錬。グレンがいくら優しいからといって、甘えてはいけないわ」

 何より、クロエというヒロインの存在がある以上、自分が彼の冗談に乗せられてしまえば完全に邪魔者になる。
『邪魔なモブ女』という位置には総じてロクな結末が待っていない。
 ただでさえあっけなく死ぬ運命にある自分など、余計に死期が早まってしまいそうだ。

「余計なことにうつつを抜かしていないで、目の前にある問題に集中しなさい」

 そう自分に言い聞かせれば、『グレンを好きになってはいけない』という禁則事項が、過去と同じような心持で難なく熟せる気がしてきた。
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