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Prologue

〝正義〟

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_Prologue_
〝正義〟

鉄筋が捻じ曲がり、耳障りな音を立てる。あたりは一面ぼうぼうと燃える、目を焼く様な火の海。ビルがゆっくり、ゆっくりと倒壊を初めて傾いているのだ。
そんななか、目の前のやたら強いガキは呻いている。
赤い炎の様な長髪に、左目には切ったような傷がある。苦悶に満ちた顔をして、瞬きするたびに赤い睫毛に隠された、深い夜の瞳がいまだに負けるものか、と闘争の炎を燃やして抗おうとしている。
俺はそんなクソガキの首元を掴んで握り締めて、ギリギリと音を立てて力を込める。何も、殺すつもりはない。ゴミ溜めの様なアングラで這いつくばって生きてきて、初めて見た軍の仔犬。
光の差さない泥の中で俺は少しずつでも力をつけ、最初はきっと蛍火の様な灯火だっただろうが今では「闇夜の皇帝」だと、俺は裏の奴らから、そう呼ばれているらしい。相当な大出世だな。
皇帝と呼ばれるそれまでに…俺は多くの弱者、強者を暴力や金、権力で蹴散らしてきたがこのガキは少し面白かった。このご時世に「俺は一人の人間だ」というけれど管理システムに関しては否定しない。どっちつかずの気に食わねェ野郎だが自分の信念は…ガキのくせに、ここまでボコられても曲げやしねぇ。

完全管理のシステムじゃあ、全ての人間を救うことなんざできねぇ。
俺はそう、コイツにただ認めさせたかった。

貧困層を助けよう、この国に住んでる人間全員に平等の権利を与えようという、素晴らしい人権派の奴もいる。だがどいつもこいつも綺麗事ばかりで、何の解決策も出しゃしねぇ。
結局は自分の立場が危うくなれば口を紡ぐ。そりゃそうだ、今ある金や権力が自分にとって何の生産価値もないクズ人間のせいでおじゃんになっちまうんだからな。だが俺はそんな奴らを非道だとは思わない。
むしろ正しい事をしているんだと思う、アイツらも肉と心でできた人間だ。俺だってきっとそうする、そもそも自分の生活を捨てる様なリスクを背負う様な事はしねぇだろう。

だがこいつは…

「あーあァ…熱いランデブーも終わりかい、坊や…寂しくなるなぁ?」
「……ッ………」

会話もどうにも許してくれない様だ。左手でコイツの首を締め上げてるがコイツは腰元のナイフで抵抗しようとした。紅い炎に照らされたナイフが描く、紅い三日月を頭を動かして、髪を犠牲にして避ける。弧を描いたその腕にそのまま俺は右手で衝撃を与えてナイフを落とさせた。
コイツが膝で蹴りを入れるよりも早く、鳩尾に膝で蹴りを入れる。ウッと呻いた瞬間俺は掴んだ首はそのまま床に叩きつけてクソガキにしてはガタイのいい胸元にそのまま馬乗りになった。

無機質なオフィスビルの床に、鮮やかな紅い髪が緞帳のように彩る。床に叩きつけられて両腕をヒールで踏まれて固定されて首を押さえつけられている癖にまだ瞳の炎は消えやしねぇ。こんなクソガキ相手にただ「諦めろ」という俺はムキになっているせいなのか、それとも大人ながらに「バカなことはよせ」と言いたいのかわからない。
どうしたらコイツは「システムの元で、全ての国民を救うなんて不可能だ」と認めるのだろう。コイツがこんなに抗って認めていないというのなら、全ての国民を救えるというなら…黒に染まり切った俺すらも救ってやるということになりかねない。

「…俺はきっと今からアンタを殺す。
だが、もしだ「国民皆を助けられる」を
アンタが否定するなら生かしてやってもいい」

コイツが話しやすい様に手のひらの力を緩めてやった。
長い間燃え盛るビルの中、酸素が薄い中首を絞められてよくもまあ生きてるクソガキだ。胸を大きく上下させて、時折喉を鳴らして。でも意識を失わないように目を大きく開いて俺を見上げる。応答のために大きく息を吸って、声を絞った。

「……なら…どんな手を尽くしてでも……ッ…俺は、あんたを、ブッ殺す」
「如何して?」
「…殺されたら…ハァ…どうしようも…ッ…ないから」
「…解せねぇな、こんな仕打ちをした俺さえも、生かしたら救うってほざくのか?」

夜色の目は、俺を真っ直ぐ、真剣に捉えた。

「あんたも、救うよ……まだガキだから難しい事、わかんない……けど」

目の前のガキは歯を食いしばった。
馬鹿力で起き上がる。それを無理やり押し込んで、でもそこにあるのは俺への怒りじゃない。

國への怒りだ

「……おかしいんだ、こんな社会…!!全てを救うのは無理だとしても…武力を持たないなんて馬鹿はできなくても……あんたが、子どもの首を絞めないで済む…それくらいは…大人になった俺が…ッ…叶えたい」
「……国を敵に回してもか?」
「こんなクソみたいな国にも、大切な親友にも、馬鹿を言う俺を軽蔑するあんたにも、どれだけ憎悪されたって構わない」

自分が馬鹿言ってることを知っていて、社会的地位を失う事になっても、俺を確かに救いたいとそいつは言った。
迷いは、今そこにはない。たった一人の人間が最早完璧とも呼ばれる国を変える。それは表からも裏からも社会を見てきた俺からしたらとんだ夢物語でしかない。
もしかしたら今、自分が殺されないための言い逃れかもしれない、しかしそれでもここまで追い込まれているのにふざけたことを宣うコイツがイヤに信じたくなってしまうのだ。…信じたとしても、信じなくても…
純粋に、人を救うと必死になってる子どもを手にかけるのに少し迷いが出たのかもしれない。
もしかしたら手のひらに込める力が緩んだのかもしれない、彼の呼吸の乱れは少しずつ治っていった。

「逃げれるだろう、今」
「逃げない。俺はあんたでさえ救いたい馬鹿だから…あんたを殺したく無い。どうしても俺を殺すというなら…今からでも殺すけど」
「殺すと言ったろ」
「きっとと言った」
「……あぁ…」
「それに、逃げても殺してもあんたは俺を信じちゃくれない」
「…………」

コイツの言ってることがなし得ないはずの夢物語だとわかってる。
でも、夢を潰したいと思えるほど俺はどうも黒に染まりきれなかった、自分の嫌う半端者らしい。

「あーあ…こんなガキ一人殺せねぇなんて…闇夜の皇帝の名が泣くぜ…」
「……ッ…ァ゛…はぁっ…はっ…何で…」
「何でって…おっさん達の葉巻の香りを嗅いで、仕事終わりにフルボディの赤ワインを傾けてると…なんだ、夏季講習で飲んだ微炭酸の缶ジュースが飲みたくなる時もあるからだよ」
「タバコ、吸わないんだ」
「あぁ、肺に良くないからな。それにいい夢を見る時くらい、爽やかな気分で味わいてぇ」
「…これは…あんたに見せる夢じゃ無い。…ッ現実にしていつか…あんたに見せる…」

あぁ、あんなに嫌いだったのに。
ムキになってへし折るのが馬鹿らしくなってきた。
後ろの床に手をついて一応髪と手を踏まない様に足を除ける。そっと立ち上がってから腕を掴んで、引き上げれば…体重を俺に預けながらゆらゆらとクソガキは立ち上がった。お互いに向き合ったのは初めてかもしれない、思ったよりもそいつは背が高く俺と同じくらい。随分と成長が良いみたいだ。

「さて、名残惜しいがビルも崩れそうだしずらかるか……そうだ、今までアンタアンタ呼んで悪かったな」



──名前はなんていうんだ、坊や




「鬼柳アユム…ガキだけど、もう高校三年生だから」
「そうかそうか、記憶してやるよ坊や」
「さっさと逃げるんでしょ」
「子どもがちゃーんとお家に帰るまで見送ってやるよ、俺は優しくて善良な大人だからな」
「……何処がだよ」

そう言って冗談半分で振り向けばアユムは若干怪訝そうな顔をして俺の後を追おうとした、





瞬間






目の前がカッと光って爆音が耳を劈く。

咄嗟に目を瞑って耳を塞いだが互いの身体は爆風に煽られておもちゃのボールみたいに跳ね飛んだ。地面に叩きつけられて、炎が燃える音よりも自分の、ひどく荒れてしまったハアハアという息遣いと耳鳴りの方が大きく聞こえる。爆発が直撃したわけじゃなかったのが幸運だったが、ただかなり爆風に巻き込まれてしまった様だ。
急いでアユムの姿を探す、そんなに離れてはいないが彼も床に倒れ込んでいる。先程の体力からして自分で歩くのはもう困難なはずだ。
ビルの倒壊は先ほどよりも速度を増している。頭に降りかかる小さな塵、ガラガラという音。その全てが身を粟立たせるのに、足が、腕が、重くて震えて動かない。腕で床を、必死に這いつくばって少しずつ、少しずつ…まるで思う様に体が動かない時の夢の様にゆっくりともどかしく前進していく。
アユムの肩に触れる。瞳は閉じられているが、彼は確かに生きている。
切れそうな意識を必死に繋ぎ止めて、目を見開いて。彼がしていた様に。そうだ、アユムは攻められていたとしても他人を救うと言ったんだ、ガキ一人救えねぇ大の野郎が救ってもらうだけじゃあメンツが立たない。



「…安心しな、こんなクソみたいな夢から目覚める頃には冷たいキャラメルラテでも用意してやる」




コイツを殺す、生かす、その決定を下すのは俺の正義。腹から出して出たのは出来る限りの優しい声、それが今の俺の正義なようだ。
キャラメルラテを飲ませてやると聞いた坊やは一瞬だけ目を開いて、それから意識を手放したらしい。
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