君がくれた箱庭で

Daiwa

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孤独と引力 ep3

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 「転校生に優しく喋りかけてあげた女生徒がそいつにいきなり殴られた。」という衝撃的なニュースはあっという間に学校中、いや下手すればこの町中に広がった。今や僕に話しかける者は誰もいない。あの日はあんなにも一生懸命にどうでもいいことを話しかけてきたくせに。とにかく僕の扱いは腫れ物のそれで、僕の近くを通るときはまたいつ踏むか分からない爆弾に備えて皆こぞって臆病になった。先生でさえもが露骨に僕を避けていた。あの日、僕が訳の分からぬことを言って職員室を出たあと、あの部屋は異様な沈黙に包まれたそうだ。人間、自分の想像をはるかに超えることが目の前で起こるとまさに言葉が出なくなってしまうようだ。その後、祖母が職員室にいた一人一人に頭を下げて何とかその場を過ごしたらしい。本来であればその次の日にでもまた職員室に呼び出されてもおかしくないはずなのだが、どういう訳か野放しにされていた。先生達からもこいつはどうにもならないと諦められたようだ。祖母はというと相も変わらず絶妙な距離感を保っている。積極的に話しかけてくれるが、どこか探り探りなような気がして言葉がストンと落ちてこない。こんな生活のまま早くも2か月が経とうとしていた。それだけの歳月を過ごしようやくこの気持ちの名前を思い出した。あぁ、寂しいのか。僕は。

 この孤独は誰のせいであるのだろうか。ある日突然そんなことを考え始めた。地雷を踏みぬいたあの名も知らぬ女生徒のせいなのだろうか。話しかけることをやめた他の生徒のせいなのだろうか。怒ることを諦めた先生のせいなのだろうか。煮え切らない関係の祖母のせいなのだろうか。僕を置いて死んだ両親のせいなのだろうか。全て不正解のように思えて正解であるような。こっちの自分がイエスと言えばあっちの自分はノーと言うような。とにかく自分でも何が何だが分からないようなことをぐるぐると考え始めた。こんな無駄だと分かっていることでも考え続けないと、僕は孤独でどうにかなりそうだった。いや、すでにどうにかなっているからこんなことを考えているのかもしれない。休み時間の校舎を特に用もなく徘徊する考える僕。あまり注意して前を見ていなかったが、人と当たるようなことは無い。道はいつも譲ってくれる。誰も僕に触れない。校内をほぼ一周し終えたところで、僕は答えらしきものを見つけてしまった。そうだ、これは神様のせいなのだ。

 誰かが何かをしたからこうなったのではなく、それぞれが定められたなすがままに行動した結果がこれなのだ。なされるがままになった結果がこれなのだ。神様とは言わなくてもそういった類の、人間の力など到底及ばない何か大きなもののせいだと思うと、途端に腑に落ちたのである。まさにその腑に落ちた瞬間、僕の体は軽くなった。僕を雁字搦めにして離さなかった孤独が、すぅっと離れていくような気がした。軽くなった僕の体はやたらと上へ上へと行きたがった。とくに断る理由もないので僕は僕のしたいようにさせてやることにした。妙にふわふわと落ち着かないこの体を自由にさせてやった結果、たどり着いたのは、屋上へと続く短い階段の前であった。別に珍しくもなんともないこの場所が、誰もが見ることができるこの場所が、そして誰もが通り過ぎるだけのこの場所が、僕には強烈に魅力的に思えてしまい、仁王立ちで見つめ、その場で大きな唾をゴクリと飲んだのだった。
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