残された世界

幸輝

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あと1日

前夜祭

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「あ、部長じゃん! 今日のログインボーナスはこれだよ~。あと、これが10周年まであと1日のカウントダウンボーナスね☆」

 ヒメノ先輩は、セリフを言い終えると、右手をひらひらと画面の向こうに振ってみせた。

「はい! 私の仕事おっわり~。みんな集まった?」

 部室には、パートナーのセナちゃん以外のいつものメンバーからサブキャラクターまで勢揃いしている。しかし、

「あ、あの、ヒメノ先輩」

 私はコソコソとヒメノ先輩に耳打ちをする。

「まだ部長、ログアウトしてませんよ?」
「きっとメンテ明けのお知らせ読んでるからログアウトしてないだけっしょ」
「でも部室だと、いつ部長が来るかわかりませんから……」
「だーいじょぶだって~」

 ヒメノ先輩は炭酸飲料が注がれている紙コップを手にする。

「セナちゃんは、ちょっと遅れてくるけど、他のみんなはいるっぽいから、始めるよー!? みんな、好きな飲み物入ってる? コップ持って~」

 腑に落ちないが、私もお茶の入ったコップを持った。

「それじゃ、明日でリリース10周年を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーい!」

 乾杯のおんどをとっている最中、部室の照明が一段階明るくなる。これは、部長が部室に入った時におきる現象である。
 フラグを回収してしまった。
 私は紙コップを両手で持ち固まった。見られた。
 周りのメンバーも一拍、謎のフリーズ現象に陥った。

「お! 部長も来たんだね」にこやかなままヒメノ先輩は続ける「今さ、明日の記念日の前に前夜祭開いてたの」

 笑顔をそのままに、セリフのように言葉がでてくるヒメノ先輩。
 ここで誰も続かないのは怪しい。でも、私にはそういうアドリブ力もなく、冷や汗だけが首を伝った。
「私は止めなさいと言ったんですけど、ヒメノさんがどうしてもやりたいって言うので……」
「いや、あんたが一番ノリノリだったじゃん!」
「そうでしたっけ?」

 さすが先生、何の違和感もなく台本を読み上げたかのような掛け合いである。

「今日はあくまで前夜祭で、記念日は明日よ」スズ先輩が続く「今日はこのへんにして、明日に備えましょう」

 眼鏡をクイッと上げて、スズ先輩が流れるかのようにこの場をお開きにしようとする。

「部長、明日も勿論来てくれますよね!?」

 ハナコちゃんが口を開いた。突発的な会話なので、本日はスキップボタンを押される心配はない。

「来てくれないと、私、寂しいです」
「わっ、私も寂しいです!!」

 ガタッと机を鳴らし、のっぺらぼうのあやなも続く。
 パートナーのセナちゃんが、上目遣いで部長がいる方向に目をやる。

「みんな待ってるから、絶対明日も来て、一緒に10周年を祝いましょうね、部長!」

 太陽のような明るい笑顔をみせるセナちゃん。
 これを合図に、メンバー達はそれぞれ風のように更衣室に移動した。



 まだ心臓がバクバクしている。
 さっきの寸劇が一つでもスクリーンショットされていて、SNSにアップされたら、一貫のおわりという焦りも混ざる恐怖。
 そして、それぞれのキャラクターがアドリブのセリフを言っていたかのように思いを告げていたのに、私は一言も喋れず、自分の不甲斐なさに嫌気がさした。
 こんな時でなきゃ、自分の思っていることを部長に伝えることはできないのに。
 ハァ、と更衣室に私のため息が響いた。

「私も言いたいこと、たくさんあったのに……」

 また明日、とか、私にも会いに来て、とか。
この気持ちは、今、これを読んでいる部長にしか伝わりませんね。
 私は自嘲してやった。
 何はともあれ、あと数分で明日、リリース10周年当日です。
 当日になると、一気にイベント内容やセリフが頭の中に流れ込んできます。特に今回は、運営からの重大発表もあると言います。
 学討は日付かわってすぐの0時更新なので、私は寝る前に大量の情報を整理しようと思います。

 あ、0時になりましたね。

「……え……?」

 思わず声がもれた。
 情報が多すぎた訳ではありません。その逆で、あまりにも例年よりも少ないものでした。
 ただ、公式の重大発表の内容を口に出して、これは事実なの?、と、フリーズしたのです。

「サービス……終了……?」
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