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あとさわいずも

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2 超潜水艦i701

10.伊豆半島沖海戦

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 多くのアメリカ海軍の指揮官は言う。

「日本が我が国と同盟国で良かったと思う。何故なら、キャプテン・イムラと戦わなくても良いからだ」

「もし日本と戦えばキャプテン・イムラに、我が太平洋艦隊はパールハーバーに釘付けにされるだろう」

 いかにも欧米人らしい、多少オーバーな褒め方だ。でもアメリカ海軍が士官学校の特別講師として招いたくらいだから、あながちリップサービスだけでもないようだった。
 いずれにせよ、世界トップクラスの潜水艦指揮官であることは間違いなかった。




 伊豆半島沖。
 海軍特別任務隊は、深海から突然現れた謎の潜航艦艇を、半日ほど前から補足していた。
 井村大佐の指揮する潜水艦「ひりゅう」は無音航行を続けていた。
 敵潜は洋上の日本海軍特別任務隊に発見され、追い回されているようだった。

「追い詰めましたね艦長。ひょっとしたら、我々の出番はないかも知れません」
 副長の山中が楽観的な見通しを述べた。

「それならいいんだがな」

「実戦で井村艦長の名を馳せるチャンスが無いのが残念です」

「馬鹿なこと言うな。名声のために戦ってるんじゃない」

 井村には敵の意図が読めなかった。
 何故、奴らは堂々と自らの姿を晒して、動き回っているのか?
 
 もしかしたら——

「海底を本拠地にしている敵にとっては、海中で姿を隠すという発想自体、存在しないのではないのだろうか?」

 裏返せば、彼らにとっては海中は、我々にとっての海上と同様、はっきりと見渡せる世界なのかもしれない。

「だとしたら、こうして潜んでても無意味ということになりますね」
 山中副長は唸った。
「しかしそれを確かめる術がありません」

「確かめることは出来なくても、対抗手段はあるさ。アクティブソナーだ。探信音ピンガーを発しながら敵潜に接近すれば良い」

「それではこちらの位置が明らかになってしまいます。もし、艦長の想像通りじゃなかった場合——」

「それでも条件は同じだ。しかし俺の想像通りなら、通常の対潜水艦行動をとっていては一方的にこちらが不利になる」

 多分、自分の想像は当たっていると、井村は思っていた。


 一週間足らず前、井村は、加賀美英里華中佐、小早川早希大尉の両名を、横須賀に招いた。海底の敵対勢力やつらと遭遇した経験を持つ彼女たちに直接話を聞くためだ。
 加賀美中佐の言葉が蘇る。

「井村大佐。海底の敵対勢力やつらに私たちの科学も常識も通用しません。彼らと対峙するには、こちらの常識も捨てる必要があります」

 井村はかつての自分の副長、そしてもっとも優秀な教え子の言葉を重要視していた。




 旗艦「いずも」の戦闘指揮所CICでは、特別任務隊司令の西條憲一中将が、苛立っていた。

「敵は逃げ回るだけで攻撃を仕掛けてこない。なぜだ」

「さすがにこの大艦隊を相手に戦端を開く事をためらっているのかもしれません」

 すでに対戦哨戒機P1、この日のために対潜攻撃用に改装されたはやぶさ型ミサイル艇による威嚇行動が行われていた。

「しかし彼らは潜水艦戦闘を理解しているようには思えませんね」

 副司令の安西が言うように、彼らは潜水艦らしきもので攻撃はしてくるが、ノイズは平気で出すし、洋上に敵艦がいても海面スレスレまで上がってくる。
 潜水艦は海の忍者だ。
 姿を消して突然襲いかかる——これが潜水艦を最強の戦闘艦たらしめているのだ。
 逆にその位置を洋上艦に捕捉された潜水艦は惨めだ。もはや逃げ回るしかなく、反撃のチャンスは少ない。
 最強にして最弱の戦闘艦——それが潜水艦だ。
 でも、この敵はその潜水艦の特性を理解しているようには思えない。
 
「まるで素人の様な操艦ですな」

「あるいは、よほどの自信があるのかも知れんな」

 西條司令は少し不気味な印象を持っていた。
 かつて彼らと遭遇した、学生実習艦「きぼう」の加賀美実習艦長やその指導教官宮本大佐の報告を分析した結果、奴らの技術は、我々の持つテクノロジーを明らかに凌駕するとされていた。
 分析が正しいとすれば、はっきり言って我々に勝ち目は無いだろう。
 だからこそ、iシステムなどと言う得体の知れないものを搭載する潜水艦の開発が決まったのだ。
 しかし今、目前にいる敵はいつでも倒せる状況にある。
 しかも、何故か攻撃を仕掛けてこない。

「先制攻撃をすべきです」

 幕僚の一人が言った。
 彼の言うとおりだ。敵の意図は不明だが、姿を見せている現状なら、いかにテクノロジーに勝る相手でも有効なダメージを与えられる可能性は高い。

 副司令の安西がそれを退ける。
「ダメだ。総理大臣からの攻撃命令無しに、先制攻撃はできん。威嚇行動までしか許可が出ていない」
 とは言ったものの、安西副司令も歯痒い思いを抑えていた。

 日本の民間船、海保の巡視船が何隻も沈められているのに、何故これ以上攻撃制限をされなければならないのか?


 西條司令。
「ここで、手痛い目に合わせておけば、簡単に手出しをしなくなるのだが……」

 果たしてそれが出来るだろうか?

「だとすれば、やはり先制攻撃をかけるべきです」

「俺と君と、そして井村の三人で刑務所ブタ箱に入るとするかな……」

 冗談とも本気ともつかぬ、西條司令の言葉だった。
 最高司令官である総理大臣が先制攻撃を禁じている以上、現場指揮官が勝手にそれを行えば、犯罪だ。

 しかしその心配は消えた。
 敵が突然、攻撃を開始したからだ。

「駆逐艦『おおなみ』『いかづち』、それにイージス駆逐艦『こんごう』が被弾」
「こんごう、大火災」
「いかづち自律航行不能」
「おおなみ、被害甚大」
「さらに『ふゆづき』も被弾、大火災」
 次から次へと入る被害報告に戦闘指揮所CICは騒然となった。
 あっという間の出来事だった。

「このまま奴らに負ければ、我々は勝てない」
 副司令が当たり前のことを言った。明らかに動揺していた。
「総攻撃だ。ありったけの対潜弾を打ち込め!」

 しかし、先ほどまでとは異なり敵の動きは素早かった。
 巧みに攻撃をかわしながら、日本艦隊の周辺から離れともしないし、深海に潜ろうともしない。まるで、嘲笑うかのように姿が視認可能な浅い深度のまま、回遊している。


 洋上艦隊の被害の様子は、海底下の「ひりゅう」も把握していた。

「艦長、このままでは我が艦隊の一方的な敗北です」

「このまま動くな」

「しかし、先程艦長が仰ったように、敵潜がこちらの位置を把握しているのだとすれば、早急な行動で相手を制する必要があります」
 山中副長は、洋上艦隊の大被害に興奮しているようだった。

「これは威力偵察だな」

「は?」

「我々が奴らの事をよく知らない様に、奴らも我々の事をよく知らんらしい」

「我々の戦闘能力ちからを推し量っている、と言うことですか」

「その証拠に、第二撃を行うことをせずに艦隊の周りで様子を見ている」

「威力偵察にしては、我が方の損害が大きすぎないでしょうか」

「確かにな。しかし、彼らの能力からして洋上艦隊を一気に壊滅的打撃を与えられたことは明らかだ。にもかかわらず、こうして様子を伺っているところみると、こちらの攻撃を促して戦力分析をしたいのだろう。何より『いずも』を攻撃しなかったのがその証拠だ」

 この艦隊の中心艦である『いずも』の能力を知りたがっているのだ。

「そうだとしても、はやく行動に移るべきです」

「あわてるな。このまま姿を潜めている、と敵潜に思わせておくんだ。敵は必ず本艦を仕留めにやってくるはずだ。その一瞬が勝負だ」


 井村はこの敵には勝てないかも知れない、という不吉な予感があった。
 通常戦力では太刀打ち出来ない——。
 新型潜水艦i700型のことが、井村の脳裏によぎった。
 技術本部の言うスペックが本当なら、奴らの艦に対抗できるのはi700型だけだ。

 もともと新型潜水艦i701の艦長は井村大佐が最有力候補だった。
 しかし新型艦はクルー全員が女性でなければならない——高城という、あの風変わりな陸軍少佐がそう主張したため、井村は艦長リストから外された。代わって菊池美紗子、加賀美英里華の両名が艦長として抜擢されることになった。
 二人を推薦したのは井村だ。
 女性限定という条件を抜きにしても、この二人なら新型潜水艦を託せる——そう考えたからだ。
 しかし——
 いかに二隻のi700型の指揮官が高い能力を持っているとしても、あの新型艦の中枢機構を制御するのは十代の少女たちだ。
 ここで敗北すれば、政府・防衛省は間違いなく彼女たちを戦場に送りこむだろう。
 そんなことはあってはならない。
 子供を戦争に参加させるのは先の大戦を最後にしなければならない。
 その意味でも、これは絶対に負けられない闘いだった。
 
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