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20 紫色の瞳
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「こんにちは」
訓練のあと、リュカがお茶を淹れるために調理場を訪ねると、見知らぬ青年に話しかけられた。
とっさに返事ができなかったのは、青年の瞳の色がアレックスと同じ水色をしていたからだ。顔立ちもアレックスに似ているが、雰囲気はまるで違う。
目尻がアレックスよりもやや下がっていて、やさしそうな印象を受けた。やわらかで耳障りのいい声音や微笑みも、似た顔ながら印象を変える要因となっている。髪の色もアレックスと違い、絹のようになめらかな銀髪だ。
青年は隊長の制服を着ていて、背後には騎士がふたりと私服姿の男をひとり連れていた。そこでようやく、目の前にいる青年が第二王子であることに思い至った。
「……こ、んにちは……あの、お初にお目に――」
ひとまずあいさつをすべきだろうとかしこまったリュカを見て、第二王子はにっこりと笑みを深めた。
「どうか、楽にしてほしい。ここでは私も一介の隊長でしかないからね。……まあ、護衛と側近を連れて言うことでもないかな。すでに私がだれかは察しているようだけど、改めて名乗らせてほしい。私は、ウィルフリッド・ランズベリー。きみは、アレックスの側仕えだね?」
「はい。リュカ・キルシュバウムと申します」
「よろしく、リュカ。公務でしばらく留守にしていてね、ようやく会えた」
水色の瞳にじっと見つめられて、身動きが取れなくなった。アレックスと同じ色の瞳なのに、なにかを探るような視線はどこか冷たく、おっとりとした雰囲気に見えて隙がない。
「きみと話をしたいと思っていたんだ。お茶を飲むところなら、私の部屋に来ない?」
王子を誘惑するという目的があるリュカにとっては、願ってもない申し出だった。よろこんで王子の部屋に行くべきだと思うのに、どうしてかためらってしまった。
「……お誘いくださり、ありがとうございます。……サイファート隊長をお待たせしているので、お茶の準備を済ませてから伺ってもよろしいでしょうか?」
どちらにしても、一度アレックスに断ってから部屋を訪れたほうがいいだろう。
「それなら、私がきみたちの部屋に行こうかな」
「えっ」
「だめかな?」
「いえ、お……私はかまいません」
「ふふ、俺でいいよ」
落ち着かない気持ちのまま、ウィルフリッドや護衛たちと連れ立って部屋に戻った。護衛には廊下で待ってもらい、ウィルフリッドと側近の男といっしょに部屋の中へ入ると、アレックスがわずかに顔を顰める。
「やあ、アレックス。お邪魔するよ」
「……なんの用だ」
「ずいぶんなごあいさつだね。リュカと話がしたくて来たんだよ。……リュカを私の部屋に連れていってもかまわないならそうするけどね」
「そいつはオレの側仕えで、仕事があるんだ。手短にしろ」
「きみは、お茶ぐらい自分で淹れられるだろうに」
「茶を淹れる以外にも仕事はある」
アレックスがそう言ったところで、お茶の準備をしていたリュカのほうへとウィルフリッドの視線が移動してくる。側近の男が代わると申し出てくれたので、丁重に断った。王族相手と思うと緊張したが、あとはカップに注いで給仕するだけだ。
「リュカ、いいように使われているんじゃないかい?」
「いえ、サイファート隊長にはよくしていただいています」
リュカが入団してから、すでに一週間が経っている。訓練についていけるよう毎日必死だったが、側仕えの仕事は娼館の仕事よりもずっと楽だった。いまのところ、リュカが任されているのはお茶の準備と寝具の交換、洗濯物の受け渡し、入浴の準備くらいで、お使いを頼まれることはないし、清掃は引き続き職員にお願いしてある。
ふたり分の紅茶をテーブルに置くと、ウィルフリッドから座るように言われたのでアレックスの隣に腰を下ろした。いつもはテーブルを挟んで向かいに座るので、なんだか新鮮な気持ちでそわそわしてしまう。
ふたりは従兄弟で士官学校の友人だと聞いていたが、お互いに気安い態度で気の置けない仲のようだった。
「よくして、ねえ……」
「なにか言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
「では、言わせてもらうけど……アレックス、きみリュカにちゃんと魔力を供給しているんだろうね?」
心臓が、止まるかと思った。
それは、リュカを激しく動揺させる発言だった。頭が真っ白になって、心臓がどくどくとやかましく鳴り、身体が震え出す。隣にいるアレックスの顔が怖くて見られない。
茫然とウィルフリッドの顔を見ていると、苦笑を返された。
「リュカの様子を見るに、説明さえしていないみたいだね。もしかしてと思っていたけど……まったく、きみってひとは」
「な、んで……」
声が震えた。身体の震えが止まらない。隣から視線を感じたが、怖くてそちらを向くことができない。
アレックスは知っていたのだ。リュカが魔力欠乏体質であることを。
入団を申し込む際に提出した書類には、名前や年齢、瞳や髪の色など容姿の特徴を記載する欄があったが、最大魔力量を調べられた記憶はなかった。娼館では偽名を使い、男爵家のリュカ・キルシュバウムが魔力欠乏体質であることは秘匿されていたはずだ。
「どうして、魔力欠乏体質のことを知っているのかって? 入団前に血液を調べただろう。あれでわかったんだよ」
確かに、健康状態の確認だと言われて、血液を採られた記憶がある。
「入団審査では、犯罪歴や素行、健康状態に問題がないかを調べる。ふつうは魔力量まで調べないんだけどね、きみは紫色の瞳だから可能性が高いと思ったんだ」
「……瞳の色で、わかるんですか?」
リュカの青ざめた顔を見て、ウィルフリッドは笑みを返し、説明を続けた。
「紫色の瞳を持つものは、魔力欠乏体質である。とある生物学者の説だ。でも、安心していい。王族にしか明かされていない情報だからね」
「そう、ですか……」
訓練のあと、リュカがお茶を淹れるために調理場を訪ねると、見知らぬ青年に話しかけられた。
とっさに返事ができなかったのは、青年の瞳の色がアレックスと同じ水色をしていたからだ。顔立ちもアレックスに似ているが、雰囲気はまるで違う。
目尻がアレックスよりもやや下がっていて、やさしそうな印象を受けた。やわらかで耳障りのいい声音や微笑みも、似た顔ながら印象を変える要因となっている。髪の色もアレックスと違い、絹のようになめらかな銀髪だ。
青年は隊長の制服を着ていて、背後には騎士がふたりと私服姿の男をひとり連れていた。そこでようやく、目の前にいる青年が第二王子であることに思い至った。
「……こ、んにちは……あの、お初にお目に――」
ひとまずあいさつをすべきだろうとかしこまったリュカを見て、第二王子はにっこりと笑みを深めた。
「どうか、楽にしてほしい。ここでは私も一介の隊長でしかないからね。……まあ、護衛と側近を連れて言うことでもないかな。すでに私がだれかは察しているようだけど、改めて名乗らせてほしい。私は、ウィルフリッド・ランズベリー。きみは、アレックスの側仕えだね?」
「はい。リュカ・キルシュバウムと申します」
「よろしく、リュカ。公務でしばらく留守にしていてね、ようやく会えた」
水色の瞳にじっと見つめられて、身動きが取れなくなった。アレックスと同じ色の瞳なのに、なにかを探るような視線はどこか冷たく、おっとりとした雰囲気に見えて隙がない。
「きみと話をしたいと思っていたんだ。お茶を飲むところなら、私の部屋に来ない?」
王子を誘惑するという目的があるリュカにとっては、願ってもない申し出だった。よろこんで王子の部屋に行くべきだと思うのに、どうしてかためらってしまった。
「……お誘いくださり、ありがとうございます。……サイファート隊長をお待たせしているので、お茶の準備を済ませてから伺ってもよろしいでしょうか?」
どちらにしても、一度アレックスに断ってから部屋を訪れたほうがいいだろう。
「それなら、私がきみたちの部屋に行こうかな」
「えっ」
「だめかな?」
「いえ、お……私はかまいません」
「ふふ、俺でいいよ」
落ち着かない気持ちのまま、ウィルフリッドや護衛たちと連れ立って部屋に戻った。護衛には廊下で待ってもらい、ウィルフリッドと側近の男といっしょに部屋の中へ入ると、アレックスがわずかに顔を顰める。
「やあ、アレックス。お邪魔するよ」
「……なんの用だ」
「ずいぶんなごあいさつだね。リュカと話がしたくて来たんだよ。……リュカを私の部屋に連れていってもかまわないならそうするけどね」
「そいつはオレの側仕えで、仕事があるんだ。手短にしろ」
「きみは、お茶ぐらい自分で淹れられるだろうに」
「茶を淹れる以外にも仕事はある」
アレックスがそう言ったところで、お茶の準備をしていたリュカのほうへとウィルフリッドの視線が移動してくる。側近の男が代わると申し出てくれたので、丁重に断った。王族相手と思うと緊張したが、あとはカップに注いで給仕するだけだ。
「リュカ、いいように使われているんじゃないかい?」
「いえ、サイファート隊長にはよくしていただいています」
リュカが入団してから、すでに一週間が経っている。訓練についていけるよう毎日必死だったが、側仕えの仕事は娼館の仕事よりもずっと楽だった。いまのところ、リュカが任されているのはお茶の準備と寝具の交換、洗濯物の受け渡し、入浴の準備くらいで、お使いを頼まれることはないし、清掃は引き続き職員にお願いしてある。
ふたり分の紅茶をテーブルに置くと、ウィルフリッドから座るように言われたのでアレックスの隣に腰を下ろした。いつもはテーブルを挟んで向かいに座るので、なんだか新鮮な気持ちでそわそわしてしまう。
ふたりは従兄弟で士官学校の友人だと聞いていたが、お互いに気安い態度で気の置けない仲のようだった。
「よくして、ねえ……」
「なにか言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
「では、言わせてもらうけど……アレックス、きみリュカにちゃんと魔力を供給しているんだろうね?」
心臓が、止まるかと思った。
それは、リュカを激しく動揺させる発言だった。頭が真っ白になって、心臓がどくどくとやかましく鳴り、身体が震え出す。隣にいるアレックスの顔が怖くて見られない。
茫然とウィルフリッドの顔を見ていると、苦笑を返された。
「リュカの様子を見るに、説明さえしていないみたいだね。もしかしてと思っていたけど……まったく、きみってひとは」
「な、んで……」
声が震えた。身体の震えが止まらない。隣から視線を感じたが、怖くてそちらを向くことができない。
アレックスは知っていたのだ。リュカが魔力欠乏体質であることを。
入団を申し込む際に提出した書類には、名前や年齢、瞳や髪の色など容姿の特徴を記載する欄があったが、最大魔力量を調べられた記憶はなかった。娼館では偽名を使い、男爵家のリュカ・キルシュバウムが魔力欠乏体質であることは秘匿されていたはずだ。
「どうして、魔力欠乏体質のことを知っているのかって? 入団前に血液を調べただろう。あれでわかったんだよ」
確かに、健康状態の確認だと言われて、血液を採られた記憶がある。
「入団審査では、犯罪歴や素行、健康状態に問題がないかを調べる。ふつうは魔力量まで調べないんだけどね、きみは紫色の瞳だから可能性が高いと思ったんだ」
「……瞳の色で、わかるんですか?」
リュカの青ざめた顔を見て、ウィルフリッドは笑みを返し、説明を続けた。
「紫色の瞳を持つものは、魔力欠乏体質である。とある生物学者の説だ。でも、安心していい。王族にしか明かされていない情報だからね」
「そう、ですか……」
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