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22 一生に一度だけでいいから
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ウィルフリッドがドアの向こうへ消えても、リュカはしばらく茫然としたまま動けなかった。
アレックスが魔力を供給しない場合は部屋に来いと言っていたが、本気で言ったのではないだろう。ウィルフリッドはアレックスのことを心配していて、あくまでアレックスがリュカに魔力供給することを望んでいるのだ。べつの相手がリュカに魔力を供給してしまっては、本末転倒だ。
「あの……アレックス隊長」
「なんだ?」
向かいに座って声をかけたが、アレックスはこちらを向いてくれなかった。どうやら、ウィルフリッドとの会話ですっかり機嫌を損ねてしまったらしい。
魔力過剰体質のことも、こっそりとリュカに魔力を供給していたことも、アレックスはリュカに打ち明けるつもりなどなかったのだろう。それなのにウィルフリッドが勝手に話してしまった。
「いままで魔力を供給してくださってありがとうございました。すみません、俺……全然気がつかなくて」
あらぬほうを向いていたアレックスが、顔の向きを戻しながら盛大に顔を顰める。
「……そこは怒るところじゃないのか? オレはおまえの許可を得ず、勝手にくちづけていたんだぞ」
「く、くちづけじゃなくて、魔力供給です。俺は、助かりましたから……っ」
アレックスの形のいい唇から、くちづけなんてことばが飛び出すのは心臓に悪かった。思わず、その唇が自分の唇に押し当てられるところを想像してしまい、かっと顔が熱くなる。
「くちづけひとつでそんな顔をしているようでは先が思いやられるな。……おまえ、あの見習いにはどうやって魔力を供給させていた?」
「血をもらっていました。あまり出血しすぎるとまずいですから、指先を切るだけです」
「指先を……」
そう繰り返して、アレックスはどこか遠くを見るようなまなざしをリュカに向けてきた。
心臓はまだやかましく鳴っていて、水色の瞳に見られているだけで落ち着かない気持ちになる。
「くちづけでも、血でもかまいません。……俺が起きているときに魔力を供給していただけませんか?」
おかしい。そんなことを言うつもりはなかったのに。
「……おまえ、オレが相手でいやだとは思わないのか?」
いやじゃなかった。
きっと、いやだと思っているのは、アレックスのほうだ。
「俺は、いやじゃありません。……アレックス隊長は、男の俺が相手では気が進みませんか?」
こんなのは、アレックスのやさしさを踏みにじる行為だ。自分はひどいことをしている。ただ自分の欲望のために、アレックスにひどいことをさせようとしている。
そう思うのに、リュカの中にいる男娼のリュディガーが勝手に口を動かす。アレックスを誘惑しようとする。
こんなときに、自分の気持ちに気づいてしまうなんて。
最低だ。
父の命令を遂行するために、リュカはウィルフリッドのもとを訪ねるべきだった。アレックスに魔力を供給してもらえないように仕向け、ウィルフリッドに魔力を供給してもらうようお願いするべきだ。ウィルフリッドと距離を縮め、身体を使い、ウィルフリッドを誘惑するべきだ。リュカは、そうしなければならない。そのために騎士団へ入った。
ハルネスは案外うまくいくかもしれないと言っていたが、ウィルフリッド本人に会って真実を知ったいま、彼を誘惑することは途方もないことのように思えた。
ウィルフリッドはリュカにまったく興味がない。リュカが夜想の館のリュディガーであることを明かしても、まったく意味がない。なぜなら、ウィルフリッドは男娼に興味があったわけではなく、アレックスのために魔力欠乏体質者を探していただけだったのだから。
たとえリュカがウィルフリッドに魔力供給を頼んだとしても、それはただ魔力を供給される行為にしかならない。下手をすれば、先ほど言っていたようにほかの騎士にリュカを抱かせるだろう。
リュカはウィルフリッドを誘惑できない。リュカは絶対に失敗する。そして、あの薄暗く甘ったるい匂いが漂う娼館に戻され、男娼として毎夜男に抱かれる生活を強いられる。
それなら、最後に一度だけ。
たった、一度だけでいいから。
「俺はあなたのものなのだと、あなたは言いました。――それなら、あなたが俺を抱いてください」
一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
そう思ってしまった。
部屋の中に沈黙が落ちて、いったいどれだけの時間が経ったのか。アレックスが深々と長いため息を吐き出す。
あまりにも恥知らずで、浅ましいことを言ってしまった。いまさらながらに気づいて、取り消そうとあわてて口を開いた。
「あのっ、いまのは――」
「オレが断ったら、おまえはどうするつもりだ?」
「……え?」
「オレがおまえを抱かないと言ったら、おまえはどうするつもりだと訊いている」
水色の瞳にまっすぐ見据えられて、嘘はつけなかった。彼に嘘をつきたくなかった。
「そのときは、殿下の部屋へ行こうと思っていました」
ウィルフリッドにそう言えと指示されたから、ではない。自分の意思でそうしようと思っていた。ウィルフリッドに騎士団へ入った目的を話し、彼が下す処罰を受けるつもりだった。
きっと、アレックスの魔力を受けることのできないリュカは、彼にとって不要なものでしかない。遅かれ早かれ、娼館へ戻ることになるだろう。
リュカの返事に、アレックスが息を飲んだのがわかった。眉がつりあがり、眉間に深い皺が刻まれ、うつくしい瞳がみるみると怒りで染まっていく。ぎり、と音がするほどに強く奥歯を噛みしめ、アレックスは低い声を吐き出した。
「ずいぶんと強烈な脅し文句だな」
リュカのような心根の醜い人間が、ウィルフリッドに近づくことをアレックスは嫌悪している。ぞんざいな態度を取っていても、アレックスもまたウィルフリッドを友人として大切に思っているのがわかった。
「――いいだろう。望み通り、おまえを抱いてやる」
きっと、自分はろくな死に方をしない。いっそ地獄に落ちてもかまわない。
鮮烈なアレックスのまなざしを受け止めながら、リュカは思った。
アレックスが魔力を供給しない場合は部屋に来いと言っていたが、本気で言ったのではないだろう。ウィルフリッドはアレックスのことを心配していて、あくまでアレックスがリュカに魔力供給することを望んでいるのだ。べつの相手がリュカに魔力を供給してしまっては、本末転倒だ。
「あの……アレックス隊長」
「なんだ?」
向かいに座って声をかけたが、アレックスはこちらを向いてくれなかった。どうやら、ウィルフリッドとの会話ですっかり機嫌を損ねてしまったらしい。
魔力過剰体質のことも、こっそりとリュカに魔力を供給していたことも、アレックスはリュカに打ち明けるつもりなどなかったのだろう。それなのにウィルフリッドが勝手に話してしまった。
「いままで魔力を供給してくださってありがとうございました。すみません、俺……全然気がつかなくて」
あらぬほうを向いていたアレックスが、顔の向きを戻しながら盛大に顔を顰める。
「……そこは怒るところじゃないのか? オレはおまえの許可を得ず、勝手にくちづけていたんだぞ」
「く、くちづけじゃなくて、魔力供給です。俺は、助かりましたから……っ」
アレックスの形のいい唇から、くちづけなんてことばが飛び出すのは心臓に悪かった。思わず、その唇が自分の唇に押し当てられるところを想像してしまい、かっと顔が熱くなる。
「くちづけひとつでそんな顔をしているようでは先が思いやられるな。……おまえ、あの見習いにはどうやって魔力を供給させていた?」
「血をもらっていました。あまり出血しすぎるとまずいですから、指先を切るだけです」
「指先を……」
そう繰り返して、アレックスはどこか遠くを見るようなまなざしをリュカに向けてきた。
心臓はまだやかましく鳴っていて、水色の瞳に見られているだけで落ち着かない気持ちになる。
「くちづけでも、血でもかまいません。……俺が起きているときに魔力を供給していただけませんか?」
おかしい。そんなことを言うつもりはなかったのに。
「……おまえ、オレが相手でいやだとは思わないのか?」
いやじゃなかった。
きっと、いやだと思っているのは、アレックスのほうだ。
「俺は、いやじゃありません。……アレックス隊長は、男の俺が相手では気が進みませんか?」
こんなのは、アレックスのやさしさを踏みにじる行為だ。自分はひどいことをしている。ただ自分の欲望のために、アレックスにひどいことをさせようとしている。
そう思うのに、リュカの中にいる男娼のリュディガーが勝手に口を動かす。アレックスを誘惑しようとする。
こんなときに、自分の気持ちに気づいてしまうなんて。
最低だ。
父の命令を遂行するために、リュカはウィルフリッドのもとを訪ねるべきだった。アレックスに魔力を供給してもらえないように仕向け、ウィルフリッドに魔力を供給してもらうようお願いするべきだ。ウィルフリッドと距離を縮め、身体を使い、ウィルフリッドを誘惑するべきだ。リュカは、そうしなければならない。そのために騎士団へ入った。
ハルネスは案外うまくいくかもしれないと言っていたが、ウィルフリッド本人に会って真実を知ったいま、彼を誘惑することは途方もないことのように思えた。
ウィルフリッドはリュカにまったく興味がない。リュカが夜想の館のリュディガーであることを明かしても、まったく意味がない。なぜなら、ウィルフリッドは男娼に興味があったわけではなく、アレックスのために魔力欠乏体質者を探していただけだったのだから。
たとえリュカがウィルフリッドに魔力供給を頼んだとしても、それはただ魔力を供給される行為にしかならない。下手をすれば、先ほど言っていたようにほかの騎士にリュカを抱かせるだろう。
リュカはウィルフリッドを誘惑できない。リュカは絶対に失敗する。そして、あの薄暗く甘ったるい匂いが漂う娼館に戻され、男娼として毎夜男に抱かれる生活を強いられる。
それなら、最後に一度だけ。
たった、一度だけでいいから。
「俺はあなたのものなのだと、あなたは言いました。――それなら、あなたが俺を抱いてください」
一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
そう思ってしまった。
部屋の中に沈黙が落ちて、いったいどれだけの時間が経ったのか。アレックスが深々と長いため息を吐き出す。
あまりにも恥知らずで、浅ましいことを言ってしまった。いまさらながらに気づいて、取り消そうとあわてて口を開いた。
「あのっ、いまのは――」
「オレが断ったら、おまえはどうするつもりだ?」
「……え?」
「オレがおまえを抱かないと言ったら、おまえはどうするつもりだと訊いている」
水色の瞳にまっすぐ見据えられて、嘘はつけなかった。彼に嘘をつきたくなかった。
「そのときは、殿下の部屋へ行こうと思っていました」
ウィルフリッドにそう言えと指示されたから、ではない。自分の意思でそうしようと思っていた。ウィルフリッドに騎士団へ入った目的を話し、彼が下す処罰を受けるつもりだった。
きっと、アレックスの魔力を受けることのできないリュカは、彼にとって不要なものでしかない。遅かれ早かれ、娼館へ戻ることになるだろう。
リュカの返事に、アレックスが息を飲んだのがわかった。眉がつりあがり、眉間に深い皺が刻まれ、うつくしい瞳がみるみると怒りで染まっていく。ぎり、と音がするほどに強く奥歯を噛みしめ、アレックスは低い声を吐き出した。
「ずいぶんと強烈な脅し文句だな」
リュカのような心根の醜い人間が、ウィルフリッドに近づくことをアレックスは嫌悪している。ぞんざいな態度を取っていても、アレックスもまたウィルフリッドを友人として大切に思っているのがわかった。
「――いいだろう。望み通り、おまえを抱いてやる」
きっと、自分はろくな死に方をしない。いっそ地獄に落ちてもかまわない。
鮮烈なアレックスのまなざしを受け止めながら、リュカは思った。
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