優しい君に恋をする~この関係、気にしないではいられない、だけど、それでも

芙月みひろ

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2.生徒になる子

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「やっと帰って来たわね」

 ふすまが開いたのは、友恵が言い終えるよりも早かった。
 そこに現れた制服姿の人物に目を奪われてしまう。

 なんて綺麗な男の子――。

 ぼうっとして、彼を凝視してしまっていたらしい。
 彼は私の視線に照れたように微笑み、後ろ手でふすまを閉めながら挨拶の言葉を口にした。
 
「こんにちは」

 その声で私は我に返った。

「こ、こんにちは」

 不躾すぎたと反省しながら目線を外す。

「いきなり開けるなんて失礼でしょ」
「だって、遅くなったと思ったからさ。美和ちゃん、いらっしゃい。もしかして、そちらのお姉さんが家庭教師の先生?」

 私は背筋を伸ばして頭を下げた。

「はじめまして。滝口まど香です。よろしくお願いします」

 ゆっくりと目線を戻して見た彼は、テーブルから少し離れた所ですっと正座をし、礼儀正しく頭を下げた。

「はじめまして、土屋理玖です。よろしくお願いします」

 彼は姿勢を戻して立ち上がり、私たちの近くに腰を下ろした。にやりと笑って美和を見る。

「美和ちゃんに、こんな見るからに優等生って感じの友達がいたなんて、ちょっと驚き」
「どういう意味よ。失礼ね。まど香とは中学からの付き合いなのよ。桐青高校って知ってるでしょ?あそこの出身なの」

 理玖が目を見開く。

「えっ、そうなんですか?それはすごいですね。あそこ、偏差値高いですよね。滝口さん、頭いいんだ」

 感心した顔で言われ、むず痒いような心地になる。

「そ、そんなことないですよ。トップクラス以外は全然普通ですし」
「別に謙遜しなくてもいいですよ。とりあえず、お手柔らかにお願いします。優しく教えてもらえたら嬉しいな」

 まるで天使の笑みね――。

 にっこりと笑う彼の笑顔にうっかり見惚れそうになり、はっとしてすぐさま表情を引き締めた。

「頑張りますので、よろしくお願いします」

 友恵は私たちの様子を黙って見守っていたが、会話がひとまず落ち着いたところで理玖に言った。

「理玖。お母さんからはさっき、週に一回、二時間程度でお願いしたいってこと、先生にお話してあるからね。いつから始めるかと、曜日とか時間なんかの細かいことは、先生と相談して決めてちょうだい。お母さん、キッチンに行ってくるから」
「うん、分かった」

 友恵が出て行った後、私は早速理玖と打ち合わせする。彼の希望は、毎週水曜日の夕方、四時半から六時までの一時間半だ。

「お母様は二時間とおっしゃっていましたが……」

 私は美和を見た。彼氏が家庭教師をしていると言っていたから、一般的にどれくらいの時間が適当なのか知っているかもしれない。
 私の視線を受けて美和は言う。

「彼は一時間半くらいでやっていると思ったけど」
「ふぅん。それなら、それでもいいのかしらね」
「じゃ、決まりですね。それくらいの時間だと、俺、頑張れると思いますんで」
 
 そこへ友恵がトレイにケーキとティーカップを乗せて戻って来た。わざわざ新しいお茶を淹れ直してくれたようだ。
 彼女がそれらをテーブルの上に並べ終え、腰を落ち着けたところで、私は理玖と話し合った内容を伝えた。

「本人がそれで頑張れると言うなら……。それで先生、早速来週から来ていただけるということでいいのかしら」

 私と理玖がそれぞれに頷くのを見て、友恵は頬を緩めた。しかしすぐに真顔になり、息子に念を押す。

「ちゃんと勉強するのよ」

 母の言葉に理玖は力強く頷いた。

「せっかく美和ちゃんが紹介してくれたわけだからね。先生に呆れられないように頑張るよ」

 息子の笑顔と言葉に安心したのだろう。友恵の表情がふっと緩んだ。

「話も色々と決まって顔合わせも無事に済んだことだし、ケーキ食べましょ。定番のいちごのショートケーキなんだけど、このお店のケーキ、本当に美味しいのよ。滝口先生、遠慮しないで食べて行って下さいね」
「ありがとうございます。いただきます」

 私はフォークを手に取った。

「理玖もここで一緒に食べるでしょ?」
「そうしようかな」

 理玖は正座していた膝を崩して胡坐をかいた。リラックスした表情でティーカップに手を伸ばし、口をつける。ティーカップを戻した後、フォークでケーキを切り取り始めた。

 この子が私の生徒になるのか――。

 ややうつむき加減の彼の顔が目に入る。私はケーキを口に運びながらそっと観察した。
 伏せた目を縁どる長いまつげや透った鼻筋は、自分にはない物だ。アイドル並みの美少年だと言っていた美和の言葉を思い出し、羨ましく思った時、理玖が目を上げた。一瞬だけ視線がかち合ってしまい、慌てて目を逸らす。
 理玖は不思議そうに訊ねる。

「先生、どうかしました?」
「いえ、なんでもないです。あ、このケーキ本当に美味しいですね」

 私は取り繕うように、ケーキの味を褒め出す。

「生クリームはちょうどいい甘さだし、このスポンジもふわっとしていて、でも口の中に入れると溶けるようで」

 美和と友恵が目をきらきらさせて話に乗ってきた。

「でしょ?半年くらい前にできたお店なのよ」
「美和ちゃんに教えてもらって、たまに行くようになったんだけど、ここ、焼き菓子も美味しいのよ」

 私たち女性三人のスイーツ談義が始まる。 
 理玖は盛り上がる私たちの様子を眺めていたが、その顔には苦笑が浮かんでいた。
 話が途切れたところで、私は壁掛け時計に目をやった。そろそろ暇乞いをしなければならない時間となっていた。手元にバッグを引き寄せながら軽く頭を下げる。

「そろそろ失礼させて頂きます」
「もうそんな時間?」
 
 美和もまた壁掛け時計を見上げ、急いで帰り支度を始めた。

「電車、間に合いそう?」
「うん。大丈夫。でも美和はまだ帰らなくても……」
「私も一緒に帰るよ。帰りに本屋に寄ろうと思ってたんだ。友恵叔母さん、理玖君、またね」
「えぇ、またね。お母さんによろしくね。滝口先生、来週からよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「先生、来週、待ってます」

 理玖がにっこり笑う。
 それに笑い返そうとしてどきりとした。彼の笑顔があまりにも綺麗で、一瞬見とれそうになったのだ。

「まど香、行くよ」

 私を呼ぶ声にはっとする。慌てて彼に頭を下げて、美和の元に急いだ。
 土屋家を後にした私は、美和と並んで歩きながら最寄り駅に向かった。

「どう?理玖君とうまくやれそう?」

 私は彼の様子を思い出しながら答える。

「大丈夫だと思う。理玖君ってしっかりしてるよね。礼儀正しいしさ。自分が高一の時は、自分も周りの男子ももっと子供っぽかったような気もするけど、彼はなんだか大人びて見えるのね。今どきの高校生って、みんなあんな感じなのかしら?」

 私の問いに美和は首を傾げる。

「どうだろうね。でも確かに理玖君は、十五才とは思えない落ち着いた雰囲気があるのよね」
「高校一年って言ったら十六才じゃないの?」
「理玖君の誕生日はまだだから十五才。なんと、バレンタインデイが誕生日なのよ」

 何を思い出したのか、美和はくすくすと笑い出す。

「小学校の六年生の時だったかなぁ。バレンタインデイが誕生日でしょ?チョコとプレゼントの山だったらしくてね。食べきれないからって、チョコが回ってきたっけ」
「そんなに?」

 私は目を見開いた。

「子供時代の理玖君って、本当に天使かって思うくらい可愛かったんだよ。今度写真見せてあげる。その天使も、声変わりする辺りからは、イケメンになっちゃってさ」

 私は理玖の顔を思い浮かべて納得する。

「確かに綺麗な子だもんね。お母さんも美人だし。美和がアイドル並みって言ってたのも分かるよ。あれは女の子たちがほっとかないだろうね」
「と、思うでしょ?ところが今まで、彼女ができたとかいう話を聞いたことがないんだよね。別に遊んでるわけでもないみたいだし」
「ふぅん。モテすぎて選べないとかじゃない?」
「または、あぁいう容姿だから、理想が高すぎたりとか?」

 本人がいないのをいいことに、美和と二人で適当なことを言い合いながら歩く。そうこうしているうちに駅に到着した。

「じゃあ、私はここで。理玖君のこと、よろしくね。もしも何か困ったこととか、直接言いにくいこととかあったら、いつでも言ってね」
「うん、ありがとう」
「そのうちお茶でもしよう。気を付けて帰ってね」
「美和もね」

 自転車にまたがった美和は颯爽とした後ろ姿を見せて、私の前から去って行った。
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