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19.告白、そして受け入れて
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素直に自分の気持ちを認めて、彼の言葉を受け止め受け入れるのは簡単だ。けれどそれを止めるものがある。私は彼より五つも年上である上に、来春には地元を離れてこの街で働く社会人となるのだ。まだ高校生の理玖と今、仮に、互いの気持ちを通じ合わせたとしても、私たちの交際がこの先うまくいくとは思えない。
理玖は私の手に自分の手を重ねて、指を絡めた。そのまま自分の口元まで持って行き、私の指に口づける。
「まど香さんの答えがほしい」
見つめられて心が震えた。彼を好きだという気持ちが抑えられなくなる。これまで制してきたはずの想いが、奔流のようにあふれる。
「私も好き」
気づいた時には唇が言葉を刻んでいた。私は慌てて自分の口を手で覆う。
「今のは忘れて。あ、あの、もう行こう」
理玖から逃げるように立ち上がりかけたが、繋いだままだった彼の手につかまってしまった。その手を振り払うことができず、仕方なく座り直す。
彼は私の顔をのぞき込み、かすれた声で言った。
「そんな大事な言葉、忘れられるわけないでしょ。俺を好きって言ってくれたのは、嘘じゃないんだよね」
無言で目を逸らす私に彼は重ねて問う。
「まさか俺をからかってるの?」
「そんなことしない」
「じゃあどうして、忘れてなんて言ったの?」
「それは……」
「納得いく説明をしてよ」
理玖は迫る。
観念した私はおもむろに口を開いた。
「だって、私、理玖君よりも五つも年上だもの。私たちの年の差は、これからもずっと埋まることはないでしょ。夏だったかしら。高見さんとのことがあった時、彼女と一緒にいるあなたを見て、やっぱり同じ年頃の女の子といる方がお似合いだなって思った。理玖君は高校生。これからまだまだ素敵な出会いがあるはずでしょ。私なんかに引っ掛かってる場合じゃないわ。それにきっと理玖君の私への気持ちは、一過性のものよ。たまたま私が身近な存在になったせいで、単なる好意を恋愛感情だと勘違いしているだけだわ」
私の言葉にじっと耳を傾けていた理玖が、ふっとため息をついた。私の目を覗き込み、ひと言ひと言を区切るようにしながら言う。
「最後の言葉は訂正して。勘違いじゃない。俺は真剣にまど香さんが好きなんだ」
理玖は指を解き、私の手を両手で包み込む。
「誰といる方が似合うとか似合わないとか、勝手に決めつけないでよ。だいたい、まど香さんが気にしている年齢差なんか、たいした理由にはならないよ。そんなカップル、世間にはざらにいるでしょ。芸能人以外の例を出せって言うんなら、父さんの妹なんか、旦那さんは十才年下だからね。二人とも、本人たちはもちろん、傍から見たって年齢差なんか全然気にならないくらいお似合いだし、仲がいいんだよ。見てるこっちの方が恥ずかしくなるくらいにね。つまり、年下だからとか年上だからとかそんなの関係ないし、気にする必要なんかないってことを言いたいんだ。それに、俺と釣り合わないなんて言ってたけど、それは逆だよ。そう思っているのは俺の方。こんなに素敵な人に告白するのは無謀だと思ってた。だけど、気持ちを止められなかった。まど香さんが俺以外の男と付き合うなんて、我慢できない。元カレのことだって、付き合っている人がいるのを知った時は、ほんと悔しかった。早く別れてしまえって、心の中で思ってた。本当に別れたらしいって気づいた時は、俺の念が届いたのかと思ったよ。あなたはその別れでひどく傷ついただろうけど、俺は嬉しくて仕方なかった。俺にもチャンスがあるんだって思ったから」
言葉を切り、理玖はふうっと息を吐いて呼吸を整える。
「だからもし、俺に言ってくれたさっきの言葉が本当なら、もう否定的な考えは捨てて、俺をあなたの彼氏にしてください。絶対に大事にするって約束するよ」
真剣な眼差しから彼の気持ちがひしひしと伝わってくる。
「あなたをここで諦めたら、絶対に後悔する自信がある。それほど俺はまど香さんのことが好きです」
理玖の熱く真摯な言葉を聞いているうちに、ずっと心の中にあった不安や心配がじわじわと消えていく。
「いいのかな、私で……」
「まど香さんがいいんだ。そして今の言葉は、俺を彼氏にしてくれるっていう意味だと思っていいんだよね?」
理玖は確かめるように問う。
くすぐったい気持ちでこくりと頷き、私もまた彼に問い返す。
「理玖君も、本当に私を彼女にしてくれるの?」
「もちろん」
理玖と気持ちが通じ合ったことが嬉しくてどきどきする。けれど、ある不安がまだ残っている。
「でも……」
「まだ何か解決していないこと、あった?」
私はもじもじしながら答える。
「私、春からはこっちに来る予定でしょ。そしたら、遠距離になっちゃうな、って……」
「なんだ、そんなことか」
理玖は事も無げに笑った。
「そんなのたいした距離じゃないでしょ。二時間かからずに電車一本で行き来できるんだから。声を聞きたい時は電話をすればいいし、顔を見たければビデオ通話だってできる。俺はまど香さんの心を離すつもりはないし、俺の心もあなたから離れない。だから不安にならないでほしい」
あの失恋の記憶のせいか、人の心なんて時間が経てばどうなるか分からないじゃなかいかと思う。それなのに、どうして理玖はそんなに確信的に言えるのだろうと不思議に思う。
「ねぇ、どうしてそんな風に言えるの?」
「何が?」
「どうしてそこまで自信たっぷりに言えるのかな、って……」
「実はね、昔、まど香さんに会ってるんだ」
「え?」
理玖の答えは私の質問に対する答えから外れていた。戸惑ったが、過去に私と理玖が会っていたらしいという点に興味を引かれる。こんな美少年なら一度でも会ったら忘れられないはずだと思い、早速記憶をたどる。
「ごめんなさい。思い出せないんだけど……」
「だろうね。会ったと言っても、すれ違ったっていう程度だったり、あとは遠目で見かけたりっていう感じだったから」
「え?」
怪訝な顔をする私に、理玖は慌てたように弁解する。
「違うからね。ストーカーしてたわけじゃないから誤解しないで。ほら、俺と美和ちゃんって、いとこ同士でしょ?母親同士も仲良しで。だから昔からよく行き来してたわけで」
その頃を思い出しているのか、理玖の目は宙を眺めていた。
「俺が中学に上がったばかりの頃だったと思う。あの日、いつものように母親と一緒に美和ちゃんの家に遊びに行ったら、先客がいてね。それが、まど香さんだった。ちょうど帰るところだったらしくて、階段下ですれ違って挨拶した。その時の笑顔がすごく印象的で、目に焼き付いた。それからはあなたのことが忘れられなくなって、その笑顔を思い出すと胸がどきどきした。従姉の美和ちゃん然り、学校だとかの同年代の女子たちには全然どきどきしないのにさ。つまりは一目ぼれだったんだよね。そんな始まり方をするのは、小説だとか漫画の中だけだと思っていたのに。その後も何度か美和ちゃんの所でまど香さんを見かけたりしたけど、恥ずかしくて話しかける勇気がなかった。綺麗な高校生のお姉さんが中学生なんかを相手にするわけがないと思ったから、ただあの人が近くにいるって思うだけで満足していた。だけど、心のどこかでこの気持ちを伝えたい、俺を見てほしいって思ってた。それも美和ちゃんが受験生になったのをきっかけに、俺は足が遠のいてしまったから、その願望が叶うどころか、まど香さんを遠目にも見かけることもできなくなってしまったけどね。それでもいつかまた会えたら、っていう思いを消せないでいた。まど香さんが美和ちゃんと友達でいる限りは、再会の可能性もあるかもしれないって思えたから」
その面に切なさを滲ませたような笑みが浮かんだが、すぐにそれを引っ込めて、彼は再び話し出す。
「そうしたら、美和ちゃんが紹介してくれた家庭教師をやってくれる人っていうのが、まさかまど香さんだったなんて、奇跡だと思った。嬉しくたまらない気持ちを隠して初対面のふりをするのは、なかなか大変だったよ。何年かぶりに会ったあなたはやっぱり俺には特別だった。会えば会うほど、あなたを好きな気もちは大きくなる一方だった。あなたが家庭教師じゃなくなった時に、今度こそきっとこの想いを伝えようって思ってた。高校生になった今の自分なら、万が一にも受け入れてもらえるかもしれないって、期待しながらね。前に、俺が女子たちにわざと冷たい態度を取っている話になったこと、覚えてるかな。あの時、母さんからの連絡で伝え損ねたその理由はね。俺の心の中に、ずっとまど香さんがいたからだよ」
理玖が何年も私を想ってくれていた――。
そのことを知り、驚いて、気の利いたセリフが出てこない。
「つまり、何が言いたかったのかっていうと、時間も距離も、俺にとっては全く問題にならない、それくらいで揺らぐような簡単な気持ちじゃないってこと。これで少しは、まど香さんの不安が和らいでくれたらいいんだけど」
私はぼんやりと瞬きを繰り返す。この短時間のうちにあった展開や初めて知ることになった情報を、頭はまだ処理しきれていない。
私の状態を察して、理玖はそっと促す。
「とりあえず、ここから移動しようか」
差し出された彼の手を取り、私はのろのろと立ち上がる。
理玖の手がキュッと私の手を握った。
その感触にはっとして、頭がようやくはっきりとし出し、胸がじわりと熱いもので満たされ始めた。続いてふと思い出したのは、大事な一言をまだ言っていないということ。私は彼の手を握り返す。
「私のことをそんな風に想っていてくれて、ありがとう」
理玖は嬉しそうに笑い、返事をする代わりに私の指に自分の指をからませた。
手を繋ぎ合ったまま、私たちは寄り添うように歩き、一階への直通エレベーターへ向かった。その前で待つのは私たちだけだった。そろそろ夕食時ということもあってか、たいていの人は展望台で夜景を眺めた後、エスカレーターを使って下のフロアにある飲食店エリアに降りて行くようだ。
エレベーターの到着を知らせる柔らかな音がしてドアが開いた。
理玖に促されて、エレベーターに乗り込む。
彼はやや遅れて乗ってきたが、エレベーターの扉が閉まるやいなや、私の前に立って壁に手をついた。
何事かと顔を上げた途端、いきなりキスされた。
驚いて目を見開くより早く彼は唇を離し、私の目を覗き込んで言う。
「我慢してたんだ」
理玖は私の顔を両手で挟み込む。
あっという間に再び唇を奪われ、どこで覚えたのかと思うほど情熱的に口づけられた。頭の芯が甘く痺れて、体中の力が抜けていく。ずるりと体が崩れ落ちそうになった。
彼はキスをやめて私の背中を支えるように腕を回した。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ……」
顔だけではなく、体まで熱くなってしまい、私は理玖から顔を逸らす。
彼は私の耳元で囁く。
「今、何を思ったか当ててみようか」
「な、何も思ってないわよ」
「そうかなぁ。あんなに溶けるような顔してたのに」
「そ、そんな顔してない」
「一応言っとくけど、俺、これでも健全な男子高校生だから。覚えておいてね」
「なっ……」
私は言葉に詰まり口をパクパクさせながら、理玖を見上げた。
彼はくすっと笑って私の額にキスをした。
「エレベーター、ちょうど着いたね。出るよ。駅ビルで軽く食事してから帰ろうか」
急に現実的なことを言いながら、理玖はビルの自動扉に向かう。
どきどきしている心臓と顔の火照りを持て余しながら彼の後ろ姿を追い、その手にそっと手を滑り込ませた。この温かな手ができるだけ長く、私だけの物でありますようにと祈るような気持ちで、私はきゅっと彼の手を握った。
ビルを出てからは、この街を訪れた時よりもはるかに近い距離で寄り添って、駅に向かった。構内にある飲食店街で食事を済ませて、地元に戻るための電車に乗る。乗り換え駅まであと一駅となった時、理玖が言った。
「まど香さんの降りる駅まで行くよ」
「そんなことしたら、理玖君が家に着く時間が遅くなっちゃう。私なら大丈夫だから」
「これくらいの時間、遅いうちに入らないよ。天文部の活動の時より早いくらいなんだから」
拗ねた口調につい笑い声がこぼれた。
それを見て理玖は不満そうに唇を突き出す。
「ぎりぎりまで一緒にいたいのは俺だけなんだね」
「そんなことないわよ」
電車の中は人少なとは言え、他人の耳が気になる。私は小声でつぶやいた。
「またすぐに会えるから……」
理玖はふうっとため息をつく。
「しょうがないな。水曜日を待つとするか。って、次の水曜日ってもう年明けじゃないか。遠すぎるんだけど」
「そうね」
「メッセージ送るね」
「えぇ。私も」
駅名を告げるアナウンスが聞こえた。電車が減速し始める。
電車が止まるまで、私たちは名残惜しいような気分で互いの手にそっと触れ合っていた。
理玖は私の手に自分の手を重ねて、指を絡めた。そのまま自分の口元まで持って行き、私の指に口づける。
「まど香さんの答えがほしい」
見つめられて心が震えた。彼を好きだという気持ちが抑えられなくなる。これまで制してきたはずの想いが、奔流のようにあふれる。
「私も好き」
気づいた時には唇が言葉を刻んでいた。私は慌てて自分の口を手で覆う。
「今のは忘れて。あ、あの、もう行こう」
理玖から逃げるように立ち上がりかけたが、繋いだままだった彼の手につかまってしまった。その手を振り払うことができず、仕方なく座り直す。
彼は私の顔をのぞき込み、かすれた声で言った。
「そんな大事な言葉、忘れられるわけないでしょ。俺を好きって言ってくれたのは、嘘じゃないんだよね」
無言で目を逸らす私に彼は重ねて問う。
「まさか俺をからかってるの?」
「そんなことしない」
「じゃあどうして、忘れてなんて言ったの?」
「それは……」
「納得いく説明をしてよ」
理玖は迫る。
観念した私はおもむろに口を開いた。
「だって、私、理玖君よりも五つも年上だもの。私たちの年の差は、これからもずっと埋まることはないでしょ。夏だったかしら。高見さんとのことがあった時、彼女と一緒にいるあなたを見て、やっぱり同じ年頃の女の子といる方がお似合いだなって思った。理玖君は高校生。これからまだまだ素敵な出会いがあるはずでしょ。私なんかに引っ掛かってる場合じゃないわ。それにきっと理玖君の私への気持ちは、一過性のものよ。たまたま私が身近な存在になったせいで、単なる好意を恋愛感情だと勘違いしているだけだわ」
私の言葉にじっと耳を傾けていた理玖が、ふっとため息をついた。私の目を覗き込み、ひと言ひと言を区切るようにしながら言う。
「最後の言葉は訂正して。勘違いじゃない。俺は真剣にまど香さんが好きなんだ」
理玖は指を解き、私の手を両手で包み込む。
「誰といる方が似合うとか似合わないとか、勝手に決めつけないでよ。だいたい、まど香さんが気にしている年齢差なんか、たいした理由にはならないよ。そんなカップル、世間にはざらにいるでしょ。芸能人以外の例を出せって言うんなら、父さんの妹なんか、旦那さんは十才年下だからね。二人とも、本人たちはもちろん、傍から見たって年齢差なんか全然気にならないくらいお似合いだし、仲がいいんだよ。見てるこっちの方が恥ずかしくなるくらいにね。つまり、年下だからとか年上だからとかそんなの関係ないし、気にする必要なんかないってことを言いたいんだ。それに、俺と釣り合わないなんて言ってたけど、それは逆だよ。そう思っているのは俺の方。こんなに素敵な人に告白するのは無謀だと思ってた。だけど、気持ちを止められなかった。まど香さんが俺以外の男と付き合うなんて、我慢できない。元カレのことだって、付き合っている人がいるのを知った時は、ほんと悔しかった。早く別れてしまえって、心の中で思ってた。本当に別れたらしいって気づいた時は、俺の念が届いたのかと思ったよ。あなたはその別れでひどく傷ついただろうけど、俺は嬉しくて仕方なかった。俺にもチャンスがあるんだって思ったから」
言葉を切り、理玖はふうっと息を吐いて呼吸を整える。
「だからもし、俺に言ってくれたさっきの言葉が本当なら、もう否定的な考えは捨てて、俺をあなたの彼氏にしてください。絶対に大事にするって約束するよ」
真剣な眼差しから彼の気持ちがひしひしと伝わってくる。
「あなたをここで諦めたら、絶対に後悔する自信がある。それほど俺はまど香さんのことが好きです」
理玖の熱く真摯な言葉を聞いているうちに、ずっと心の中にあった不安や心配がじわじわと消えていく。
「いいのかな、私で……」
「まど香さんがいいんだ。そして今の言葉は、俺を彼氏にしてくれるっていう意味だと思っていいんだよね?」
理玖は確かめるように問う。
くすぐったい気持ちでこくりと頷き、私もまた彼に問い返す。
「理玖君も、本当に私を彼女にしてくれるの?」
「もちろん」
理玖と気持ちが通じ合ったことが嬉しくてどきどきする。けれど、ある不安がまだ残っている。
「でも……」
「まだ何か解決していないこと、あった?」
私はもじもじしながら答える。
「私、春からはこっちに来る予定でしょ。そしたら、遠距離になっちゃうな、って……」
「なんだ、そんなことか」
理玖は事も無げに笑った。
「そんなのたいした距離じゃないでしょ。二時間かからずに電車一本で行き来できるんだから。声を聞きたい時は電話をすればいいし、顔を見たければビデオ通話だってできる。俺はまど香さんの心を離すつもりはないし、俺の心もあなたから離れない。だから不安にならないでほしい」
あの失恋の記憶のせいか、人の心なんて時間が経てばどうなるか分からないじゃなかいかと思う。それなのに、どうして理玖はそんなに確信的に言えるのだろうと不思議に思う。
「ねぇ、どうしてそんな風に言えるの?」
「何が?」
「どうしてそこまで自信たっぷりに言えるのかな、って……」
「実はね、昔、まど香さんに会ってるんだ」
「え?」
理玖の答えは私の質問に対する答えから外れていた。戸惑ったが、過去に私と理玖が会っていたらしいという点に興味を引かれる。こんな美少年なら一度でも会ったら忘れられないはずだと思い、早速記憶をたどる。
「ごめんなさい。思い出せないんだけど……」
「だろうね。会ったと言っても、すれ違ったっていう程度だったり、あとは遠目で見かけたりっていう感じだったから」
「え?」
怪訝な顔をする私に、理玖は慌てたように弁解する。
「違うからね。ストーカーしてたわけじゃないから誤解しないで。ほら、俺と美和ちゃんって、いとこ同士でしょ?母親同士も仲良しで。だから昔からよく行き来してたわけで」
その頃を思い出しているのか、理玖の目は宙を眺めていた。
「俺が中学に上がったばかりの頃だったと思う。あの日、いつものように母親と一緒に美和ちゃんの家に遊びに行ったら、先客がいてね。それが、まど香さんだった。ちょうど帰るところだったらしくて、階段下ですれ違って挨拶した。その時の笑顔がすごく印象的で、目に焼き付いた。それからはあなたのことが忘れられなくなって、その笑顔を思い出すと胸がどきどきした。従姉の美和ちゃん然り、学校だとかの同年代の女子たちには全然どきどきしないのにさ。つまりは一目ぼれだったんだよね。そんな始まり方をするのは、小説だとか漫画の中だけだと思っていたのに。その後も何度か美和ちゃんの所でまど香さんを見かけたりしたけど、恥ずかしくて話しかける勇気がなかった。綺麗な高校生のお姉さんが中学生なんかを相手にするわけがないと思ったから、ただあの人が近くにいるって思うだけで満足していた。だけど、心のどこかでこの気持ちを伝えたい、俺を見てほしいって思ってた。それも美和ちゃんが受験生になったのをきっかけに、俺は足が遠のいてしまったから、その願望が叶うどころか、まど香さんを遠目にも見かけることもできなくなってしまったけどね。それでもいつかまた会えたら、っていう思いを消せないでいた。まど香さんが美和ちゃんと友達でいる限りは、再会の可能性もあるかもしれないって思えたから」
その面に切なさを滲ませたような笑みが浮かんだが、すぐにそれを引っ込めて、彼は再び話し出す。
「そうしたら、美和ちゃんが紹介してくれた家庭教師をやってくれる人っていうのが、まさかまど香さんだったなんて、奇跡だと思った。嬉しくたまらない気持ちを隠して初対面のふりをするのは、なかなか大変だったよ。何年かぶりに会ったあなたはやっぱり俺には特別だった。会えば会うほど、あなたを好きな気もちは大きくなる一方だった。あなたが家庭教師じゃなくなった時に、今度こそきっとこの想いを伝えようって思ってた。高校生になった今の自分なら、万が一にも受け入れてもらえるかもしれないって、期待しながらね。前に、俺が女子たちにわざと冷たい態度を取っている話になったこと、覚えてるかな。あの時、母さんからの連絡で伝え損ねたその理由はね。俺の心の中に、ずっとまど香さんがいたからだよ」
理玖が何年も私を想ってくれていた――。
そのことを知り、驚いて、気の利いたセリフが出てこない。
「つまり、何が言いたかったのかっていうと、時間も距離も、俺にとっては全く問題にならない、それくらいで揺らぐような簡単な気持ちじゃないってこと。これで少しは、まど香さんの不安が和らいでくれたらいいんだけど」
私はぼんやりと瞬きを繰り返す。この短時間のうちにあった展開や初めて知ることになった情報を、頭はまだ処理しきれていない。
私の状態を察して、理玖はそっと促す。
「とりあえず、ここから移動しようか」
差し出された彼の手を取り、私はのろのろと立ち上がる。
理玖の手がキュッと私の手を握った。
その感触にはっとして、頭がようやくはっきりとし出し、胸がじわりと熱いもので満たされ始めた。続いてふと思い出したのは、大事な一言をまだ言っていないということ。私は彼の手を握り返す。
「私のことをそんな風に想っていてくれて、ありがとう」
理玖は嬉しそうに笑い、返事をする代わりに私の指に自分の指をからませた。
手を繋ぎ合ったまま、私たちは寄り添うように歩き、一階への直通エレベーターへ向かった。その前で待つのは私たちだけだった。そろそろ夕食時ということもあってか、たいていの人は展望台で夜景を眺めた後、エスカレーターを使って下のフロアにある飲食店エリアに降りて行くようだ。
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理玖に促されて、エレベーターに乗り込む。
彼はやや遅れて乗ってきたが、エレベーターの扉が閉まるやいなや、私の前に立って壁に手をついた。
何事かと顔を上げた途端、いきなりキスされた。
驚いて目を見開くより早く彼は唇を離し、私の目を覗き込んで言う。
「我慢してたんだ」
理玖は私の顔を両手で挟み込む。
あっという間に再び唇を奪われ、どこで覚えたのかと思うほど情熱的に口づけられた。頭の芯が甘く痺れて、体中の力が抜けていく。ずるりと体が崩れ落ちそうになった。
彼はキスをやめて私の背中を支えるように腕を回した。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないわ……」
顔だけではなく、体まで熱くなってしまい、私は理玖から顔を逸らす。
彼は私の耳元で囁く。
「今、何を思ったか当ててみようか」
「な、何も思ってないわよ」
「そうかなぁ。あんなに溶けるような顔してたのに」
「そ、そんな顔してない」
「一応言っとくけど、俺、これでも健全な男子高校生だから。覚えておいてね」
「なっ……」
私は言葉に詰まり口をパクパクさせながら、理玖を見上げた。
彼はくすっと笑って私の額にキスをした。
「エレベーター、ちょうど着いたね。出るよ。駅ビルで軽く食事してから帰ろうか」
急に現実的なことを言いながら、理玖はビルの自動扉に向かう。
どきどきしている心臓と顔の火照りを持て余しながら彼の後ろ姿を追い、その手にそっと手を滑り込ませた。この温かな手ができるだけ長く、私だけの物でありますようにと祈るような気持ちで、私はきゅっと彼の手を握った。
ビルを出てからは、この街を訪れた時よりもはるかに近い距離で寄り添って、駅に向かった。構内にある飲食店街で食事を済ませて、地元に戻るための電車に乗る。乗り換え駅まであと一駅となった時、理玖が言った。
「まど香さんの降りる駅まで行くよ」
「そんなことしたら、理玖君が家に着く時間が遅くなっちゃう。私なら大丈夫だから」
「これくらいの時間、遅いうちに入らないよ。天文部の活動の時より早いくらいなんだから」
拗ねた口調につい笑い声がこぼれた。
それを見て理玖は不満そうに唇を突き出す。
「ぎりぎりまで一緒にいたいのは俺だけなんだね」
「そんなことないわよ」
電車の中は人少なとは言え、他人の耳が気になる。私は小声でつぶやいた。
「またすぐに会えるから……」
理玖はふうっとため息をつく。
「しょうがないな。水曜日を待つとするか。って、次の水曜日ってもう年明けじゃないか。遠すぎるんだけど」
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「メッセージ送るね」
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