優しい君に恋をする~この関係、気にしないではいられない、だけど、それでも

芙月みひろ

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24.予定外のお披露目

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 今日はいよいよ卒業式だ。
 この日は、午前中のうちに予約していた近所の美容室に行き、髪を結い上げてもらい、着物に袴を着つけてもらった。家に戻ってから、「馬子にも衣裳だな」と言って私をからかう弟に写真を撮ってもらい、両親にそれを送る。その後昼食を取って、会場となる大ホールまで弟に車で送ってもらい、卒業式に出席した。
 式が終わった後は、会場の外で待ち構えていたゼミやサークルの後輩たちと別れを惜しむ。写真を撮り合ったりしているところに、人と人の間をすり抜けながら美和が近づいてきた。袂から肌がのぞくのにも構わず、腕を高々と上げて私に合図を送っていた。

「まど香、卒業おめでとう!」
「美和こそおめでとう!」
「ありがと!ね、一緒に写真撮ろう!」
「うん!」

 私たちは近くにいた知り合いをつかまえて、それぞれのスマホで写真を撮ってもらう。知り合いに礼を言いスマホを仕舞い込んでから、美和が私の顔を見てしみじみと言った。

「まど香はS市に行くんだよね。そしたら、今までみたいには会えなくなるねぇ……」

 美和につられてしんみりとする。

「そうだねぇ……」

 ちなみに彼女は地元の企業に就職することになっている。
 
「ま、でもさ、ちょくちょくこっちに帰ってきなよ。で、会おう」
「うん。そうしよう!美和も遊びに来てね」
「うん、行くよ!まど香に彼氏ができるまではお泊りでね」
「も、もちろん!」

 明るく返しはしたが、実は内心では美和が言った「彼氏」という言葉にどきどきしていた。彼女は親友ではあるけれど、彼女の従弟である理玖とのことは、まだ言えないでいる。

「ところでまど香も、今夜の卒業パーティーに出るんだよね?」
「うん。行くつもりだよ」
「それまでそこそこ時間があるけど、何か予定ある?」
「特には何も。いったん家に帰ろうかと思ってたし。美和は?」
「私?私はね」

 言いかけて、美和はきょろきょろと周りを気にし出す。

「そう言えば、まど香のご両親は来てないの?」
「うん。来てない。どうしようか迷ってたみたいなんだけどね。別室で式の様子をモニターで見る形だって話したら、じゃあ行くのやめる、だって。袴姿の写真だけは送ってほしいって言われて、今朝のうちに送っておいたわ」
「そっか。ま、うちも来ていないんだけどね。朝、一緒に写真撮ったので満足したみたいよ」

 美和は苦笑し、それからはっとしたように目を瞬かせた。

「話が逸れちゃった。あのね、さっき言おうとしたことだけど、良かったら友恵叔母さんのとこに行かない?もともと私の袴姿を見せに行く話になってたんだけど、今朝になって、できるならまど香にも会いたいって電話をかけてよこしたのよ」

 思いもよらなかった誘いに動揺した。そこは理玖の家。万が一彼に会った時、うっかり不審な態度を取ってしまわないか心配だ。本音はこの姿を彼に見てほしいような気もするが、それは写真に代えることにして、断った方が無難だろう。

「お気持ちは嬉しいけど、私は遠慮しようかな。だって親戚とかじゃないわけだから」
「そう言うだろうと思った。でも、せっかくだから一緒に行ってみようよ。うちのお母さんが迎えに来てくれるし、卒業パーティーの会場までも送ってくれるって言ってたからさ」
「だけど、私も一緒になんてほんとにいいのかなぁ……」
「美和!お待たせ!」

 はつらつとした声で親友を呼ぶ声に私は振り返った。美和の母、早智子の姿があった。
 彼女は目を輝かせて私に声をかけてきた。

「もしかして、まど香ちゃん?」
「は、はい。ご無沙汰してました」
「一年、いえ、二年ぶりくらいかしら?まぁ、随分と素敵な女性になったわねぇ。今日の袴姿もとっても素敵!」
「ありがとうございます」
「ところで美和、まど香ちゃんにはもう言った?」
「今、話したとこ」
「そう?じゃあ、まど香ちゃん、行きましょうか」
「あ、あの……」
「卒業パーティーの会場までちゃんと送ってあげるから、大丈夫よ。さ、行きましょ」

 私と美和を急かすように、早智子は肩越しに私たちを促す。
 戸惑った私は助け舟を求めるように美和に目をやった。
 しかし、諦めなさいとでも言うように美和は笑いを滲ませて片目をつぶって見せ、私の手を取って繋ぐ。

「友恵叔母さん、首を長くして待ってるはずよ」

 結局断るタイミング失って、私は美和と共に早智子が運転する車で土屋家に向かった。
 車から降りて美和親子の後に続き、玄関のドアの前に立つ。ここを訪れるのはほぼ二週間ぶりだ。
 早智子がインターホンを押してから間もなく友恵が顔を出した。

「いらっしゃい。待ってたわ」

 にこやかな笑顔で早智子に言ってから、友恵は私と美和を見て目を細めた。

「二人ともいらっしゃい。ご卒業おめでとうございます」

 私と美和は声を揃えて返す。

「ありがとうございます」

 友恵は嬉しそうに笑い、ドアを大きく開けて私たちを招き入れる。

「お茶の準備ができているわ。リビングの方に行きましょうか」

 友恵に促されて私たちはぞろぞろと家の中に入った。
 二週間前までは家庭教師として来ていたのに、今日は完全に客のような立場でここにいることが不思議に思えてくる。
 リビングに入った私たちは、友恵に促されてソファに腰を下ろした。
 
「やっぱり女の子っていいわねぇ」

 友恵は私と美和をにこにこと見ている。

「二人ともとっても素敵よ。一緒に写真撮りましょう」

 友恵は早智子自分のスマホを渡す。

「姉さん、撮って」
「いいわよ」

 早智子は私と美和の間に友恵を立たせて数枚分シャッターを切った。

「これでいい?」

 早智子からスマホを受け取り、撮ったばかりの写真をにこにこしながら見て、友恵は満足そうな顔をする。

「うん、いい感じだわ。二人ともありがとう。……今お茶を持ってくるから、ちょっと待っててね」

 言いおいて友恵はいったんキッチンに消えた。やがて戻ってきた時には、ケーキや湯気の立つティーカップを乗せた大き目のトレイを両手で持っていた。それをテーブルの上に置き、私たちの前に並べ出す。

「さ、どうぞ。卒業のお祝いにと思って買って来たの。いちごの隣に乗っているお花、可愛いでしょ?食べられるお花ですって」
「まぁ、可愛いわねぇ。どこのお店の?」
「これはマカロンが美味しいっていうお店の……」

 友恵と早智子の会話を耳にしながら、私は緊張していた。理玖は出迎えに降りてこなかったが、部屋にでもいるのだろうか。それとも外出中なのか。どちらにしても彼がいつここに顔を出すか分からない。もし彼が現れても挙動不審になったりしませんようにと、心の中で強く祈った。

「そう言えば、理玖君の成績が上がったのって、まど香ちゃんが家庭教師したおかげなんですって?」

 早智子が感心したように言うのが聞こえて、我に返った。密かな緊張を隠して私はにっこりと笑い、会話に混ざる。

「いえいえ、理玖君が頑張ったんです。私はお手伝いしただけで」
「まど香ちゃんは相変わらず謙虚ねぇ。ところで、S市に引っ越すんですってね。ご両親、よく許したわねぇ」
「世間の荒波を経験して来いって言われました」
「あはは、なるほどねぇ。うちの美和もひとり暮らしさせた方がいいのかしら」
「私、自炊できる自信ないんだけど……」
「美和ちゃん、料理ならおばさんが教えてあげるわよ」

 理玖が姿を現したのは、そんな会話で盛り上がり出した時だった。

「いらっしゃい」

 挨拶をしながら私たちの顔を見回して、最後に私の顔を目にした途端、にこやかだった彼の顔から表情が消えた。その場に固まったまま動かない。
 理玖の態度の理由を、私以外の三人はリビングに揃う女四人の姿に圧倒されたのだと思ったかもしれない。
 だが、実はそうではないはずで、私は内心気を揉む。
 驚きに目を見開いていた理玖だったが、なんとか気持ちを立て直したらしく、表情を和らげて明るい声で言った。

「まど香先生、お久しぶりです。って、最後に会ったのは二週間前くらいだよね。でも、どうしてここに?今日ウチにくるお客さんって、美和ちゃんと早智子伯母さんだけだって聞いてた気がするんだけど」

 美和がその問いにさらりと答える。

「初めはそうだったんだけどね。今朝になって、友恵叔母さんが、まど香に会いたいって連絡よこしたんだ。で、急遽まど香を誘ったってわけ」
「へぇ、そうだったんだ」
 
 理玖は取ってつけたように笑顔を作り、私と美和を見る。

「そう言えば今日は卒業式だったんだね。美和ちゃん、まど香先生、卒業おめでとうございます」
「ありがとう!」
「あ、ありがとうございます……」

 美和とは対照的に私はもじもじと礼を言った。
 理玖の顔に何か言いたげな表情が浮かんだと思ったのは一瞬で、彼は笑顔で私たちの顔を見回す。

「皆さん、ごゆっくり」
「あら、理玖、一緒にお茶しない?あなたの分のケーキもあるのよ」

 すると理玖は苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「俺はいない方が、話が盛り上がるんじゃない?ってことで、俺は失礼します」

 理玖はぺこりと頭を下げて、さっさとリビングから出て行ってしまった。
 その後、私たちは小一時間ほども滞在していただろうか。
 早智子が時計を見て、私と美和に声をかけた。

「そろそろ、パーティ会場に向かった方がいいんじゃない?」
「あ、そうだね。まど香、行こうか」
「うん。ただ、その前に……」

 私はもじもじしながら誰に言うでもなく言った。

「お手洗いをお借りしたいな、と……」
「どうぞ。あ、まど香先生、場所は分かりますよね?」
「はい。大丈夫です。では、すみません。お借りします」

 しずしずと立ち上がりお手洗いに向かう。用を済ませて身づくろいを整え、廊下に出た。リビングに向かう角を曲がろうとしたところで理玖に出会った。とっさのことで、言葉に詰まる。
 理玖は私の耳に口を寄せて小声で言った。

「まったくもう、脅かさないでよ。ここに今日いるはずのないまど香さんがいるなんて、すごくびっくりしたんだからね」
「ごめんね。でも、本当に急だったの。美和に誘われて、なんだかあれよあれよという間に連れてこられたっていうか……」

 苦笑する私に理玖もまた苦笑を返してよこしたが、すぐにそれは喜びの表情に変わる。

「でも、少しだけでも会えて嬉しいよ。まど香さん、卒業おめでとう。今日の格好、すごく素敵で、いつも以上に綺麗」
「あ、ありがとう……」

 甘い声で褒められて顔が熱くなる。

「実は後から写真送ろうと思ってたんだけど、直接見てもらえて良かった」
「俺も見られて良かったよ。あ、でも写真も後で絶対に送ってね」
「うん」
「この週末には、もうあっちに行くんだったよね」
「えぇ……」
「俺、すぐに会いに行くから」

 廊下の片隅で、秘めやかな二人だけの甘いひとときに身を置いていると、奥から誰かの足音が聞こえてきた。シュッシュッと衣擦れの音がするから、たぶん美和だろう。戻りが遅い私の様子を確かめに来たのだと思われた。
 私は早口で理玖に告げる。

「もう行くね」
「夜、電話するから。写真も待ってる」
「えぇ。じゃあ」

 後ろ髪引かれながらも私は慌ただしくその場を離れて、足音のする方へ急いだ。

「あ、まど香。遅いから様子を見に来たんだけど、大丈夫だった?」
「ごめん、ありがと。実はちょっと手間取っちゃって。でもなんとかなった」
「なら良かった。こういうの、着慣れていないからねぇ」

 納得したように頷いている美和と並んでリビングに戻りながら、私は心の中で謝っていた。嘘を言ってごめんね、いつかは勇気を出して打ち明けるからもう少し待ってね、と。
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