意地悪な美声は愛を囁く~簡単には堕ちたくありません~

芙月みひろ

文字の大きさ
18 / 18

後日談・一年ぶりのOBOG会

しおりを挟む
 彬との交際は順調だった。
 そうこうしているうちに夏が終わる。秋が深まり出した頃、OBOG会を開くという連絡が回ってきた。
 私は早速参加すると返事をした。彬も辻と一緒に参加する予定だと言っていた。プライベートな場で一緒になると思うと少し緊張する。しかしOBOG会への参加はおよそ一年ぶりとなるため、友人や先輩後輩たちとの久しぶりの再会は、とても楽しみだった。
 当日は、藍子と待ち合わせて店に向かう。開始時間よりやや遅れて着いてしまった。畳敷きの広間に入って行くと、すでに飲み会は始まっており、いくつかグループができていた。私と藍子は市川がいる輪の中に入った。場の盛り上がりと共に席の移動が始まり、今私は藍子と市川と一緒にいる。
 そこに彬と辻が現れた。私に気づいた辻が笑顔を見せて、いそいそと私の方へとやって来る。彬も周りに笑顔で挨拶しながら辻の後ろを着いてきた。

「こんばんは」
「やぁ、こんばんは」

 私たちの挨拶に二人はそれぞれに言葉を返し、そのまま私を挟むように両隣に座った。

「ずいぶん盛り上がってるなぁ」

 メニューを手にした辻に市川が尋ねた。

「先輩たちの学年のみんな、向こうにいますけど、行かなくていいんですか?」
 
 辻がにっと笑う。

「いいのいいの。そう言えば、市川君と藍子ちゃんに会うのは久しぶりだよね。夏貴ちゃんとは一昨日ぶり?」

 辻の言葉に藍子が反応した。

「一昨日ぶりって、どういう意味ですか?」
「夏貴ちゃんから聞いてない?今、うちの仕事を手伝ってもらってるんだよ。ね?」

 辻に頷いてから、私は藍子に言った。

「実はそうなの」

 藍子の目が丸くなった。

「夏貴、MMテレビで働いてるの?」
「派遣だけどね」
「ちょっとぉ。どうして今まで言ってくれなかったのよ」
「だって派遣社員としてだし、わざわざ言うのもどうかと思ったから……」
「何言ってるのよ。派遣とか関係なく、すごいよ。でも良かったねぇ。しかも、先輩たちと一緒なら心強いんじゃない?」
「それはあるかな」
「よし、乾杯しよ!だいぶ遅くなったけど、就職祝いよ」

 満面の笑みを浮かべて、藍子はビールの瓶を片手に持った。そこにいる私たち全員のグラスをちょうどいい具合に満たして、彼女は明るい声で言った。

「夏貴、おめでとう!」
「ありがとう」

 私は照れながら顔の前にグラスを掲げた。
 しばらくその顔触れで近況などを話していたが、市川と藍子の後ろに後輩たちがやってきた。そのタイミングで辻がトイレへと席を立つ。
 辻を見送り、市川と藍子が後輩たちと語り合っている様子を眺めながら、私はグラスの中身を飲み干した。次は何を飲もうかと考えて、メニューに手を伸ばしたところで、彬が苦笑を浮かべながら言った。

「あんまり飲みすぎるなよ」
「分かってるよ」
「ホントかなぁ。また去年のあの時みたいに潰れるのは勘弁してくれよ」
「でもそうなったら、彬が介抱してくれるんでしょ?」

 辻は今トイレに行っている。市川と藍子は向こうを向いて、後輩たちと話し込んでいる。私はこの状況に安心しきっていた。だから、二人きりでいる時の口調で話し、彼のことを下の名前で呼んだ。ところが。

「なんだなんだ、今のは」

 頭の後ろの方で突然声が聞こえ、私は飛び上がらんばかりに驚いた。

「つ、辻さん……」

 まだ戻って来ないと思っていたのに――。

 慌てている私の隣で、彬は落ち着いている。

「二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?しかも夏貴ちゃん、矢嶋のこと、名前で呼んでなかった?」
「いえいえまさか。辻さんの聞き間違いですよ。ね、矢嶋さん?」

 うまく話を合わせてくれるだろうと思いながら、私は彬に相槌を求めた。ところが彼はにっと笑い、こう言ったのだ。

「辻さんさえ黙っていてくれれば、大丈夫だろ。それ以前に、そろそろ隠さなくてもいいんじゃない?俺たち、婚約したんだから」

 辻の目が大きく見開かれた。

「へっ?」

 周りは賑やかに盛り上がっている。そんな中だから話が聞こえてしまう心配はなさそうだが、彬は若干声を潜めた。

「このことを話すのは、会社関係者では辻さんが初めてなんです。実は俺と夏貴、来年には籍を入れるんです。な?」

 話を振られて、私は頷くのを一瞬ためらった。しかし彬が、大丈夫だというように微笑んだのを見て、私は首を縦に振った。

「えっ、本当なの?」

 辻の大きな声に、テーブル向こうにいた市川と藍子が何事かと振り向いた。
 二人に向かって、何でもないと私は笑いかけてから、自分の唇に人差し指を立てる。

「辻さん、静かにお願いします。私はまだ公にはしたくないので」
「あ、悪い。あんまりびっくりしすぎて思わず……。でも残念だなぁ。夏貴ちゃんが人妻になるわけか。寂しすぎる」
「またそんなこと言って」

 私は苦笑した。

「辻さんって、みんなにそういうこと言ってるんですか?いつだったかな。梨乃ちゃんが言ってましたよ。辻さんってフランクだけど、本心が見えない人だって」
「誰にでも言うわけじゃないよ。こんなこと、夏貴ちゃんにしか言わないって」

 そう言って私の背に手を回そうとした辻の手を、彬がぱしっと払いのけた。

「どうしてそうやって、人の彼女に触ろうとするかなぁ。そういう距離感、早くなんとかしないと、本命に愛想をつかされますよ」
「え?辻さん、好きな人がいるんですか?」
「いないよ、そんな」

 辻は目を泳がせながら、中身が空っぽのグラスに手を伸ばした。明らかに動揺している。
「俺、知ってますよ」
「誰?私も知ってる人?」

 身を乗り出した私に彬は耳打ちした。

「梨乃ちゃん」
「ええっ!」
 
 驚きのあまり、今度は私が大声を上げてしまい、慌てて口を手で覆う。
 
「夏貴ちゃん、本気にしないでくれよ。矢嶋が適当に言ってるだけだから」

 彬が誰の名前を言ったのかすぐに分かったらしい。辻が明らかに慌てている。
 その様子に、それが冗談ではないことを私は悟った。

「うん、いいと思います。彼女、性格いいし、可愛いし」
「だから、そういうのじゃないって」
「辻さん、ぐずぐずしていないで、早く素直になって気持ちを伝えた方がいいですよ。これ、俺からのアドバイスです」
「なんだよ、アドバイスって」
「俺の実体験ですよ。もっと早く気持ちを伝えていれば、夏貴が俺の彼女になってくれるのも、もっとずっと早かったはずなのにって。ずいぶんと時間を無駄にしてしまいましたからね。まぁその時間分、これからたっぷりと埋め合わせしますけどね」

 彬は私を見て優しく笑う。

「なんだよ、結局惚気かよ」

 辻は苦笑して、自分でビールをグラスに注ぎながらぽつんと言う。

「でも俺、彼女より十歳も年上だからさ」
「年なんて関係ないですよ」

 彬の言葉に続いて、私も力を込めて言った。

「そうですよ。素直になった方が絶対にいいです」
「でも、彼女の気持ちが……」
「その前に、まずは何とかして意識させた方がいいんじゃないですかね」
「この前ちらっと言ってましたよ。恋したいなぁって」
「これは辻さん、頑張らないと」

 辻は私と彬を交互に見て、ふうっとため息を吐き出した。

「そこまで煽って、もしも玉砕した時は慰めてくれるんだろうな」
「もちろんですよ。ね?」
「やけ酒、つき合いますよ。あぁ、でも適度にね」

 辻は苦笑して、私たちの顔をしげしげと眺めた。

「しかし、二人がねぇ……。夏貴ちゃんの方は全然そんな感じに見えなかったから、てっきり矢嶋の一方通行で終わると思ってたんだよな」
「一方通行?」

 私の問いに、辻はちらっと彬を見た。

「こいつは隠してたつもりだったのかもしれないけどね。夏貴ちゃんが番組の手伝いに来てくれるようになって、二人の様子を間近で見ていた俺には分かった。だから、どうなるんだろうと思って見守ってたんだけどね。……そうか」

 辻は感慨深そうに彬と、それから私を見て笑った。
 
「幸せにな」

 飲み会が終わって他のメンバーたちと別れた私と彬は、一緒のタクシーに乗り込んだ。皆いい感じに酔っぱらっていたようで、私たちが二人で帰ることなど、辻以外は誰も気にしていない。
 彬のマンションに向かう車の中、揺られながら思い出すのは、およそ一年前のこと。あの日の夜、初めて彼に「夏貴」と名前を呼ばれてどきどきした。けれどその時は、彼と婚約することになろうとは夢にも思っていなかった。

「着いたぞ」

 彬の声に、私は我に返る。
 タクシーは彼のマンションのエントランス前に停車していた。
 車を降りた私たちは建物の中に入り、エレベーターに乗り込んだ。
 二人きりの箱の中、私は彬の手を握った。

「どうかした?」

 私の手を握り返しながら彬が訊ねた。

「ふっとね、幸せだなって思ったら、彬に触れたくなったの」

 彼はくすっと笑う。

「これからもっともっと幸せになろうな。いや、なるよ」
「うん」
「来月になったら、夏貴の実家にまた顔を出そう。年内にはここが夏貴の家になるってことも、お許し頂かないとね」

 私の家、か――。

 もう少ししたら、彼の部屋が私の帰る家になる。そう思ったら、胸の奥からじんとした何かがこみ上げてきそうになった。私はぽつんとつぶやいた。

「私、彬に出会えて良かった」

 彬の腕が私を抱き寄せた。

「俺もだよ。お互いに素直になるのが遅かったけどね」

 互いに顔を近づけ合った途端にエレベーターが到着した。
 
「残念。この続きは部屋でだな」

 笑う彬に、私も笑顔を向けた。

 これからもずっと、あなたからの愛しているという言葉がほしい。あなたの傍で、私もあなたに愛していると言い続けたい――。
 
 心の中で願うように思いながら、私は温かい彼の手に指を絡めた。歩き慣れた廊下の先にある彼の部屋に向かって。



(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

同期と私の、あと一歩の恋

松本ユミ
恋愛
同期の本田慧に密かに想いを寄せる広瀬紗世は、過去のトラウマから一歩踏み出せずにいた。 半年前、慧が『好きな人がいる』と言って告白を断る場面を目撃して以来、紗世は彼への想いを心の中に閉じ込めてしまう。 それでも同期として共に切磋琢磨する関係を続けていたが、慧の一言をきっかけに紗世の心が動き出す。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

処理中です...