3 / 11
3.楡の木
しおりを挟む
「お待たせ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、数口飲んで喉を潤した途端、どっと疲れが出た。
「疲れた……」
私のため息に気づき、田上が目元を緩める。
「仕事?」
「違います。疲れる合コンに行ってきたんです」
「合コン?」
田上は目を丸く見開き、続いてにやりとした笑みを浮かべた。
「いい人はいた?」
「全然。ものすごく嫌な人はいましたけど」
高原の顔を思い出してしまい、顔をぎゅっとしかめる。
「それは残念だったねぇ。でも、ものすごく嫌って、いったいどんな奴?」
田上は笑う。
「でもそれ以前に、佳奈ちゃんは理想が高そうだからなぁ」
「そんなことないですよ。普通です、普通」
「普通ねぇ……。個人的には、金子なんかがお似合いだと思ってたんだけどね」
金子とはその昔、ここで一緒にアルバイトをしていた。実は当時、彼に淡い気持ちを抱きかけたことを、恐らく田上は知らない。
「金子君は友達ですよ」
「そうか、友達かぁ。……ところでその金子なんだけど、佳奈ちゃんは連絡とか取ってる?ここ何か月か、全然顔を見てないんだよ。どうしてるのかなぁと思ってさ」
小腹がすいて注文したミニピザをつまみながら、私は答えた。
「私もしばらく連絡は取ってないですねぇ。仕事が忙しいんじゃないですか?……というか、マスターも連絡先を知ってますよね?電話してみればいいのに」
「そうなんだけどね」
田上は口ごもる。
「俺が電話するとさ、飲みに来いって催促してるみたいじゃない?だから、佳奈ちゃんに聞いた方がいいかなって思ったんだよ」
「私たち、もとからそんなに頻繁に連絡を取り合ってたわけじゃないですよ。……あ、マスター、お客さんが呼んでる」
「注文かな」
田上は素早い動きで奥のテーブルに向かう。
その時、ドアベルの柔らかい音が響いた。
何気なく入り口の方に首を回した私は、そこに顔見知りの姿を見つけて驚いた。今まさに噂をしていた金子悠太だったのだ。私は片手をひらひら振りながら声をかけた。
「金子君、久しぶり!もしかして、一年ぶりくらい?」
「佳奈ちゃん?」
金子もまた驚いた声を上げる。
「ほんと、久しぶりだね!って、なんで一人で飲んでるんだよ」
「一人じゃ悪い?今夜はね、酔えなかったから、飲み直ししているの」
「飲み直し?」
「そ」
金子に気づいた田上がいそいそと戻って来た。
「いらっしゃい。久しぶりだなぁ」
金子は前髪をかき上げながら、田上にぺこりと頭を下げた。
「ご無沙汰しちゃって、すいません」
「いやいや、元気ならいいんだよ。しかしすごいねぇ、噂をすればなんとやら、ってやつだ。さっき、佳奈ちゃんと話してたところなんだ。金子は元気なのか、ってね」
「そうなのよ。だからすごくびっくりしちゃった」
「席は佳奈ちゃんの隣でいいよな」
田上はさっさと席を整えて、手早く準備したボトルやらグラスを私たちの前に置く。
「食べ物は適当に出すね」
お酒の準備ができたところに、料理が次々と並べられる。
私は金子とグラスを傾け合った。
「乾杯!」
一口二口とグラスに口をつけてから、金子が言った。
「さっきも聞いたけどさ。こんな時間に、どうして一人でここにいるんだよ」
「あぁ、それは……」
私が答えるよりも先に、田上が脇から口を挟む。
「合コンだったらしいよ」
「合コン?」
「――という名前の飲み会ね」
私は肩をすくめながら付け加えた。
「そういう顔をするってことは、いい出会いはなかったってことかな?」
金子の問いに私は顔をしかめた。
「出会いがあるどころか……。さっきマスターにも話したけど、すっごく感じ悪い人がいてね。おかげで全然酔った気がしなくて、ここで飲み直してたの。不愉快だわ、余計な気を遣うわ、まったくとんでもない飲み会だったんだから」
金子がくすっと笑う。
「それは残念だったね。ていうか、佳奈ちゃんは今フリーなのか。出会い、探してんの?」
「別に、積極的には求めていないかな。焦ってもいないし」
「もしもいい人がいたら、っていう感じ?」
「そんな感じ。だってこういうことって、焦ってもどうしようもないでしょ?」
「それもそうかもね」
金子は相槌を打った後、不意ににやりと笑った。
「いよいよマズイってことになったら、その時は俺と付き合おうか。というか、もう俺の彼女になっちゃう?」
「は?彼女がいるのに、そういういい加減なことを言っちゃだめだよ」
金子の顔に苦笑が浮かんだ。
「……フラレたんだ」
「え?どうして?」
「誰にでも優しすぎて安心できないんだってさ」
「なるほどね……」
金子は人当たりがいい。そして、容姿も性格もその軽さもちょうどいいイケメンだから、少なくとも私が知るアルバイト時代の彼は女の子にもてていた。彼を目当てにやってくる女性客も多かった。彼を取り巻くそういった環境は恐らく、社会人になってからもほとんど変わらないと思われる。
私と金子が最後に会ったのは、一年ほど前。それ以降連絡を取り合っていなかったのは、彼に彼女ができたからだ。その彼女に変な誤解を与えないようにと、私なりに気を使ってのことだった。しかし、私一人が連絡を控えたところできっとたいした意味はなく、彼女の不安が消えることはなかったのかもしれない。
別れたその彼女ではないけれど、私も特別な優しさは自分だけに向けてほしい。そう考えると、学生時代の私は金子を好きになりかけたが、その気持ちが発展しなくて良かったなどと思ってしまう。
「金子君がモテない人だと良かったのにね。そしたら彼女も安心できたのに」
「俺、別にモテないよ」
「そんなことないでしょ?少なくともバイト時代は、女の人たちがきゃあきゃあ言ってたもの」
「あれはみんな、俺をからかって楽しんでただけでしょ。モテるって言うんなら、佳奈ちゃんだってそうじゃん。バイト時代、お客さんたちに可愛がられてただろ。まぁ、中には『行きすぎ』な人もいたけどね。あっ、ごめん……。俺、つい……」
金子が慌てて口を手で覆った。
顔を歪めている彼に、私はにっこりと笑いかける。
「あれからもう五年もたって消化できてるから、全然大丈夫よ。気にしないで」
「なら、いいけど……。今は、そういうことはないんだよね?」
「そういうこと?」
「ん、例えば面倒な男に言い寄られてるとか、色々さ」
頭の中にある出来事が浮かんだが、私は首を横に振る。心配させるようなことをここでわざわざ言う必要はない。
「別に何も。至って平和だよ」
私は軽い調子で金子に答えた。
「ありがとうございます」
目の前に置かれたグラスに手を伸ばし、数口飲んで喉を潤した途端、どっと疲れが出た。
「疲れた……」
私のため息に気づき、田上が目元を緩める。
「仕事?」
「違います。疲れる合コンに行ってきたんです」
「合コン?」
田上は目を丸く見開き、続いてにやりとした笑みを浮かべた。
「いい人はいた?」
「全然。ものすごく嫌な人はいましたけど」
高原の顔を思い出してしまい、顔をぎゅっとしかめる。
「それは残念だったねぇ。でも、ものすごく嫌って、いったいどんな奴?」
田上は笑う。
「でもそれ以前に、佳奈ちゃんは理想が高そうだからなぁ」
「そんなことないですよ。普通です、普通」
「普通ねぇ……。個人的には、金子なんかがお似合いだと思ってたんだけどね」
金子とはその昔、ここで一緒にアルバイトをしていた。実は当時、彼に淡い気持ちを抱きかけたことを、恐らく田上は知らない。
「金子君は友達ですよ」
「そうか、友達かぁ。……ところでその金子なんだけど、佳奈ちゃんは連絡とか取ってる?ここ何か月か、全然顔を見てないんだよ。どうしてるのかなぁと思ってさ」
小腹がすいて注文したミニピザをつまみながら、私は答えた。
「私もしばらく連絡は取ってないですねぇ。仕事が忙しいんじゃないですか?……というか、マスターも連絡先を知ってますよね?電話してみればいいのに」
「そうなんだけどね」
田上は口ごもる。
「俺が電話するとさ、飲みに来いって催促してるみたいじゃない?だから、佳奈ちゃんに聞いた方がいいかなって思ったんだよ」
「私たち、もとからそんなに頻繁に連絡を取り合ってたわけじゃないですよ。……あ、マスター、お客さんが呼んでる」
「注文かな」
田上は素早い動きで奥のテーブルに向かう。
その時、ドアベルの柔らかい音が響いた。
何気なく入り口の方に首を回した私は、そこに顔見知りの姿を見つけて驚いた。今まさに噂をしていた金子悠太だったのだ。私は片手をひらひら振りながら声をかけた。
「金子君、久しぶり!もしかして、一年ぶりくらい?」
「佳奈ちゃん?」
金子もまた驚いた声を上げる。
「ほんと、久しぶりだね!って、なんで一人で飲んでるんだよ」
「一人じゃ悪い?今夜はね、酔えなかったから、飲み直ししているの」
「飲み直し?」
「そ」
金子に気づいた田上がいそいそと戻って来た。
「いらっしゃい。久しぶりだなぁ」
金子は前髪をかき上げながら、田上にぺこりと頭を下げた。
「ご無沙汰しちゃって、すいません」
「いやいや、元気ならいいんだよ。しかしすごいねぇ、噂をすればなんとやら、ってやつだ。さっき、佳奈ちゃんと話してたところなんだ。金子は元気なのか、ってね」
「そうなのよ。だからすごくびっくりしちゃった」
「席は佳奈ちゃんの隣でいいよな」
田上はさっさと席を整えて、手早く準備したボトルやらグラスを私たちの前に置く。
「食べ物は適当に出すね」
お酒の準備ができたところに、料理が次々と並べられる。
私は金子とグラスを傾け合った。
「乾杯!」
一口二口とグラスに口をつけてから、金子が言った。
「さっきも聞いたけどさ。こんな時間に、どうして一人でここにいるんだよ」
「あぁ、それは……」
私が答えるよりも先に、田上が脇から口を挟む。
「合コンだったらしいよ」
「合コン?」
「――という名前の飲み会ね」
私は肩をすくめながら付け加えた。
「そういう顔をするってことは、いい出会いはなかったってことかな?」
金子の問いに私は顔をしかめた。
「出会いがあるどころか……。さっきマスターにも話したけど、すっごく感じ悪い人がいてね。おかげで全然酔った気がしなくて、ここで飲み直してたの。不愉快だわ、余計な気を遣うわ、まったくとんでもない飲み会だったんだから」
金子がくすっと笑う。
「それは残念だったね。ていうか、佳奈ちゃんは今フリーなのか。出会い、探してんの?」
「別に、積極的には求めていないかな。焦ってもいないし」
「もしもいい人がいたら、っていう感じ?」
「そんな感じ。だってこういうことって、焦ってもどうしようもないでしょ?」
「それもそうかもね」
金子は相槌を打った後、不意ににやりと笑った。
「いよいよマズイってことになったら、その時は俺と付き合おうか。というか、もう俺の彼女になっちゃう?」
「は?彼女がいるのに、そういういい加減なことを言っちゃだめだよ」
金子の顔に苦笑が浮かんだ。
「……フラレたんだ」
「え?どうして?」
「誰にでも優しすぎて安心できないんだってさ」
「なるほどね……」
金子は人当たりがいい。そして、容姿も性格もその軽さもちょうどいいイケメンだから、少なくとも私が知るアルバイト時代の彼は女の子にもてていた。彼を目当てにやってくる女性客も多かった。彼を取り巻くそういった環境は恐らく、社会人になってからもほとんど変わらないと思われる。
私と金子が最後に会ったのは、一年ほど前。それ以降連絡を取り合っていなかったのは、彼に彼女ができたからだ。その彼女に変な誤解を与えないようにと、私なりに気を使ってのことだった。しかし、私一人が連絡を控えたところできっとたいした意味はなく、彼女の不安が消えることはなかったのかもしれない。
別れたその彼女ではないけれど、私も特別な優しさは自分だけに向けてほしい。そう考えると、学生時代の私は金子を好きになりかけたが、その気持ちが発展しなくて良かったなどと思ってしまう。
「金子君がモテない人だと良かったのにね。そしたら彼女も安心できたのに」
「俺、別にモテないよ」
「そんなことないでしょ?少なくともバイト時代は、女の人たちがきゃあきゃあ言ってたもの」
「あれはみんな、俺をからかって楽しんでただけでしょ。モテるって言うんなら、佳奈ちゃんだってそうじゃん。バイト時代、お客さんたちに可愛がられてただろ。まぁ、中には『行きすぎ』な人もいたけどね。あっ、ごめん……。俺、つい……」
金子が慌てて口を手で覆った。
顔を歪めている彼に、私はにっこりと笑いかける。
「あれからもう五年もたって消化できてるから、全然大丈夫よ。気にしないで」
「なら、いいけど……。今は、そういうことはないんだよね?」
「そういうこと?」
「ん、例えば面倒な男に言い寄られてるとか、色々さ」
頭の中にある出来事が浮かんだが、私は首を横に振る。心配させるようなことをここでわざわざ言う必要はない。
「別に何も。至って平和だよ」
私は軽い調子で金子に答えた。
0
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
夏目萌
恋愛
過去の恋愛が原因で、「女にだらしない男」を何よりも嫌う向坂 来海(29)。
一方、御曹司で誰にでも優しく、来る者拒まず──けれど、誰にも本気になったことのない羽柴 充輝(29)。
本来なら交わるはずのなかった二人は、ある出来事をきっかけに関わるようになる。
他の女性とは違い媚びることも期待することもない来海の態度に、充輝は次第に強く惹かれていく。
「誰にも本気にならない」はずだった彼の、一途すぎる想いに触れ、恋を信じることを避けてきた来海の心は少しずつ揺らぎ始めていき――。
不器用で焦れったくて、簡単には進まない二人の恋の行方は……。
他サイト様にも掲載中
三十路の社畜OLが出会った翌日に八才年下男子と結婚した件につきまして
七転び八起き
恋愛
社畜として働く女、川崎七海(なみ)は居酒屋でイケメン大学生店員、林勇凛(ゆうり)と出会う。
彼は私と恋がしたいと言った。
恋なんてしてる余裕はない七海。
──なのに
その翌日、私たちは夫婦になっていた。
交際0日婚から始まるラブストーリー。
訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
羽村 美海
恋愛
【久々の連載にお付き合いいただきありがとうございます🙇🏻♀️💞】
狂言界の名門として知られる高邑家の娘として生を受けた杏璃は、『イケメン狂言師』として人気の双子の従兄に蝶よ花よと可愛がられてきた。
過干渉気味な従兄のおかげで異性と出会う機会もなく、退屈な日常を過ごしていた。
いつか恋愛小説やコミックスに登場するヒーローのような素敵な相手が現れて、退屈な日常から連れ出してくれるかも……なんて夢見てきた。
だが待っていたのは、理想の王子様像そのもののアニキャラ『氷のプリンス』との出会いだった。
以来、保育士として働く傍ら、ソロ活と称して推し活を満喫中。
そんな杏璃の元に突如縁談話が舞い込んでくるのだが、見合い当日、相手にドタキャンされてしまう。
そこに現れたのが、なんと推し――氷のプリンスにそっくりな美容外科医・鷹村央輔だった。
しかも見合い相手にドタキャンされたという。
――これはきっと夢に違いない。
そう思っていた矢先、伯母の提案により央輔と見合いをすることになり、それがきっかけで利害一致のソロ活婚をすることに。
確かに麗しい美貌なんかソックリだけど、無表情で無愛想だし、理想なのは見かけだけ。絶対に好きになんかならない。そう思っていたのに……。推しに激似の甘い美貌で情熱的に迫られて、身も心も甘く淫らに蕩かされる。お見合いから始まるじれあまラブストーリー!
✧• ───── ✾ ───── •✧
✿高邑杏璃・タカムラアンリ(23)
狂言界の名門として知られる高邑家のお嬢様、人間国宝の孫、推し一筋の保育士、オシャレに興味のない残念女子
✿鷹村央輔・タカムラオウスケ(33)
業界ナンバーワン鷹村美容整形クリニックの副院長、実は財閥系企業・鷹村グループの御曹司、アニキャラ・氷のプリンスに似たクールな容貌のせいで『美容界の氷のプリンス』と呼ばれている、ある事情からソロ活を満喫中
✧• ───── ✾ ───── •✧
※R描写には章題に『※』表記
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✿エブリスタ様にて初公開23.10.18✿
密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる