純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ

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5.回想-2

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 やんわりとではあったが田上から注意を受けたにも関わらず、鈴木はそれからも相変わらず平然とした様子で店にやって来た。
 あの時の私に対する鈴木の行動は、彼の中では単なるコミュニケーションだという認識だったのか、彼は私の連絡先を手に入れることを諦めなかった。また、田上や金子の目を盗むようにして、この後一緒に飲みに行こうよと、ねっとりした目でしつこく誘ってくるようにもなった。
 彼に絡まれた場合、田上か金子を呼ぶという暗黙のルールがあったとはいえ、二人だって忙しい。常に私に注意を払っていられるわけではないし、タイミングが悪い時もある。だからもちろん私自身も気をつけて、鈴木の周りに誰もいないような時には、彼の傍に近寄らないようにしていた。
 私が避けていることにようやく気がついたのか、あるいはたまたまか。その日の鈴木は珍しく私に接触してこなかった。小一時間ほど静かに飲み、いつもより早い時間に田上に声をかけて支払いをすませた。
 その時私はカウンターの中にいたが、偶然にも鈴木と目が合ってしまった。彼の目を避けるように慌てて頭を下げる。
 隣で田上が歯切れよく言った。

「ありがとうございました!」

 彼の穏やかな声が聞こえた。

「ごちそう様」

 こつこつと遠くなっていく足音を耳にしながらほっとした。ゆっくりと頭を上げた時、ドアに向かっていた鈴木が突然振り向いた。目が合ってしまい緊張する。彼の視線が刺さり、ぞっとした。それはじとっと恨みがましく、それでいて私を値踏みでもするかのように粘着じみていた。
 ドアベルの音に続いてドアが閉まる音がして、鈴木の気配がようやく消えた。

「佳奈ちゃん、大丈夫?」

 その声にはっとする。
 田上が心配そうな顔で私を見ていた。
 いつの間にかエプロンの裾を握りしめていたようだ。白っぽくなった手を離し、私は長々と息を吐いた。

「緊張しちゃって……」

 田上が申し訳なさそうに眉根を寄せる。

「ごめんね。ほんとは出禁にでもできればいいんだけど、なかなか難しくて……。あのさ。もしも佳奈ちゃんさえ問題ないんなら、うちのバイトはやめてもいいんだよ。もちろん、本当はやめてほしくないんだけどね」

 私はうな垂れた。

「すみません。私、マスターにご迷惑かけてますね……」
「いやいやいや、そんなことないよ!いつも本当に、すごくすごぉく助かってるんだよ。俺の方こそ、きっぱり断れなくて申し訳ない」

 私たちは互いにしゅんとして肩を落とす。

「マスター、木村さんがチェックだって!」

 金子の声が飛んできた。
 その声に、私も田上も仕事モードに戻る。

「はいはい!ちょっと待っててね」

 その翌週からだった。毎週来ていた鈴木の姿を見なくなったのは。

 もう来ないかもしれない――。

 そう思うくらい、鈴木が姿をまったく見せなくなってからひと月ほどが過ぎた。
 そしてその日も、いつも来ていた時間を過ぎても彼が姿を現すことはなかった。だから、きっともう来ないはずだと、私はすっかり安心しきっていた。心配事から解放された私は晴れ晴れとした気分で楽しく働き、いつものように店を出た。鼻歌を歌いながら階段を降り、出入り口に向かって足を踏み出す。数歩進んだその時、私の前にふらりと立った人がいた。鈴木だった。

「バイト、今終わったの?」

 ひゅっと喉の奥が締まりそうになった。私は顔を引きつらせたまま、声を励まして言った。

「あ、あの、お久しぶりです。えぇと、しばらくお見かけしなかったので、マスターもどうしたのかなって言ってたんですよ……」

 私の言葉を聞いているようには見えない。鈴木はにやにやと嬉しそうに頬を緩めて、私の方へゆっくりと足を踏み出した。

「今日はね、佳奈ちゃんと一緒に飲みに行きたいなと思って、ここで待ってたんだ」

 背筋に悪寒が走った。

「私はもう帰るところなので……」

 言ってからすぐに、店に戻った方がいいと考え直し、私は鈴木の方を向きながらじりじりと階段の方へと後退した。

「そんなこと言わないで、つき合ってよ」
「そ、それじゃあ、マスタ―のお店で飲みましょう」

 踵を返して階段に足を乗せようとした。
 しかし鈴木の手の方が早く、手首をつかまれてしまう。

「違う所で二人で飲みたいな」
「は、離してください!」
「そんなつれないこと言わないでよ。佳奈ちゃん、僕の気持ちに気づいてたよね?」

 鈴木の手に力が入る。

 怖い!誰か!

 助けを呼びたくても恐怖のせいで声が出ない。

「ねぇ、佳奈ちゃん、好きなんだよ」

 鈴木の手が、私を自分の方へ引き寄せようとした。

「いやっ!」

 鈴木の手から逃れようと体を捻った時、ビルの中に入って来た人がいた。天井の照明が影を落としていたせいで顔はよく見えなかったが、若い男の人のようだ。
 鈴木はチッと舌打ちして私から手を離した。
 その隙を捉えるようにして、その人は私を背にかばうようにして立った。

「大丈夫ですか?今、この人に絡まれていましたよね。ひどいこと、されませんでしたか」

 その人は鈴木の方を向いたまま、私に気遣う言葉をかける。
 落ち着いた声に安堵して、途端に膝から力が抜けそうになった。しかし足を踏ん張って立ち、私は震える声で答えた。

「はい、大丈夫です……」

 鈴木はぎらりとした目でその人を睨みつけた。

「絡んでいたわけじゃない。ただ話をしていただけだ。邪魔だ、どけよ!」

 しかしその人はまったく動じず、淡々と言う。

「でも彼女、怖がっているように見えますけど」
「そんなはずはない。……ねぇ、佳奈ちゃん。僕、怖いことなんかしていないよねぇ?こっちにおいで」

 鈴木の猫なで声に、嫌悪感で首筋がざわざわした。

「嫌ですっ……」
「そんなこと言わないで。ほら、おいで?」

 目の前に立つ見知らぬその人のジャケットに、私は縋るように手を伸ばした。

「彼女、嫌だって言ってますね。諦めた方がいいんじゃありませんか?あぁ、それとも警察を呼んだ方がいいのかな」

 その人はポケットから携帯電話を取り出して、画面をタップした。
 その光を見た鈴木がびくっと全身を震わせたのが見えた。

「わ、分かったよ。……仕方ない。今日は帰るけど、佳奈ちゃん、また来るからね」

 鈴木は悔しそうに言いながら、小走りでビルの外へと出て行った。
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