純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~

芙月みひろ

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7.お仕事

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 その日、課長の大木が私の方へ近づいてきたのは、あと十分ほどで昼休みというタイミングだった。

「早瀬さん、この書類のチェック、お願い。二時前まで頼む。二時過ぎにはここを出ないといけないんだ。三時にお客さんと約束していてね」

 私のデスクの上には書類が山積みとなっている。今日の社内便に乗せたいのにまだ手つかずとなっている生命保険の書類たちだ。

 本当はもっと早く言えただろうに――。

 苛立ちを抑えて笑顔を貼り付け、私は大木から書類を受け取った。

「承知しました」
「じゃ、よろしく。俺は昼飯に行ってくるから」
「行ってらっしゃいませ」

 固い声で大木を見送り、大股で出て行くその後ろ姿が消えたところで、ふっとため息をつく。
 そっと様子を見ていた隣の席の戸田倫子が、苦々しい声で言った。

「課長って、早瀬さんに対して意地悪ですよねぇ」

 私は苦笑を浮かべる。

「嫌いなんでしょ、私のことが。ところで戸田さん、今日のお昼休みは先に入ってもらえる?課長のこれ、やらなきゃなんないから」
「手伝いましょうか?」
「これくらいだったら、一人でも大丈夫よ。ありがとね。ほら、お昼休みだよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、先に行ってきます」

 申し訳なさそうに頭を下げる戸田に、私は笑顔を向けた。

「行ってらっしゃい」

 戸田がランチに出て行った後、仲良しの同期、北山久美子がやって来た。周りに聞こえないくらいの小声でひそひそと言う。

「課長のヤツ、佳奈に振られたこと、まだ根に持ってるんじゃないの?」
 私は肩をすくめた。
「どうなんだろうね」

 根に持たれているとしたら、確かにその一件くらいしか思いつかない。
 私は外資系生命保険会社の地方支店に、営業事務職として勤務しているが、大木が課長としてこの支店に転勤してきてから二年目の冬のことだ。大木から告白された。
 その日は残業となってしまい、席に残ってパソコンに向かっていた。その時やはり同じように残業していた大木から、「好きだ、付き合ってほしい」と言われたのだ。大木のことは上司としか思えなかったし、正直言って好みではなかったから、丁重に断った。
 その後からだ。気まずさの裏返しなのか、それとも恥をかかされたと思ったのか、私に接する大木の言葉に棘が含まれるようになった。最近では、それが態度にまで現れるようになっている。
 例えば今のように、わざと昼時を狙って仕事を振ってくるだとか、本当ならもっと早く出せたのではないかと思われるような指示を、予定間近になってから出してくるだとか、内容は様々だ。
 しかし私は、どんなに大木が意地の悪いことを仕掛けてきても、いつも笑顔を貼り付けて対応し、こなしてきた。そのことは大木にとって面白くなかったようで、くだらない嫌がらせがなくなることはなかった。
 だがそれも、あと残り半年ほどの我慢だ。大木は転勤族。営業職は大抵二、三年でどこかへ異動することになっている。彼はここに来て三年目だから、年度末に異動することはほぼ間違いないだろう。

「何か手伝おうか?」

 久美子が申し出てくれたが、私は笑って首を横に振った。

「大丈夫。ていうか、こうなったら意地よ。一人で完璧にやってやるわ」
「さすが、佳奈だ。じゃ、悪いけど、先にお昼行ってくるわね。その代わり、午後は任せて」
「ありがと。行ってらっしゃい」

 久美子の背中を見送って、書類を手を取る。

 始めるか――。

 今度はそこへ、この春転勤してきた営業の大宮守がやって来た。

「早瀬さん、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう?」

 私は手を止めて、大宮の顔を見上げた。

「来週なんだけど、同行、お願いできないかな?」
「同行?」
「うん。忙しい時期に申し訳ないんだけど。代理店さん直々のご指名なんだ」

 私は首を傾げた。

「指名ってどなたからの?」
「マルヨシさんだよ。社長さんが、早瀬さんにぜひ来てほしいって言ってるんだ。俺が対応させて頂きますってやんわり言ったんだけど、強いご希望でさ。それ以上は押して断りにくくてね……」
「ははぁ、なるほどですね……」

 確かに、マルヨシが相手では断りにくいだろう。不動産業を営んでいるマルヨシは、いわゆる地元の名士だ。この一帯では知らない人がいないほど有名な企業であり、わが支店のトップスリーに入る委託代理店でもあった。強い態度に出るには少々勇気がいる。

「ちなみに、課長の許可は取ってある」
「なんだ、もう根回しは済んでいるんですね」

 本来なら私が出張る必要はまったくないはずだが、課長の許可がすでに下りているのなら断れない。

「分かりました。日程が分かったら教えてください。来週の外出予定はありませんので、いつでも大丈夫ですから」
「了解。申し訳ないけど、よろしくね」

 大宮はほっとした顔をして、席に戻って行った。

 大物相手に大変だよね――。

「さて、今度こそ始めるか」

 私はブラウスの袖を軽くまくり上げ、書類に目を通し始めた。
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