きっかけもはじまりも

芙月みひろ

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 ***

「今年は大雪の当たり年だなぁ」

 職員室に戻る途中、ふと足を止めて、私は廊下の窓から学校の中庭を見下ろした。

「山下先生?」

 背後から声を掛けられた。振り返ると、同じ数学教師の黒沼先生が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「あ、いえ。大雪だなぁ、と思いまして」

「あぁ、そうだな。帰りも除雪が大変そうだ」

 黒沼先生は私の隣に立つと、ひっきりなしに降り続いている雪を眺めていた。急に愉快そうな笑い声をこぼす。

「どうかしましたか?」

「あ、いや。思い出してさ」

「何をですか?」

 きょとんとして訊ねる私に、先生は笑みを浮かべたまま答えた。

「山下先生が高校生の時のこと。冬期講習の俺の授業、大雪の中来てくれたよね」

「あぁ、そんなこともありましたね……」

 あの大雪の中の行軍は大変だったけれど、今では懐かしい思い出だ。

「あの時さ、嬉しかったんだよ。あんな大雪の中、頑張って授業を受けに来てくれて。実はあの頃の俺、自信を無くしてた頃だったから」

「それは……」

 私は微笑んで黒沼先生を見上げた。

「数学も、先生のことも好きでしたから」

 ***

 黒沼先生は眼鏡の位置をくいっと直す仕草をした。これは照れている時の癖だと知ったのは、割と最近のことだ。

「ありがとう。そんな山下先生が、今じゃ同じ学校の数学教師で、しかも俺の恋人なんてね」

 私は肩をちょっとすくめて、ふふっと笑った。

「不思議ですね。――でも、だからなのかな」

 窓の外の白い景色を見ながら言った。

「私、大雪の日ってそんなに嫌いじゃないんですよ。だって、あの大雪のおかげで、先生にだいぶ自分を印象付けられたんじゃないかなって、思うから」

 黒沼先生は懐かしそうに、しかし苦笑いを浮かべる。

「確かに、あの日のことはなかなか忘れられないな。――あっ、と。そろそろ職員室に行かないと」

「そうだ。会議があるんでしたね」

 私たちは顔を見合わせると、急ぎ足で職員室に向かう。

 雪はやみそうにない。今日もまた除雪作業が待っている。

 それなら今夜の晩御飯は、簡単であったまるお鍋にしようかな。黒沼先生と雪を眺めながら、雪見酒というのもいい。

 幸せな、でも、ほんのちょっとくすぐったいような気持ちになりながら、私は高校生の時から好きだった彼の背中を追いかけた。






(了)
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