続きは甘く優しいキスで

芙月みひろ

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6.まさかの再会-2

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「最後は資料室です」

 ここが終われば後は斉藤にバトンタッチだ。北川に気づかれないように小さくため息をつき、私は資料室の前に立った。
 ここには過去の資料などが部署ごとに保管されている。個人情報が含まれた書類もあるため、入退室者の管理目的でセキュリティシステムが導入されている。入退室の際には社員証を使ってロックを解除する方式になっていた。
 そのことを北川に説明してから、私は自分の社員証でドアを開けて部屋の中に入った。

「どうぞ」

 促す私の声に北川も足を踏み入れる。

「ざっと中を見たら、席に戻りましょうか」
「はい」

 私は北川の少し前を歩きながら、保管資料についてひと通り説明する。その後、出入り口に向かって戻りながら私は彼に訊ねる。

「何か質問はありますか?」

 北川がドアの手前で足を止めた。

「質問といいますか、一つだけ確認したいことが」
「何でしょう?」

 振り返った私の前に、北川がずいっと足を踏み出した。

「あ、あの……?」

 困惑して私は後ずさる。
 彼は私を見下ろし、落ち着いた声で言う。

「碧ちゃんだよね」

 私の表情は固まる。知らないふりを貫こうという決心していたのに、動揺が顔に出かかる。しかし、かろうじて持ちこたえた。
 今ここで認めてしまったら彼はきっと私を責めるはずだ。そんな展開は避けたいと保身に走る。あくまで私と北川は初対面同士なのだという態度を貫こうとし、作り笑顔を貼り付けた。

「私と似ているお知り合いでもいるんですか?さぁ、早く戻りましょう」

 北川から目を逸らして背を向けようとした私を、彼の声が引き留める。

「待ってくれ」

 北川はかすれた低い声で続ける。

「見た目や雰囲気は、あの頃と変わったように見える。でも、俺に分からないはずがない。君は、俺の彼女だった碧ちゃんだろう?」
「違います」

 固い声で言い張る私に、北川の声が悲しみを帯びる。

「俺のこと、覚えていないの?」
「覚えていないも何も……」

 あなたの勘違いだから、と続けようとした時、彼の手が伸びてきて私の頬にそっと触れた。

「っ……」

 私は驚いて息を飲み、顔を背けた。鼓動がうるさいくらいに鳴っている。ほんの一瞬の間に見えた彼の目はあまりにも優しくて、頭の中が混乱する。あの時のことを怒っているのなら、そんな眼差しを私に向けないはずだ。私は恐る恐る北川の顔を見上げた。

「やっと目が合った」

 彼はほっとしたように微笑む。

「俺のこと、知らないふりをしようとしていたことには気づいていたよ。そんなに俺に会いたくなかった?もしもその理由が、俺の思っている通りのものだという前提で、今ここで言っておくよ。俺はあの時のことを怒っていない。碧ちゃんを責めようとも思っていない。むしろ、もう一度会いたいと、ずっと思っていた」
「え……?」

 話す北川の目は穏やかだ。

「あの時急に会ってくれなくなったのは、俺が何か、君を傷つけるようなことをしてしまったからなんだろう?君にとっては過去のことで、今さらな話だとは思うけど、できることならその理由を聞かせてほしい。そうすれば、俺も前に進めると思うから」
「前に……?」

 知らないふりをすると決めたはずだったのに、北川の言葉につい反応してしまう。
 私であることを知られたくなかったのは、彼に恨まれていると思っていたからだ。一方的な別れを責められると思っていたからだ。
 しかし今の話から知ったのは、彼もまた私との別れを引きずっていたということだ。しかも、私が離れた原因が北川自身にあったと思っていたとは、想像したことがなかった。
 あの時逃げた原因については、そんなに深刻に捉える必要はなかったと今なら思える。けれど当時の私は軽く流せなかった。
 それでも、あの時すぐに、感じたこと、思ったことを、言葉にして伝えるべきだった。あの時の私は自分のことしか考えておらず、彼の気持ちは想像できていなかった。また、想像しようとも思わなかった。
 遅すぎる反省をし、北川の昔と変わらない優しい微笑みを前にして、罪悪感と切なさに苦しくなる。次の瞬間、私は詫びの言葉を口にしていた。

「拓真君、ごめんなさい……。あの時の私は……」

 昔そう呼んでいたように、私は彼の名前を口にする。自分が彼の恋人だったことを認めた瞬間だった。
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