ソルティ・ジェラート

芙月みひろ

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 振られた。クリスマスまでひと月を切ったこのタイミングで。


 彼とは大学時代から付き合っていた。このまま順調にいけば結婚するだろうと、ほぼ確定した未来を思い描いていたのに。


 しかも、まさかの二股発覚。彼はわたしじゃない女を選んだ。


 あんまり悔しくて悲しくて情けなくて、別れ話をしていた店で周りの目も気にせずに、わたしは彼の顔を殴った。平手で、だったけど。これまでの数年間はなんだったんだ。貴重な時間はもう取り戻せない。そう考えたら、これくらい可愛いものだと思った。


 彼はわたしに殴られた頬を押さえながら、唇を噛んでうな垂れていた。


 ごめん……。


 聞きたくなかったその言葉に、わたしはギュッと目を閉じる。再び目を開けると、彼との決別を誓うかのようにその言葉を口にした。


 さよなら。


 わたしはつかつかと大股歩きで店を出た。


 ***


 店を出たわたしは、きらめくイルミネーションに彩られた道を歩いていた。


 何だってのよっ……。


 ブーツの踵をアスファルトに打ちつけるように歩く。


 我慢していた涙がつーっと一筋流れて、わたしは手袋をはずしてその雫を指で拭った。ふと去年の今頃のことを思い出す。


 手をつなぎ、白い息をはきながら、ここを二人で歩いたっけ。来年には二人で住む場所なんかを探したいね、婚約指輪ならあのブランドがいいな、なんて、彼との幸せな未来を信じて疑わなかった。


 それなのに……。


 途中、ジェラートのお店を見つけて足を止めた。


 寒いけれど、今は自虐的に冷たいものでも食べたい気分だ。店に入ると、あえてトリプルを、コーンでテイクアウトした。


 ***


 イルミネーションできらきらした街は、カップルだらけ。


 わたしはその間を縫うように、挑むような気持ちでジェラート片手に進んで行った。


 途中で見つけたベンチに腰を下ろす。


 見上げるとそこかしこに、まばゆい光の玉が連なっている。


 ジェラートをなめながら、ぼんやりとその光の連なりを見上げていたら、じわりと瞳がぬれてきた。


 涙が一粒二粒……。次第に大粒の涙となって、次々に頬を伝って落ちていった。


 鼻の奥がツンとする。口の中に溶け残っていたジェラートと涙が混ざり合って、あまじょっぱい味がした。


 わたしは上を向いた。涙が流れ落ちるがままに任せていたら、涙のフィルターでイルミネーションはいっそうきらきらして見えた。 


 いつまでも泣いてたって仕方がない――。
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