走る

mitokami

文字の大きさ
1 / 1

0

しおりを挟む
 ただ、走る事が好きだった。それは唯一ゆいいつ、自らの周囲の人間に勝てる手段でもあった。
ずっと、走っていたかった。何も考えず、走り続ける時間が…、走れなくなるまで走った後の達成感が…疲労からの脱力感が…、心地良いと思っていた……。

 何時いつの日か、走り走り走って、走り続けて、気付けば周囲に誰も居なくなっていた。そして、それが1番になった瞬間でもあった。耳にしたのは歓声。走り抜けた先のゴールテープは、何時の間にか自分だけの物に成っていた。

 ただし、それも今日が最期。もう、二度と手にする事が出来なく成るであろう賛美さんび賞賛しょうさん
でも明日には、一緒に走って来たその両足と、俺は御別れをする。

 それなのに、誰かが田舎者いなかもの揶揄やゆしながらアイツに言った。「この出場で最後なら、一位をゆずってやっても良かったのに」と、俺が感傷的に成り過ぎているからなのかも知れないが、腹立たしい言葉だ。冗談にしても悪い冗談だと俺は思う。俺が思うに、言われた方は居たたまれない気持ちに成るであろう。

 あんじょう、言われたアイツは苦笑いを浮かべている。それは、とても卑屈ひくつな笑顔だった。
俺と共に走っていた頃、アノ頃のアイツなら、しなかった表情だ。遠くからアイツを見詰め、言いたい言葉を飲み込みながら俺は小さく舌打ちをする。

 短距離でアイツが一番に成れなくても、アイツの走りは悪いモノではない。
幼少の頃から、共に野山を駆け回り、一緒にあっちこっち走り続けて来た俺が保証する。例えアイツ自身が、自分の足を…走りを…信じていなくても……。俺はくやしくて、最期にもう一度走る相手をアイツに決めた。

 そして、俺の最期の願いは、聞き届けられる。俺の願いでアイツは、代理の走者として俺と共に走る事に成った。
うつむき自信の無さそうな横顔をしたアイツのとなりのレーン。一緒にスタートラインに立ち、スタートの合図に合わせ、俺はアイツに見せるためだけに走り出す。

 スタートからしばらくして、やっと前を向き走り出したアイツが小さく声を上げた。この時、アイツが気付いてくれた事がうれしくて、俺の表情には満面の笑みが浮かんでいた事だろう。

 走り走り走った。走り続けた。ずっと、一緒に走っていたかった。
俺は一気に飛び出し、俺に気付いたアイツも俺を追って、走者を後方に引き離して走り続けた。だが、そろそろ…アイツも気付く頃だろうか?これが現実で無い事に……。

 とうとう、アイツは俺の名を呼び「待ってくれ」と言った。やっとようやく気付いたのだろう。
俺はゆっくりスピードを落とし、一度ピタリと立ち止まってから、ゆるりと振り返る。アイツは息を切らし、肩で息をし、膝に手を突き、少し離れた場所で泣きそうな顔をして俺を見ていた。見詰めていた。
言いたい事が沢山たくさんあるのであろう。何か言いたそうな息遣い、言葉に成らない言葉の雰囲気ふんいきがアイツから伝わって来る。

 だが、しかし…、最初に願った願いをあきらめ…、最期の願いをアイツの為に使った俺に…、アイツからの話や、言訳いいわけを聞いてやるつもりは一切無い……。アイツに伝えたい事だけ伝える事にしたのだ。

 俺はアイツに向かって歩き出し「ただ、走るのに許可は必要無いはずだろ?」と言う。
それから、俺が居なくなってしまった部活では馴染なじめなくなり、めてしまったアイツには、これが丁度良い提案ていあんだと思い「走りたければ、自由に、誰にもしばられずに走れば良い!」とも、すれ違いざまに伝えて、置き土産みやげを[とある者]にたくし、空へとかえる。
これで俺の[走る事]への未練は…、それなりに解消されたのだろう……。


 走り走り走って、走り続けて、気付けば、生けがきが作る木陰こかげの下。息を切らし汗だくで、膝に手を突き立ち尽くしていた。僕は、白昼夢はくちゅうむでも見ていたのだろうか?

 風が吹きかおくすの木独特の匂い。生け垣で冷まされた心地よい清涼感のある風が、そんな僕を現実へと引き戻してくれる。

 僕は冷静に成って頭の中を整理した。
進学の為、親友と一緒に都会へ出て来て、友達作りの為に入った部活は、もう退部済み、競技への出場資格もすでに自分には無いモノだ。だから…、大会にて、代理の走者として僕が陸上競技に出場するとか、有り得ない事なのに…、その競技に亡くした親友も出場していて、それを追い掛けて走るなんて事があるわけが無いのに…、僕は何やっているのだろうか……。色々未練がまし過ぎて泣けてきた。

ただ、走るのに許可は必要無いはずだろ?」
「走りたければ、自由に、誰にもしばられずに走れば良い!」
亡くした親友の言葉は、走る事が好きだった僕に都合良すぎる言葉だった。でも、だからって、親友を出汁だし妄想もうそうが過ぎるだろう。もう、これは笑うしか無い。

「ね、そうだろ?」
そう、親友だった者に言いたくて、亡くした親友がポンっと軽く優しく僕の肩をたたきながらすれ違い、歩き去った方向へと目を向け、息を飲む。
一瞬、亡くしたはずの親友が僕を心配そうに見詰め、何時も通り「成績は良いのにひそかに馬鹿だろ」と言いながら苦笑いしている様に見えたのだ。

 勿論もちろん、見間違いだ。立っていたのは、似ても似つかない色白でインドア派風な雰囲気ふんいきの見知らぬお兄さんだった。

 その人は「落としましたよ」と四つ折りの紙切れを僕に手渡し、僕に優しく微笑み掛けて来る。僕は紙切れを所持していた事が記憶に無いながら、見知らぬお兄さんの押しに負け、紙切れを受け取り、その紙を開いて見て、また息を飲んだ。
紙切れには、亡くした筈の親友が書いたかの様な[走れ]とだけ書かれた文字が書かれている。驚きの余り数歩後退あとずさり、僕が顔を上げると、目の前にはもう、誰も居なかった。

 世の中には摩訶不思議まかふしぎな事もあるらしい。
僕の目の前から忽然こつぜんと消えた、見ず知らずのお兄さんに、もう少しだけ話を聞きたくて、捜す為に少し移動したら、亡くした親友に話し掛けられた場所にすら戻れなく成り、消えた見ず知らずのお兄さんを見付ける事も出来なかったのだ。

 アレから僕は、はからずも、親友と一緒に走っていた頃のごとく、今度は一人で色々な場所を散策さんさくしながら走り、白昼夢であったとしても、亡くした親友と再会し、親友に話し掛けてもらった場所を求め、捜しながら走っている。

 ド田舎からの移住者だから、まよって辿たどり着けないのか?魂のインフレーション的な感じで魔境に一瞬だけ踏み入っていたと言う落ちとかで辿り着けない場所なのか?は、今でも判断できない。それでもただ只管ひたすら、走る事を止める事は出来なかった。

 ずっと、親友を追い掛けて走っていたかった。走れなくなるまで走った後、笑い合うのが好きだった。
今は…疲労から来る脱力感が…、とても心地良いと感じ、何も考えず眠れる時間が幸せだ……。その為だろうか?親友が残してくれた[走れ]と言うメッセージは、学校でも、バイト先での仕事中でも、私生活でも、駆け抜ける様に生きて行くかてと成って、僕を支えてくれている。

 僕は思い願う。僕は君無しでも頑張れているよ、だから、人生を生き抜いた先のゴールで、君は、僕を待っていてくれていますか?
夢現ゆめうつつの中、親友だった君が、あの頃と変わらない笑顔で「ホント、馬鹿だな」と笑った気がした。

 こうして僕は今日も朝から、走る事にした。君が僕を見守って…笑ってくれていると思えるから……。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

月影 流詩亜(旧 るしあん)

初めまして
一話完結するには もったいない物語ですね

時間のある時 他(作者様)の物語を 読みたいと 思います

ありがとうございました

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。