やめて、俺を勇者と呼ばないで～元中二病勇者の憂鬱～

①魔王退治には行きたくありません

　
「魔王が復活しました」

　どうしてこの男は嬉しそうにそんなことを告げてくるのだろう。不謹慎だと責められてもおかしくない。

「勇者様、俺とまた魔王退治に行きましょう」
「……絶対無理」

　奴がまだ家に入ってくる前で良かった。ドアを閉めればすぐに男の顔は見えなくなった。向こう側から何か喚いている声は聞こえてくるが、鍵をかけて部屋の奥へ向かえばすぐに聞こえなくなる。
　ユウキが前回の魔王退治の報酬で貰ったこの家は、一人で住むには広すぎるが、特別頑丈に作られている。
　ユウキは勇者だ。いや、かつて勇者だった者だと過去形で語りたい。もうあんな目に遭うのは懲り懲りだし、できればずっと家の中で過ごしたい。
　勇者という仰々しい職業を貼り付けられたユウキだったが、その存在はあまりに薄っぺらい。こうして一人で過ごしていても訪ねてくるのはあのスイという男くらいだった。ユウキを勇者様と呼び続けるのもスイだけだ。
　ユウキが勇者なのはただ、異世界から召喚された存在だからというだけなのに。結局魔王が倒された後も、元の世界に戻ることも出来ず、与えられた家でひっそりと暮らし続けていた。

「勇者様、俺と魔王退治しましょう！」
「……どっから入ってきたんだよ」

　先ほど閉め出したはずの男が何故か家の中にいた。悲しいことによくあることなので予想はできていた。家のセキリュティではなくこの男の方に問題があるのだと思う。

「俺はこの日をずっとお待ちしていました！　魔王が復活し、勇者様とまた旅ができる日を！」
「魔王復活を願うな」
「でも、勇者様はそうでなければ俺といてくださらないですよね……？」

　跪かれ、両手を大きな手に包まれる。普段見上げているはずの男が自分より低いところから上目遣いで見つめてくるのは不思議な光景だ。睫毛が長くて腹が立つ。
　スイは一年前、ユウキと魔王退治をした時の仲間、戦士だった。仲間にはあと賢者と魔法使いがいたけれど、戦いが終わってもいつまでもユウキの周りをうろちょろし続けたのはこの男だけだった。あとの仲間二人はたまに手紙を寄越すくらいだし、ユウキの方も特別会いたいと思わない。本当は、スイにだって少しも会いたくない。

「魔王なんてお前たちだけで倒せるだろ。俺を巻き込まないでくれ」

　スイを放置して、そのまま寝室へ向かう。無防備すぎるかとも思ったが、別にユウキから盗むようなものなんて無いだろう。スイに与えられた報酬は、ちゃんと聞いた訳ではないけど、おそらくユウキよりずっと多い。世間はスイこそが勇者でユウキはオマケだと思っている。
　そして、それは否定しようのない事実なのだとユウキは知っていた。