やめて、俺を勇者と呼ばないで～元中二病勇者の憂鬱～

⑰「……俺も、スイが好き」

　スイがユウキを……いや、『勇者』を、強いと慕う度に、罪悪感に胸が痛んだ。強くなんてない。弱くて臆病で、勇者なんて言葉は似合わない。
　あまりにわかりきったことなのに、勇者と呼ばれて気分が良かった。凄い人間と仲間なのだと、スイほどの男に慕われているのだと。自分が本当に強いと思い込んだりもした。
　魔王を倒し、夢から覚めた後はただただスイが怖かった。もしユウキが雑魚だと知ったら、スイはユウキを見捨てるだろう。騙されたと怒るかもしれない。軽蔑されて、嫌われて、もう近づいてこなくなるかもしれない。

「……いつからか、スイに軽蔑されるのが怖くなった……俺が弱いって言い出せなくなった。最低だろ、そうやってずっとお前を騙してたんだ」

　スイの顔を見るのが怖い。落胆しているだろうか。呆れて何も言えないのか。それともユウキにかける言葉なんてもう無いのか。
　考えたら涙が溢れてきた。馬鹿だ。スイのことをずっと騙しておいて、本当の自分を打ち明けておいて、嫌われることが怖いなんて。

「本当の俺はあの木にも、スライムにも勝てない。スイが助けてくれなかったら死んでた……そのくらい、お前に偉そうにする力なんて無い。勇者様なんて呼ばれる資格も無いんだ」

　じわりと視界が歪む。

「――ユウキ」

　溢れた涙を、スイの指が拭う。

「貴方は強い。強さは敵を倒すだけではないはずだ」
「……でも、」
「危険を承知で魔王を倒そうとした貴方の心は誰よりも強い。俺は貴方ほど心の強い人を知らない」

　頬に口付けられ、ペロリと涙を舐め取られる。

「愛してる、ユウキ。勇者であっても、ただのユウキであっても」

　スイが言うとそんなキザな言葉も絵になるから不思議だ。整った顔がぶつかりそうなほど近づいてきて、目を閉じる。柔らかなものがふに、と唇に触れた。
　キスだ。
　そうわかった瞬間、腑に落ちた。どうしてスイにバレるのが怖かったのか。嫌われたくないと思ったのか。

　いつの間にかスイの好意が心地よくて、ユウキもまたスイに惹かれていたのだ。

　一瞬触れただけで離れていった唇を、目で追う。

「……俺も、スイが好き」

　自然とこぼれ落ちた言葉。スイが目を丸くして、それが何だか可愛いなと思った。