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月が二人を見ている
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「陸、おかえり」
ここは別に家ではない。帰宅中に偶然悠と遭遇したため、声をかけられた。はたしてこのタイミングでおかえりと言うのは正しい選択なのかどうか。そんなくだらないことを考えながらも、やはり「ただいま」と返す。
「ちょっと寄り道していい?」
悠に誘われていつもと違う道を歩く。
普段通らない道は建物が少ないため薄暗い。鈴虫の音がいつもよりずっと大きく響いていた。
「わ、」
人通りのない道だからか、悠が俺の手を取る。指と指を絡めて、所謂恋人繋ぎというものだった。外で、男同士でするのは恥ずかしい。
「誰も見てないよ」
焦る俺に落ち着いた様子で言われるので、悠が年下だということを忘れてしまう。いや、若いからこその自信と無謀さなのか。
「陸、今日が何の日か知ってる?」
「何の日……?」
二人の誕生日だとか、何らかの記念日ではなかったはずだ。一緒に暮らし始めた日は悠が盛大に祝うし、春の事だった。
はたして何の日なのか。思い出そうとしてもわからない。
「じゃーん、これでわかるでしょ?」
悠は繋いでいない方の手にビニール袋をぶら下げていた。コンビニのビニール袋でさえ、悠が持っていると絵になる。
ビニール袋の中に入っていたのは、黄色と白の丸いもの。
「月見団子……?」
「うん、十五夜だよ。陸と食べようと思って買ったんだけど、十五夜に陸と会えるなんて運命だよね」
「十五夜って十五日じゃないのか?」
知らなかった、と言うと悠が笑った。
同じ家に帰るのだから、運命と言うのは大袈裟だ。でもそういう特別な日だと知ると、急に嬉しくなってきた。
自然と、繋いだ手に力が篭もる。
「この辺は建物があんまり無いから、月がよく見えるでしょ。せっかくだから陸と見たかったんだ」
「……そうか」
月なんて言われなければ見上げなかった。月より明るいものが沢山あるし、満月だとか新月だとかそんなものを意識することもなかった。
見上げるとたしかに丸い丸い月が空に浮かび上がっていた。こうやって見上げるのはいつ以来だろうか。大人になってからこんな風に空を見上げることは少なくなった気がする。
「陸は、俺にとって一番綺麗なものだけど、陸が教えてくれた綺麗なものも沢山あるんだよね」
「いや、綺麗って……」
綺麗、という言葉を男に使うことには違和感しかない。それも俺に、だ。綺麗という単語が似合うのは悠の方だと思うのだけど。
「小さい頃、陸が月見団子を買ってきてくれて、一緒にこうして月を見てくれた。俺は月よりずっと陸が綺麗だと思ったけど、陸と一緒だから月も綺麗だなって思った」
思い出そうとしたけれどよく思い出せなかった。自分が忘れてしまったことを悠が覚えているというのは何だかくすぐったい気分になる。
「陸」
不意に悠が足を止め、名前を呼ばれたので悠の方を向いた。悠の背には月が見えて、絵になるなあと思う。
腕を引かれ、悠の顔が目の前に現れて、反射的に目を閉じる。
「……んっ」
軽く触れたのは悠の唇で、ふにゃりと俺の唇と合わせただけですぐに離れていく。どうして、と思ってしまって、すぐにここが外だと思い出す。
「…………外で、やめろって」
「いつか月に見せてやりたかった」
陸が俺のだって、見せつけてやりたかった。そう囁かれると、恥ずかしいけれど、嫌な気はしない。でも外でするのはやめてほしい。
「じゃあ、家でならいっぱいしていい?陸が俺のものだって堪能してもいい?」
「……いいよ」
カッコイイ旦那様にそんなことを言われて、断れるはずもなく。
そもそも、月明かりに照らされた悠は色っぽくて、俺もまたそんな悠に欲情してしまっていて。
「帰ろっか」
「うん」
建物の灯りが月を隠してしまっても、繋いだ手を離す気にはなれなくなっていた。
――――――
アンダルシュさんのうち推し企画、お題はお月見でした。
えっちのない二人を書いたのは初めてかも?
ここは別に家ではない。帰宅中に偶然悠と遭遇したため、声をかけられた。はたしてこのタイミングでおかえりと言うのは正しい選択なのかどうか。そんなくだらないことを考えながらも、やはり「ただいま」と返す。
「ちょっと寄り道していい?」
悠に誘われていつもと違う道を歩く。
普段通らない道は建物が少ないため薄暗い。鈴虫の音がいつもよりずっと大きく響いていた。
「わ、」
人通りのない道だからか、悠が俺の手を取る。指と指を絡めて、所謂恋人繋ぎというものだった。外で、男同士でするのは恥ずかしい。
「誰も見てないよ」
焦る俺に落ち着いた様子で言われるので、悠が年下だということを忘れてしまう。いや、若いからこその自信と無謀さなのか。
「陸、今日が何の日か知ってる?」
「何の日……?」
二人の誕生日だとか、何らかの記念日ではなかったはずだ。一緒に暮らし始めた日は悠が盛大に祝うし、春の事だった。
はたして何の日なのか。思い出そうとしてもわからない。
「じゃーん、これでわかるでしょ?」
悠は繋いでいない方の手にビニール袋をぶら下げていた。コンビニのビニール袋でさえ、悠が持っていると絵になる。
ビニール袋の中に入っていたのは、黄色と白の丸いもの。
「月見団子……?」
「うん、十五夜だよ。陸と食べようと思って買ったんだけど、十五夜に陸と会えるなんて運命だよね」
「十五夜って十五日じゃないのか?」
知らなかった、と言うと悠が笑った。
同じ家に帰るのだから、運命と言うのは大袈裟だ。でもそういう特別な日だと知ると、急に嬉しくなってきた。
自然と、繋いだ手に力が篭もる。
「この辺は建物があんまり無いから、月がよく見えるでしょ。せっかくだから陸と見たかったんだ」
「……そうか」
月なんて言われなければ見上げなかった。月より明るいものが沢山あるし、満月だとか新月だとかそんなものを意識することもなかった。
見上げるとたしかに丸い丸い月が空に浮かび上がっていた。こうやって見上げるのはいつ以来だろうか。大人になってからこんな風に空を見上げることは少なくなった気がする。
「陸は、俺にとって一番綺麗なものだけど、陸が教えてくれた綺麗なものも沢山あるんだよね」
「いや、綺麗って……」
綺麗、という言葉を男に使うことには違和感しかない。それも俺に、だ。綺麗という単語が似合うのは悠の方だと思うのだけど。
「小さい頃、陸が月見団子を買ってきてくれて、一緒にこうして月を見てくれた。俺は月よりずっと陸が綺麗だと思ったけど、陸と一緒だから月も綺麗だなって思った」
思い出そうとしたけれどよく思い出せなかった。自分が忘れてしまったことを悠が覚えているというのは何だかくすぐったい気分になる。
「陸」
不意に悠が足を止め、名前を呼ばれたので悠の方を向いた。悠の背には月が見えて、絵になるなあと思う。
腕を引かれ、悠の顔が目の前に現れて、反射的に目を閉じる。
「……んっ」
軽く触れたのは悠の唇で、ふにゃりと俺の唇と合わせただけですぐに離れていく。どうして、と思ってしまって、すぐにここが外だと思い出す。
「…………外で、やめろって」
「いつか月に見せてやりたかった」
陸が俺のだって、見せつけてやりたかった。そう囁かれると、恥ずかしいけれど、嫌な気はしない。でも外でするのはやめてほしい。
「じゃあ、家でならいっぱいしていい?陸が俺のものだって堪能してもいい?」
「……いいよ」
カッコイイ旦那様にそんなことを言われて、断れるはずもなく。
そもそも、月明かりに照らされた悠は色っぽくて、俺もまたそんな悠に欲情してしまっていて。
「帰ろっか」
「うん」
建物の灯りが月を隠してしまっても、繋いだ手を離す気にはなれなくなっていた。
――――――
アンダルシュさんのうち推し企画、お題はお月見でした。
えっちのない二人を書いたのは初めてかも?
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ありがとうございます«٩(*´ ꒳ `*)۶»
えっちすぎるよ、、、。
好き♡♡
昔の回想シーンみたいな、寝ているときののとかも見てみたいです!!!!
ありがとうございます!
寝てるときにあったことはそのうち書く予定があるので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです(o^-^o)
2話の序盤の方
『ずっと黙っている俺を、悠が不安そうに見上げてくる』の悠は陸じゃないですかね?
自分の勘違いだったらすみません💦
バッチリ間違えてました💦
教えてくださってありがとうございます!直しておきました!