あやかし様のお世話係

香月しを

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「大きな御屋敷……?」

 帰り際に、村長の息子にも確認すると、やはり不思議そうな顔で返事があった。

「ええ。道の右側の御屋敷ですよ。大きな長屋門があって……五十メートルくらいかな、黒い塀が続いている。重そうな瓦が敷き詰められた唐破風の屋根で……あ、警備員さんは、郵便局の角を曲がったら、竹藪までは建物はないと言ってましたけど……ありますよね、ぽつぽつと……民家が……」

「え? 民家? いや、無いけど」

「えええ!?」

 鳥肌がマックスだ。では、昨日、俺の姿を窺うようにしていた気配は何だったのだ。建物の中を見ようとすると、カーテンがシャっと閉められた。あれは、幻だとでもいうのだろうか。
 いや、待てよ。今日、ここまで来るのに、あの御屋敷以外に、建物を見ただろうか。思い出せない。思い出せない。頭が割れるように痛い。

「直之君? 大丈夫かい?」
「大丈夫ではないです」
「ええ、心配だなぁ。車で送って行こうか?」
「えッいいんですか? 正直、助かります。このお酒の重さも辛いけど、あの御屋敷の前を通るの、怖かったんで」

 一緒にあの屋敷を誰かに確認してもらわないと、今後、気持ちが悪くて夜も眠れなくなってしまう。あやさんの世話係として、役場へ行くのも恐ろしくなってしまう。

 村長の息子は、車を回してくると言って、先に役場を出た。エントランスで待つ間、花壇の草むしりをしているおばちゃん達の話が聞こえてくる。

「ほら、あの子、昔村を出て、戻ってきた子でしょ?」
「ああ、ご両親はもう村にいないのに戻ってきたんだってね」
「あや様のところに住み込みだって」
「あや様の? それはそれは……随分と気に入られているようだね。今までのお世話係は、すぐにクビになって、からっぽの人間になって帰ってきているから」
「あやかしにやられたかね」
「悪いあやかしだろ? あや様に、何かしようとしたんだ。熱にうかされて、手を出そうとでもしたかな。それで、見限られたんだろ。あや様に見限られたら、すぐに悪いあやかしに攫われる。心を食われたに違いない。この村は、あや様の御厚意の上に成り立っているにすぎないからねぇ」
「黒板の性悪姫も、封じられて久しいな」
「人であった筈なのに、あやかしとして封じられるとはね。無間地獄でさぞや苦しんでいるだろうよ。生きながら、ね」
「屋敷ごと封じるとは、あや様のお力は、どれだけ大きいのか」

 心臓が、ドクリと跳ねた。

 屋敷ごと封じられた話は、あの大きな屋敷の事ではないのか。黒板とは、黒い塀の事を指しているのではないか。もっと詳しく話を聞こうと、花壇に足を一歩踏み出した時、車のクラクションが鳴らされた。
 ドキリとして横を見ると、村長の息子の乗った車だ。窓が開いて、声をかけられる。慌てて乗り込んだ。

「ボーっとしてたようだけど、どうかした?」
「い、いえ、あの、花壇のところで話していた人達が……」

 車から花壇を振り返ると、誰もいなかった。周りには、既に人の気配はない。不思議に思っていると、車が発進した。
 いったい、あのおばちゃん達は、どこへ消えてしまったのだろうか。この村や、あやさんの事に詳しそうなので、話を聞いてみたかった。


 車は、ゆっくりと進む。郵便局の角を曲がり、竹藪までの一本道。左側には、見事な田畑。役場の反対側に住んでいる住民が、耕して、生業にしているらしい。

「あ、ほら、あそこ」

 カーテンが揺れる民家が右手に見える。生垣の向こうには柿の木があって、鳥かなにかにつつかれて潰れている実ばかりだった。建物は、はっきりと見える。運転している村長の息子に声をかけたが、不思議そうな顔をするだけだ。

「柿の木がどうかしたかな?」
「違いますよ。柿の木の向こうに、建物が見えるでしょう。カーテンが揺れている。あッ、ほら、隠れるように閉められた!」
「…………建物なんて見えないよ」
「嘘だ! 結構大きな家ですよ? 相当なお金持ちだ。あれが見えないんですか?」

 興奮して大きな声を出してしまった俺に戸惑うように、車を停めた村長の息子が首を振る。

「見えないよね……。そもそも直之君、この村の村民は、役場の車を見て、カーテンを閉めて隠れるなんて事はしないよ? どちらかというと、顔を出して手を振ってくれるんじゃないかなぁ」
「……閉鎖的では……ない……?」

 たしかに、村長の息子は、よくしてくれている。身寄りのない俺に仕事を斡旋してくれたし、こうして車で送ってくれている。実に親切だ。役場の食糧庫の警備員も、こちらをあまり警戒せず、普通に接してくれていた。昨日、あやさんの家に向かう道で覚えた違和感は、役場近辺では感じない。

「宿屋の女将も、きみの事を気にしていたよ? あやさんの所に住み込みなんて大丈夫だろうかと」
「あ、そうだ、あやさんの世話係になった若者達が、働いていた事も覚えていないという話でしたが……それは、からっぽになってしまっている、という事ですか?」
「からっぽ……」
「悪いあやかしに何かされたんじゃないかって……心を食われたんじゃないかって……おばちゃん達が……」
「えッ、誰だろ、そんな事言ったの。あのね、直之君、本当の事を言わなかったのは申し訳ないんだけど、仕方なくて……」
「あ、大丈夫です。あやさんのところで俺は助かってますので、それは大丈夫なんですが、本当に、前の世話係の人達は、心を……?」

 意を決したような顔をした村長の息子は、詳しい話を教えてくれた。

 あやさんの世話係になりたい人は、後を絶たず、今までは、すぐに後釜が決まっていたそうだ。とにかくすぐにクビになる。それとも自分から辞めると言い出すのか、誰も本当の事は知らない。知っているのは、当人とあやさんだけだ。
 通い始めは、美しいあやさんに近付ける事が嬉しいと皆に自慢しまくるのだが、一週間も経つと、仕事自体を忘れてしまっている。何を聞いても、上の空。しまいには、村を出て行ってしまい、音沙汰がなくなる。
 そんな事が続き、村には若い人間がほとんどいなくなってしまった。残っているのは、あやさんに怯えているような若者ばかりだ。元々、世話係に立候補するなど考えてもいない若者だけが、村には残った。
 村長の息子は、役場の仕事と兼務で、あやさんへの連絡や酒の運搬をしていた。丁度、俺が村に帰ってきてすぐにその話をあやさんにすると、懐かしいと言って、俺を世話係にと望んだそうだ。

「何故、彼等が急に仕事を忘れてしまったのかは、今となってはわからないんだよ。悪いあやかしに何かされたというのは、勝手に噂している連中の戯言さ」

 そうだろうか。あのおばちゃん達は、知っていた。あやさんに見限られたら、悪いあやかしに攫われる、と。この村は、あやさんの厚意の上に成り立っているのだ、と。

 相変わらず、俺の目には柿の木の向こうの建物が見えている。村長の息子が、建物が見えないというのも、嘘ではないのだろう。見える、見えない、聞こえる、聞こえない。さっきのおばちゃん達は、本当に村民だったのか。あやさんの事を、『あや様』と呼んでいた。

 ああ……頭が痛い。




◆◆◆◆◆

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