短編集

香月しを

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悪役令嬢はカウント4で両手をあげる

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「あいつがクズでよかった。新しい婚約者があいつよりマシな人間でよかった」
「おい待て、なんだその言い草は」
「うん? なんかまずかった?」
「俺の評価は、その程度なのか? あれだけしょっちゅう遊んでいたのに、俺への好意はまったくないと?」
「いや、子供っぽい遊びばっかりだったから、殿下氏のことはずっと友達みたいに思ってたし」
「まあそうなんだけど!」
 あら、もしかして殿下って私のことが好きだったりするのかしら? 頬を染めたりして。私よりも色気振り撒いてるけども。まあ、殿下はイケメンだし? 頭も悪くないし? 話も合うし? 結婚するのは吝かでは無いわね。うん、ありです。
「そうね、その柔らかそうな唇にキスしてみたいっちゃみたいかも?」
「なんだ急に! やめろ! からかうな!」
「からかってないよ~。どう? してみる?」

「きみたち、親の前でそういうイチャイチャは、やめておこうか?」

 居た堪れない気持ちになるからという理由で、ダイニングを追い出された私達は、サロンで二人、お茶を飲んだ。
「なんで卒業パーティーが終わるまで婚約破棄の事実を報せないんだ?」
「やりたいことがあるからよ」
「やりたいこと?」
「あのヒロイン氏を、ギャフンと言わせたいのよね~」
「お前…………悪い顔をして笑うよな……」
「だって私、悪役だもの! ねえ、ヒース、明日の卒業パーティーは手伝ってね」
 殿下氏の名前は、ヒース。ヒース・アップデンだ。アップデン王国の王太子殿下は、眉間に皺を寄せて唸った。

「嫌な予感しかしない…………」

  * * *

 バン! と大きな音をたてて大きな扉を開くと、その向こうには全校生徒が集められていた。

「きゃああああああ!!」

 私とヒースに気付いた女子生徒が悲鳴をあげる。
 ちょうど檀上にあがっていたヒロインが、私達の登場を唖然とした顔で見つめている。
 直前まで優雅な曲を奏でていた楽団が、私の登場と同時に血沸き肉躍る曲を奏で始めた。指揮者は髪を振り乱して躍動的に動いている。パーティーの二時間前に打ち合わせ済だ。
「きええええ!」
 私は奇声を発して手に持っていたサーベルを高らかにあげた。振り向いた生徒達が、口々に何か叫んで逃げ惑っているが、これも仕込み済。今日は色々と演出がありますのでそれに合わせて演じてくださいと言ってある。そうじゃないとトラウマになっちゃうからね。悪役も色々と気を使う世の中なのよ。
 後ろを見る。恥ずかしそうな顔をしたヒースが、木刀を上に掲げた。いや、なんで恥ずかしがってるの? ヒースの好きな『ごっこ』遊びじゃない。悪役ごっこ。楽しんで楽しんで。
 ガシャガシャと音を鳴らしながら生徒が退いてくれる。立食形式なので、会場にはテーブルがいくつか並んでおり、上には飲み物や軽食が乗っていた。
 騎士科の連中が私に向かってくる。サーベルを振りかざすと、怯えながら逃げて行く。え、それで騎士科って大丈夫? 誰を守るつもり? そんな中、何人かは私の近くまで辿り着いたので、サーベルの柄で殴ってあげた。突き刺さないだけありがたいと思って欲しいわ。
 後ろを守るのはヒースよ。木刀で、怪我をしない程度に卒業生達を牽制してくれている。ふふんと笑いながらテーブルを薙ぎ倒した。狙うは檀上のヒロイン氏。
 悪役令嬢らしく、高笑いをする。一般人に危害を加える様子がないのをわかってくれたのか、逃げ惑っていた生徒達は、壁に沿って立ちながら私達を眺めることにしたみたい。生徒の皆さん、一般人役お疲れ様です。

 檀上にあがった。真っ青な顔をしたヒロイン氏と対峙する。彼女達には演出であるというお知らせはしていない。いつものわざとらしい怯え方じゃなくて、心底怯えているようね。膝がガクガクしているわ。私はニヤリと笑って奥歯を噛みしめた。そして霧吹きのように口から緑の液体をヒロイン氏に向かって浴びせる。

「ぎゃああああああ!! 毒!? いやッ! 死んじゃう!」

 顔にかかった液体を狂ったように拭うヒロイン氏。ふふふ。死ぬわけないじゃない?

「安心してください。青汁です」
「はあああ!? ふざっけんなよ!」
「あら。すごい言葉使いですこと」
「はッ、な、なんでこんな意地悪をするんですかぁ? 婚約破棄された腹いせに、まだ私を苛めるなんて……クスン」
「いえ、なんだか私が貴女をいじめたと冤罪をかけられたので、本当にいじめてやろうかと思いまして。だって私、悪役なんですよね? どんな風に苛められたいんですか? 教えてくださいよ、泣き真似なんてやめて」
「ば、馬鹿じゃないの!?」
 顔を歪めて怒り出したヒロイン氏の後ろから、例の取り巻き連中が現れた。中には、かつての婚約者、フォックス氏もいる。彼らも、これが演出だとは知らされていない。
「貴様あああああ! まさか俺との婚約を破棄するのが嫌で乗り込んできたのか? その、そのサーベルを棄てろ!」
「あら、何故かしら?」
「何故もなにもあるかあああああ!!」
 令息の一人が向かってくる。後ろからヒースが木刀で打ち付けて、彼はその場に倒れてしまった。そこへすかさず近付いて、ドレスのポケットから先程テーブルの上から失敬したフォークを取り出し、令息のお腹の辺りをぐさぐさと突いてやる。刺さってはいない。そんな鋭利なものでもないので。だが、ひたすらお腹をぐさぐさやられるのは恐怖なのでしょうね。ぎゃーぎゃー叫んでいる。
「1、2、3、4!」
 事前にヒースに頼んでおいたカウントが、4まで行くとポケットにフォークをしまって両手をあげる。『ワタシフォークデナンテコウゲキシテイマセンヨ』の意だ。いや、攻撃はしてるんだけど。カウント4までなら反則にはならないの。そういうルールなの。
 ぐったりしてしまった令息から離れ、他の令息達に目をむける。ビクリと体を跳ねさせた彼らは、明らかに怯えていた。
 一人、二人、恐怖で身体が上手く動かない令息達に技をかけていく。ドロップキック、ラリアット、4の字固め。さすがに、ブレーンバスターやらタイガードライバーやらはかけられなかったわ。残念。
 ニコニコしながら、残ったフォックス氏に近付いて行く。私の攻撃なんてそんなに強くないので、立ち上がってこちらに向かってくる令息達は、ヒースの木刀の餌食になってもらったの。
「な……クソ……ッ、この、暴力女が!」
「違うわよ、私は悪役の令嬢。貴方達が言ったんじゃない」
「こんなことが許されるわけがな……うッ!」
「カウント5で反則負けになっちゃうルールだけど、特別に反則にならない技があるのよね、これがそのコブラクロー」
「ぐうッ……は……な……」
 フォックス氏の頸動脈を片手でぐっとおさえる。苦しそうな顔をして抵抗をしていたが、ふっと力が抜けた。落ちたらしい。

「やったー! 勝利だわ! 反則だけど! 反則じゃなかった! 反則だけど! 反則じゃなかった!」

 馴染み深いアニメの台詞をもじって大騒ぎしながら、小躍りする私。白目をむいて倒れそうになっているヒロイン氏。

「いや、反則だから」

 ペチリとヒースに後ろから頭を叩かれた。やり過ぎたみたい。でもスッキリしたわ。

  * * *

 後日、各家に、今回の騒動の説明と、私が冤罪をかけられた話、元々の婚約が犯罪絡みだった話、腐敗した神殿の話など、色々と盛り込んだ文書が届けられた。本当は、卒業パーティーのあのタイミングで会場の皆様に報告しようとしていたんだけど、悪役にすっかり興奮した私はそんなことを忘れて暴れてしまった。あとで関係者からおおいに怒られた。意に沿わない婚約をさせられていた私に、世間は同情的。幼い頃からの恋を成就させたという噂の私とヒースは、国内でも有数のラブラブカップルとして人気が出てしまった。フォックス伯爵家は没落したそうだ。

 その後も、妬まれたり逆恨みをされたりしているが、常に撃退している。
 サーベルを銜えながらパイプ椅子の角で悪漢を退治したり、その辺においてある硬いものを手にして悪党どもを攻撃したり、悪役ごっこは今も続いている。

「リンドシー! カウント4だぞ!」
「あらいけない」

 愛する婚約者ヒースのカウント4で凶器をしまって両手をあげて、何も持っていないアピールをする。

 悪役令嬢は、今のところ負けなしである。





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