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〜アメリアと花子さん〜
怪88
しおりを挟むあの夜から五年が経った。
けれど、今でもあの時のことは鮮明に思い出せる。
あの後、「取引」に関わった者は全員逮捕された。
詳しい取り調べのために、全員が西の王国へ引き渡された。
「取引」に関わった家の子供達の処遇については、親ともども罪人として西の王国へ引き渡すべきと主張する声が多かった。
だが、ペレディル男爵家の娘が「親のやったことを知らなくても罪があるというなら、国がやったことを知らないまま平和を享受してきた私達にも罪があるはずだ」と涙ながらに訴え、多くの貴族の子息子女がそれに共鳴したため、半年ほど城の貴族牢に入れられた後に解放された。
解放された後、王太子クラウスが即位を宣言。それと同時に王権を放棄し、テイステッド王国は王室を廃止し共和制へ移行すると宣言。ウェルギリウス・アルテロイドが暫定政府の首班に任命される。
ウェルギリウスの息子ショーン・アルテロイドは帝国へ引き渡された者を取り返すことを目的に設立された調査部隊を率いて、テイステッド共和国と西の王国の間を往復している。
国王始め西の王国へ引き渡された者達は、帝国から被害者を全員取り戻すことを条件に死罪を免じられ、幽閉の身ながらも調査部隊へ協力している。
ユリアンは馬上で顔を上げて空を見上げた。
もうじきテイステッド共和国の国境だ。戻ってくるのは久しぶりだ。
ユリアンは解放後、調査部隊への協力を申し出て認められた。この五年間、必死に走り回っている。
久々に母に会ったが、相変わらず不思議な人だった。昔から「義母のたしなみ」と言いながらアメリアにちょっかいをかけていたが、現在は「罪人の反抗」と言いながら見張りの兵士にイタズラを仕掛けては叱られているらしい。小さな家に軟禁され、行動を制限された状態なのだが、見張りの中に柔らかな夕日色の髪の兵士がいた。だから、母は放っておいても大丈夫だろう。
暫定政府の首班に任じられたウェルギリウス・アルテロイドはそのまま初代首相となった。「取引」に関わらなかった元貴族と選挙で選ばれた国民が議会議員となり国を司っている。いずれ、元貴族の議員枠はなくなり、完全選挙に移行する流れになっている。
今年、元貴族の令嬢であるハンナ・オリアーノが元貴族枠ではなく選挙で当選して議会議員となった。彼女は牢に入れられたクラウス達の釈放を嘆願してペレディル男爵令嬢らとともに走り回っていた。その際に見せた賢く理知的な態度を評価され議員への立候補を勧められたらしい。
共和国となり直ちに西の王国と同盟が結ばれ、ともに北の帝国へ立ち向かうことが内外に宣言された。北の帝国は裏切りと非難したが、すぐさまテイステッドへ攻め込んでくることは出来ず、睨み合いが続いている。
王権を放棄し退いたクラウスは、西の王国へ行き贖罪の日々を送る父を支えて生きようとしていたらしいが、メルティに「クラウスなんかが行ったって何の役にも立たないでしょう!」と説得され、テイステッドに残ることになった。街の外れに居を構え、メルティと共に働いて暮らしている。夕方になると毎日、野良犬が餌をたかりにやってくるようで、メルティは「このおっさん犬!」と野良犬相手に本気で喧嘩している姿がよく目撃されている。
それからーー
「ねぇねぇ、この話知ってる?」
学園のトイレで、女生徒達が話している。
「隣のクラスの子がね、『口裂け女』に会ったんだって。本当に口が耳まで裂けていたらしいよ」
「えー、うっそだぁ!」
「あんた、こないだもおばあさんが走ってきて馬車を追い抜いたとか言ってたじゃん」
「あれは本当だって!」
「ね。そういえば、トイレの個室をノックして、「花子さん、遊びましょ?」って呼びかけたら、返事が返ってくるんだって」
「ああ、それ私も聞いたことある」
「私はアメリア先生から聞いたよ」
「アメリア先生、意外とそういう話するよね」
放課後のトイレで話し込んでいると、入り口に立った女性教師に「こーら!」と叱られてしまった。
「まだ残っていたの? 早く帰りなさい!」
「はーい!」
「ごめんなさーい!」
女生徒達はきゃあきゃあ言いながら逃げていく。
「まったくもう……」
誰もいなくなったトイレに入って、鏡の前に立つ。
貴族の子息子女が通っていた学園には、今では様々な職業の子供達が通っている。昔より、にぎやかになった気がする。
そういえば、ここは『赤いチャンチャンコ』を捕まえた西棟のトイレだ。アメリアは当時のことを思い出して、ふっと微笑んだ。
消えてしまった花子のことを思い出すと、今でも胸が痛む。
「……いけない。今日はユリアンが帰ってくるんだから、早く帰らなくちゃ」
泣きそうになったのを誤魔化して、トイレから出ようとした。
けれど、入り口でふと足が止まる。
花子は、自分達は人間の言葉から生まれたと言っていた。人間に認知されるほど、具現化するのだと。
アメリアは、それに望みをかけて、『トイレの花子さん』の噂を広めている。
いつか、消えてしまった花子さんが、再び具現化して姿を現してくれるのではないかと思って。
トイレの中に戻ったアメリアは、個室の前に立って三回ノックした。
「はーなこさん、あそびましょう……」
アメリアの声だけが、人気のないトイレに響く。
ふっと短い溜め息を吐き、アメリアは今度こそトイレから出ようとした。
その時、
「はーあーい」
個室の中から、少女の声が聞こえて、アメリアは足を止めた。
振り向くと、ぎぃぃ、と個室の戸が開いていく。
切り揃えられた黒い髪と、赤いドレスを着た十歳くらいの少女が、アメリアを見てにっこり笑って言った。
「何して遊ぶ?」
完
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