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十三、
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深い薮の中をなんとか進みながら、広也は後悔していた。雑木林が裏の山につながっていることは知っていたのだが、延々と連なる木々の群れ、その単調な景色にだまされ、自分がいつのまにか山に入ってしまっていたのに気付かなかった。地面の勾配がじょじょに大きくなっていくのにも、全く気付いていなかった。
気づいたのは、あの光を見失って、仕方がなく戻ろうとした時。
最初、光は広也から一定の距離をとって浮かんでいた。見失ったかと思えば現れ、現れたかと思えば見失い。まるで広也をからかっているかのような動きで、白い光は闇の中をただよっていた。
なんだか馬鹿にされているような気がして、広也はむきになった。今思うと信じられないことだが、その時の広也は光を追うこと以外何も考えていなかった。あたかも、無意識の広也を光がひっぱっているかのように。
だから、広也が初めて我に返ったのは白い光を完全に見失った時、そして、振り返った先にひろがる獣道と木々の群れを見て、どこをどうやってここまで来たか全くわからないことに気付いた時、初めてざあっと音をたてて青ざめたのだった。
とりあえず、登ってきたのだから戻るには下っていけばよかろうと、安易な考えで斜面を下りはじめたものの、なにぶん道なき獣道。おまけに辺りは夜の闇。ともすれば、どちらが上でどちらが下なのかもわからなくなりそうな世界で、広也はだんだん追いつめられていった。
さわさわさわ。
ざわざわざわ。
葉ずれの音がひどく不気味だ。白いTシャツも汗で濡れて、ぐっしょりと重たく感じる。行けども行けども、木々の途切れる様子はない。自分はこんなに奥まで光を追って来たのかと、広也は少々自分にあきれた。さらに、夢中で追っている時には気付かなかった疲労が、広也に重くのしかかっていた。薮をかき分けて進む足取りはじょじょに鈍くなり、吐く息は小刻みに荒くなっていく。
広也は一度立ち止まって、ぐるりと辺りを見回した。四方八方木に囲まれ、相も変わらず闇ばかり。
広也は肩を落とし、大きく溜め息をついた。
その時、広也の溜め息に混じって、誰かの声がした。 一瞬、広也は動きを止めた。
(気のせい……だろうか)
広也は耳をすませてゆっくり視線をめぐらせた。
特に先程と変わった所はない。見えるものは闇に浮かぶ木の影のみ。聞こえるものといえば——かすかに、人の声のようなものがする。
広也の耳にとどいたそれは、確かに誰かの声だった。葉ずれの音でも風の音でもない。
(こんな山の中に、今頃……)
広也はいぶかしげに声の聞こえてくる方角を探った。 それは木々の向こう、薮に覆われた暗闇から聞こえてきた。
まるで引き寄せられるように、広也はそちらへ足を踏み出した。どこかで、もう一人の自分がやめろと叫んでいるような気がした。
だが、その制止の声とは裏腹に、広也は一歩づつ闇へ近付いていく。そしてついに、右足を闇の中に踏み入れた。 その途端、
ズズッ
「!?」
足元の地面が崩れた。バランスを崩した広也は、声を上げる間もなく、泥と一緒に斜面を転がり落ちていった。
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