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十八、
しおりを挟む「だから、ここではないどこかで、あなたがときわじゃない誰かだったとしても、あたし達の住むここに現れた瞬間から、あなたはときわになったのよ。あなたはこの世界ではときわでなくちゃあいけないの。それ以外の何者であってもいけないの」
広也は大きくため息をついた。これほど強情な相手は初めてだ。
「わかったよ。じゃあいいよ。ときわで」
少女はうれしそうに笑った。
「私の名前は秘色。晴の里のときわの巫女」
「巫女? 」
「いつかあなたが現れる時のために、ずっとときわ——あなたを奉っていたのよ」
広也——ときわは怪訝そうに秘色を見た。彼女の話を信じると、自分は岩が変形してここに現れたのだという。つまり——
「僕は、岩だと? 」
「この世界ではね」
あっけらかんと、秘色は言った。
「前にいたところで、あなたがなんだったのかは知らないけれど」
想像を絶する話だ。ときわは頭を抱えた。
「わけがわかんないよ」
「よかったわね」
「よかったって? 」
こともなげに言い放つ秘色に対して、ときわはむっとして顔を上げた。
「何がいいっていうんだい? 」
あら、だって。と、秘色は明るく言った。
「わけがわからないほうが楽しいじゃない」
ときわはあきれ果てて肩をすくめた。秘色は彼の腕をぐいぐいひっぱって立たせようとする。
「なにするんだよ」
いい加減腹が立って、ときわは少しきつい口調で言ったが、秘色は相変わらず能天気な声で言う。
「早く立って。長の館に行かなくちゃ」
「長? 」
(ええと、長っていうのは、たぶんこの里の長老とか村長みたいな人だよな)
案の定、秘色はこう続けた。
「長はこの里が晴の里と霧の里に分かれる前から生きている一番の年寄りよ。トハノスメラミコトがお戻りになるのを待ち続けているのよ」
「トハノスメラミコト? 」
先程も出てきた言葉だが、ときわには意味がわからなかった。
「トハノスメラミコトって、何? 」
「そのうちわかるわよ」
秘色はやはりあっけらかんとそれだけ言って、さらにときわの腕をひっぱる。ときわはこれで何度目かの大きなため息をついた。どうやら、ここに来てしまった以上、自分には何かやらなければならないことがあるらしい。
この際、しばらくは成り行きにまかせてみようか。長というからには物知りそうだし、元の世界に帰る方法も知っているかもしれない。あるいはこれが夢だったとしたら、その場合は別に慌てたり騒いだりしなくても、そのうちに目が覚めるだろう。
「わかった。行こう」
ときわは観念して、のろのろと立ち上がった。
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