マヨヒガ

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
35 / 107

三十四、

しおりを挟む




「あ……」

 ときわは片手をのばしかけたけれど、それ以上言うべき言葉がみつからずに、その場に立ち尽くした。かきわと緋色はさっさと芝草を踏みしめて秘色の立つ森の入り口に近寄った。

「ときわっ。あたし達も早く行くわよっ。全く、余計なことをしなけりゃこんな連中よりずっと先に進めたのに」
「あんたのところのときわはずいぶん頼りなさそうな子供ね」

 秘色の横を通り抜きざま、緋色は小ばかにしたように言った。その言葉にかちんときたらしく、秘色はぎっと緋色を睨みつけた。

「ばかにしないでよね。あたし達がその気になったら、あんた達なんかいつでも追い抜かせるわよ。あんた達じゃあ、この森を今夜中に越えることなんて絶対にできないだろうから」

 秘色は嫌みったらしい口調でそう言った。緋色はふんっと憎々しげに鼻を鳴らして、ずかずかと森の中へ入っていった。その後に続いたかきわは、一瞬、ちらりとときわを振り返ったが、結局何も言わずに行ってしまった。

「ときわ。あたし達も行くわよ」

 秘色に怒鳴られて、ときわはのろのろと歩き出した。けれども、心の中にはじんわりと失望がひろがっていて、体も何もいっぺんに疲れ果ててしまった気がした。

「ほら、元気を出して」

 秘色はわずかになぐさめるような口調になった。ときわの手をやさしく握って森の中へと歩き出した。

「森の中で、どこか適当な場所をみつけて休みましょう」
「え? 今夜中に森を越えるんじゃなかったのかい?」

 顔を上げて尋ねるときわに、秘色はあきれたような声を出した。

「ばっかねえ。こんな、昼間ですら何が出てくるかわからないようなところ、夜の夜中に歩きまわれるもんですか。それこそ命がいくつあったってたりやしないわよ」

 ときわは驚いて足を止めた。

「それじゃあ、あの人達に教えてあげなくちゃあ……」

 かきわと緋色の姿はすでに森の闇に消えている。秘色は何も言わずに目をそらした。
 ときわは愕然とした。まさか、もしかして――

「まさか、君、わざと緋色をたきつけたんじゃあ……」

 ときわは青くなった。秘色はばつが悪そうに呟いた。

「あたし、あの二人に夜の森をうろつけ、なんて言ってないわ。夜の森が危険だということに気付かないなら、あの子の責任よ」

 今度はぞっとした。ときわは思わず秘色の手を振り払った。自分の手を握ってくれる秘色の手は、とてもやさしくてあたたかい。それなのに、こんな残酷なことができるだなんて。ときわは心底不気味に思った。ともすれば、先程の泥の腕よりも不気味に思ったかもしれなかった。

 ときわは知らないうちに非難がましい、別の生き物を見るような目つきで秘色をみた。そのときわの目を見て、秘色は少し悲しそうな顔をした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

とある旅行の話

森永謹製
絵本
ハリネズミのウーフーと、モグラのルベンが、海を見るために旅行に行くお話。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)

カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ…… 誰もいない野原のステージの上で…… アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ——— 全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。 ※高学年〜大人向き

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

処理中です...