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三十四、
しおりを挟む「あ……」
ときわは片手をのばしかけたけれど、それ以上言うべき言葉がみつからずに、その場に立ち尽くした。かきわと緋色はさっさと芝草を踏みしめて秘色の立つ森の入り口に近寄った。
「ときわっ。あたし達も早く行くわよっ。全く、余計なことをしなけりゃこんな連中よりずっと先に進めたのに」
「あんたのところのときわはずいぶん頼りなさそうな子供ね」
秘色の横を通り抜きざま、緋色は小ばかにしたように言った。その言葉にかちんときたらしく、秘色はぎっと緋色を睨みつけた。
「ばかにしないでよね。あたし達がその気になったら、あんた達なんかいつでも追い抜かせるわよ。あんた達じゃあ、この森を今夜中に越えることなんて絶対にできないだろうから」
秘色は嫌みったらしい口調でそう言った。緋色はふんっと憎々しげに鼻を鳴らして、ずかずかと森の中へ入っていった。その後に続いたかきわは、一瞬、ちらりとときわを振り返ったが、結局何も言わずに行ってしまった。
「ときわ。あたし達も行くわよ」
秘色に怒鳴られて、ときわはのろのろと歩き出した。けれども、心の中にはじんわりと失望がひろがっていて、体も何もいっぺんに疲れ果ててしまった気がした。
「ほら、元気を出して」
秘色はわずかになぐさめるような口調になった。ときわの手をやさしく握って森の中へと歩き出した。
「森の中で、どこか適当な場所をみつけて休みましょう」
「え? 今夜中に森を越えるんじゃなかったのかい?」
顔を上げて尋ねるときわに、秘色はあきれたような声を出した。
「ばっかねえ。こんな、昼間ですら何が出てくるかわからないようなところ、夜の夜中に歩きまわれるもんですか。それこそ命がいくつあったってたりやしないわよ」
ときわは驚いて足を止めた。
「それじゃあ、あの人達に教えてあげなくちゃあ……」
かきわと緋色の姿はすでに森の闇に消えている。秘色は何も言わずに目をそらした。
ときわは愕然とした。まさか、もしかして――
「まさか、君、わざと緋色をたきつけたんじゃあ……」
ときわは青くなった。秘色はばつが悪そうに呟いた。
「あたし、あの二人に夜の森をうろつけ、なんて言ってないわ。夜の森が危険だということに気付かないなら、あの子の責任よ」
今度はぞっとした。ときわは思わず秘色の手を振り払った。自分の手を握ってくれる秘色の手は、とてもやさしくてあたたかい。それなのに、こんな残酷なことができるだなんて。ときわは心底不気味に思った。ともすれば、先程の泥の腕よりも不気味に思ったかもしれなかった。
ときわは知らないうちに非難がましい、別の生き物を見るような目つきで秘色をみた。そのときわの目を見て、秘色は少し悲しそうな顔をした。
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