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四十八、
しおりを挟む「俺、ここに来る前は幽霊とか妖怪とか全然信じてなかった」
とぼとぼと歩きながら、かきわが呟いた。
「でも、本当にあるんだな。おもしれえな。こういう世界があるって、向こうの世界の連中は何も知らないんだよな」
ときわは秘色とかきわの一歩後ろを、振り返りながら進んでいた。先程の巨人のことが心にかかっていた。この世界で初めて出会ったやさしい化け物だった。
「ときわ。早くいらっしゃい」
先を歩く秘色が言う。
「待ってよ。秘色」
「まってよまってよまてまてまて」
突如、足元で小さな声がして、ときわは飛び上がる程びっくりした。何もいないように見えたが、よくよく目を凝らしてみると、小さな小さな、本当に小さな、色も大きさもそら豆にそっくりの蛙が、ぽつんとときわを見上げていた。
「何? きみ」
「なにきみなにきみきみきみなに」
蛙はかわいらしい声で歌うように言う。ときわはつぶしてしまわないよう気をつけて、そっと蛙を手にのせてみた。
「なにきみきみなに。かえるはかえる。ここはもりだよかえるのもり」
蛙はときわの掌の上でうれしそうにさえずっている。秘色とかきわも興味深そうにのぞき込んだ。
「ああ、かわいい」
「ずいぶん小さい蛙だな」
蛙も楽しそうにしているので、ときわはしばらくこのまま連れて歩くことにした。
「じゃあ、ここがぐえるげるの森なのか」
空を見上げながらかきわが言った。
「もりもりえぇるげるのもり」と蛙がさえずる。
「それで、ぐえるげるとかいう仙人はどこいるんだよ」
かきわが呟いた。
その途端、ときわの手から蛙が飛び下りた。かと思うと、その姿がゆうに二メートルはあろうかという巨大な蛙に変化して三人の前に立ち塞がった。秘色は悲鳴をあげてときわの後ろに隠れた。ときわは――おそらくかきわも、驚いて声も出ずにみつめていると、蛙は今度は低い年寄りのような声で語り出した。
「探し物がある時は足元を見ることが重要じゃ。求める物は案外と近くにあるものじゃぞ」
ときわとかきわは同時にごくりと唾を飲んだ。
「あ……んたが、ぐぇるげる? 」
かきわが声をふりしぼって尋ねた。最初の驚きが尾を引いているらしく、声がかすれている。
ときわはもう一度唾を飲んだ。蛙は体が大きくなっただけではなく、存在感も威圧感も恐ろしいほど増していて、ときわは一瞬自分が押しつぶされてしまうイメージを持った。
「さて、わしはただの蛙じゃよ。他の者はわしをぐえるげるとか仙人とか呼ぶがの」
蛙が笑うと、大きな口が歪んで真っ赤な口腔が不気味にのぞいた。ときわの背中にはりついた秘色がひくっとひきつった声を出した。
「おぬしらが今代のときわとかきわか。よく似ておるの」
蛙に言われて、ときわとかきわは顔を見合わせた。お互いの目が、相手の顔から自分に似た部分を探そうとせわしなく動いた。そして、ほぼ同時に探すのをあきらめた。二人はみごとに対照的な顔立ちだったし、お互いに自分と相手が似ているとはどうしても思えなかった。
しかし、ときわはふと気がついた。
(ああ、そうか。僕とは正反対。かきわは兄さんに似ているんだ。どことなくだけど)
だが、かきわと広隆では顔立ちは似ていても、まとっている雰囲気があまりにも違いすぎた。
広隆は、とらえどころのない、でも温かみのある、やさしくて明るい気を体中から発散している。だが、かきわは、どこか人を拒絶するような、ときわや秘色に対しても一定の距離を置いて接しているような感じを受ける。
その違いは目にも現れていた。かきわの目は暗く、冷たい。広隆の切れ長だがやさしい目との違いが、二人の印象を対照的なものにしていた。
「まあ、座ってゆっくり話そう。長い話になるからの」
ぐえるげるは大きな木のうろに三人を案内した。
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