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五十一、
しおりを挟むどれくらい経ったのか、軽い足音が聞こえてきて扉の向こうから秘色が姿を現した。
「すごく神聖な気分だわ。ときわ達も来ればよかったのに」
ときわとかきわは曖昧に笑ってみせた。
「さて、それじゃあこっちへおいで」
ぐえるげるが席を立ち、うろの外に出た。
三人はその後に続いて森の中を歩いた。
しばらく歩くと、木々が途切れて小さな丸い泉が七つある場所に出た。
その一つを指差してぐぇるげるが言った。
「覗いてごらん」
言われてかきわが素直に泉を覗き込んで声を上げた。
「ガラスの林が見える」
「本当?」
秘色もかきわを押し退けて覗き込んだ。
「なあんだ。何も見えないじゃない」
がっかりした声で秘色が言う。
「嘘つけ。見えるだろ。ほら、ここに来る前に通ったあのガラスの林だよ」
「見えないわよ」
秘色とかきわが喧嘩を始めた。
それを無視して、ときわも泉を覗いてみた。
真っ暗だった。水の色とは思えない程黒い闇の中を、ほわほわと小さな光が泳いでいる。
「ねえ、何も見えないでしょ」
秘色が背中越しに覗き込んで来た。
「見えるって」
かきわも言う。
「その泉はの、見る者によって映す場所を変えるのだ。その者にとって必要な場所を移すのだ」
ときわが答える前にぐえるげるが言った。
「その泉に飛び込めば、映った場所にすぐに行けるのじゃよ」
「映った場所に? 」
「うむ」
「行きたい場所に行けるわけじゃないのか。便利なんだか不便なんだかわからないな」
かきわは泉を覗き込みながら言った。
「さて、それじゃあわしはこれで失礼するかの」
ぐえるげるが言った。
「え? もう」
ときわは驚いて尋ねた。
ぐえるげるはほっほっほと笑った。
「わしと一緒におってもこれ以上得るものはないぞ」
ぐえるげるはくるりと向きを変えて秘色に声をかけた。
「巫女よ。おぬしは真ん中の泉に飛び込むがいい。晴の里まで帰れるぞ」
秘色は驚いて振り向いた。
ぐえるげるは何か言おうとした秘色を遮って続けた。
「巫女が行けるのはここまでじゃ。この先はときわとかきわだけで行かなくてはならん。それが掟じゃ」
それだけ言うと、ぐぇるげるはゆっさゆっさと巨体を揺らして森の奥に戻っていった。
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