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五十五、
しおりを挟むそこはとても静かな集落だった。人の姿は見えるのに、誰もが口を開かずに黙々と歩いていた。大人も子供も一様に顔に深い皺を刻み、歪んだ口を引き結んでいた。ときわは何故かぞっとした。
男達はときわを小さな汚い社の前に引きずり出した。乱暴に放られて、ときわは地面に膝をついた。
(皆、聞け)
再び老人があの不快な、声――ではない何かを発した。
村人達は億劫そうに顔を上げて老人を見た。
老人は懐から小さな小刀を取り出し、ときわの太ももを軽く突いた。
「痛いっ」
ときわは叫んだ。
村中の人が息を飲んだのがわかった。
ときわは老人を睨み付けて怒鳴った。
「何するんだよっ。放せって言ってるだろうっ」
老人はときわに向き直った。
(ここは音無しの村)
「音無しの村? 」
ときわは自分の声がやけによく響くような気がした。
(はるかな昔、神の怒りに触れ、あらゆる音を奪われた者達の末裔)
「あらゆる音を奪われた……? 」
その時、気付いた。先程から辺りを浸している静寂。鳥の声も、葉ずれの音もいっさい聞こえない。ときわは村中を見回した。誰も口を開いていない。なんの音も聞こえてこない。
老人の声は音にならずに直接脳に押し込められる。
続く言葉にときわは絶句した。
(この村では音をもたらす者は神からの賜り物として生涯祀りあげられる)
ときわは肝を冷やした。生涯ということはまさか、自分は一生ここに閉じ込められるのか。
「冗談じゃないっ」
ときわは慌てて立ち上がった。だが、すぐに周りの者達に押さえ込まれる。
(逃げようとしても無駄だ。この村には他に音はない。逃げようとすればすぐにわかる)
ときわは暴れながら叫んだ。
「僕は神からの賜り物なんかじゃない! 放してくれっ」
だが、必死の叫びは聞き入れられず、ときわは社に押し込まれた。カビ臭い匂いがする。乱暴に扉が閉められたが、その音も聞こえなかった。
「出してよっ。ここから出してっ」
ときわは力の限り木の扉を叩いた。拳に血が滲んだ。外の者達はこの音も有り難がって聞いているのかと思うと腹が立つと同時にぞっとした。
(鈴虫じゃあるまいし、こんなところに閉じ込められて鳴き続けろというのか)
あまりの理不尽さに叫び出したかったが、外の者達を喜ばせるのが悔しくて声を飲み込んだ。
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