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六十四、
しおりを挟むときわはすがりつくように尋ねた。
「僕はこれからどうしたらいい?」
きつねは答えてくれなかった。
「貴方、ここはマヨヒガなのです。迷い子のための場所、迷い子が作り出した場所なのです。よく目をこらしてごらんなさい。トハノスメラミコトはいつでもあなたのそばにいるのです」
ときわにはきつねの言うことが理解できなかった。これからどうしたらいいのか見当もつかない。かきわと秘色を探すべきかと思っても、かきわの正体を考えると会うのが怖かった。
ときわはその場にうずくまった。白い光はそんなときわを慰めるように頭の上を飛びまわった。
「少しおやすみなさい。貴方はまだまだ歩かねばなりませんから」
きつねがやさしくそう言った。
ときわの周囲を小さなきつね達が面白そうに駆け回った。それに合わせるように、白い光も宙に舞う。
ときわは少し穏やかな気持ちになった。
ここに来る時もこの光を見た。穴に落ちた時もこの光が辺りを漂っていた。
(この光がよりあつまって巨人になり、僕達を助けてくれた………この光は僕らの味方なのだろうか)
その時、ときわの思考を打ち破って悲鳴が響いた。
きつね達が混乱したように跳ね回っていた。
驚いて立ち上がったときわは、あの狒狒のような化け物がきつね達を追い回しているのを見た。
「こんなところにまでやってくるとは………」
一匹のきつねが狼狽した声を出した。
小さなきつね達の歌会は突然の闖入者によってめちゃくちゃになってしまった。
ときわは急激に腹が立った。
きつね達の平穏をぶち壊した化け物が許せなかった。きつね達はここで歌っていただけなのに、理不尽な暴力だと思った。
ときわは刀の柄を強く握った。怒りに任せて刀を引き抜いたときわは、そのまま化け物に向かって突っ込んだ。刀など使えないと思っていたのに、刃は軽やかにひるがえって、化け物を容赦なく斬り付けた。返り血が飛んだ。
「血だぞぉ」
誰かの悲鳴が聞こえた。
ときわは自分の中の怒りを吐き出すように刀を振るった。何度も何度も。
化け物が完全に動かなくなったのを確かめて、ようやくときわは刀を下ろした。
滅茶苦茶に切り刻まれた化け物の死体がそこにあった。
ときわは肩で荒く息をしながら茫然とそれを見下ろした。きつね達が遠巻きにときわを見ていた。ときわがそちらに目をやると、きつね達は悲鳴をあげて逃げ出した。
「血だ」
「血が出てる」
「血は怖い」
「怖いよう」
きつね達が怯えているのは化け物ではなかった。それを斬り殺し、返り血を全身に浴びて立ち尽くすときわに怯えているのだ。
それに気付いて、ときわは愕然とした。
生臭い血の匂いを嫌ったのか、あれほど飛んでいた白い光も消えてしまっていた。
ときわの前にあるのは、ときわが殺した死体だけだった。
ときわは血に濡れた刀をぶらさげたまま空を見上げた。月も星もなく、ただ闇ばかりの空に向かってときわは叫んだ。
もう涙も出なかった。
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