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八十六、
しおりを挟む秘色の周りを固める光以外、辺りは闇一色だ。何もいない。いや、見えないだけで何かが潜んでいるのかもしれない。広隆は油断なく刀の柄を握った。
(本人が置いていけと言っているんだから、これ以上構う必要はないだろう。置いていけばいいんだ)
再び声が響いた。冷酷な声が。
広隆はごくりと唾を飲んだ。頭の中に響く声は秘色には聞こえていないのか、彼女は顔を上げる気配がない。聞こえていない方がいいのかもしれない。冷たく投げやりなその声は、紛れもなく広隆の声だった。
(俺は出来るだけのことをしたんだ。誰も俺を責めたりしないさ。ときわだって、秘色なんか助けたって喜ばないさ。だって、秘色はときわに見放されたんだ。俺を泉に落としたりしたから、その残酷さをときわに拒絶されたんだ。ときわの巫女がときわから拒絶されたら、もうこの世界にいる資格はないんだ)
「そんなことはない!」
突然大声を上げた広隆に驚いて、秘色がぱっと顔を上げた。だが、広隆は秘色ではなく闇の中を睨んで叫んだ。
「秘色にはこの世界で生きる資格がある!」
姿は見えないが、闇の中に響く声の主は洞窟の途中で広隆を惑わせようとした黒い蛇に違いないと広隆は思った。どこまでも意地悪く響く声は、広隆の怒りを誘うように秘色の罪を糾弾し続けた。
(だいたい、緋色が死んだのは秘色のせいだ!秘色があおったせいで緋色は血塗れになって死んでしまった。
秘色は俺から緋色を奪ったんだ。それなのに、平気な顔で俺をときわのために利用した。秘色はときわのためならどんな卑怯なことでもやるんだ。
いや、ときわのためじゃない。ときわの巫女である自分のためにやったんだ!秘色は本当はときわのことだって思いやっちゃいない。秘色が大切に思っているのは「ときわの巫女である自分」だけだ。自分の立場を守りたいだけなのさ!
だから、ときわが元の世界に帰ることを恐れているんだ。ときわがいなくなれば、自分は特別な存在ではなくなってしまうから。誰も、ときわの巫女でない秘色になんか興味はないと知っているから。
ここで秘色を助けたら、今度はときわに何をするかわからないぞ。ときわの巫女の立場を守るために、ときわが元の世界に帰るのを邪魔するに決まっている。こんな奴、ここに置いていったほうがいいんだ!それがときわのためなんだ!)
「違う!」
広隆は噛みつくように叫んだ。
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