マヨヒガ

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
91 / 107

九十、

しおりを挟む





 同じような木々の立ち並ぶ森を抜けて、ようやく泉にたどりついた広也は、泉の淵にちょこんと小さな蛇が座っているのを見て声を上げた。

「なんでここにいるの?」
「広也が遅いから先に来たんだよ」

 蛇は尻尾をぴろぴろ振りながら答えた。駆け寄った広也は、相変わらず馬鹿にした態度の蛇にむっとしながらも泉の淵にかがみ込んだ。

「さあて、かきわの姿は映るかな?」

 楽しそうに言う蛇を無視して、広也は泉をのぞきこんだ。 水面が震えて波紋をつくった。その揺れが収まると、平らになった水面にゆらゆらと映像が浮かんできた。

「かきわだ!」

 最初に見えたのは黒いTシャツの少年だった。広也はほっとした。
 だが、映っているのがかきわだけではないことに気付いて、広也は目を凝らした。なんだか様子がおかしい。かきわは誰かの手をつかんでいる。

(秘色だ!)

 広也は驚いて身を乗り出した。かきわは秘色の腕をつかんで、必死に引き戻そうとしているように見える。そして、秘色の下半身に絡み付いているものに気付き、広也は思わず声を上げた。
 真っ黒な、大きな蛇だ。それが秘色を飲み込もうとしている。

「助けなくちゃっ」

 広也はすぐさま泉に飛び込もうとした。だが、背中にかけられた声に、その動作は止められた。

「秘色を助けるの?どうして?兄さんを殺そうとしたのに?」

 からかう調子は変わらないのに、先程までとはうってかわって冷酷な声だった。広也はぎこちなく振り返った。小さな黒蛇がちろりと舌をのぞかせていた。

「何を、言って……」

 声がうわずった。

「秘色なんか蛇にのまれてしまえばいいんだよ」
「そんなわけない!」

 広也は大声で否定した。だが、蛇は冷たい声で言い募った。

「秘色みたいな、自分の役目のためには他人を殺したって構わないと思っているような人間、助ける価値なんてないよ。それに、最初から彼女は言っていただろう?かきわは敵だって。君の兄さんを敵だと言っていたんだよ。許せないだろう?」

 広也は息を飲んだ。小さな蛇はその体にみあわない威圧感を噴出させていた。その迫力に広也は圧倒されてしまった。

「だいたい、秘色は人殺しじゃないか」
「違う……」

 広也は弱々しく反論した。

「秘色は確かにかきわを突き落としたけど、殺そうとしたわけじゃあ……」
「本当に?じゃあなぜ彼女を人殺しと罵ったんだい?」
「それは、あの時は取り乱していて……でも、かきわはちゃんと生きている!」
「かきわは、ね」

 蛇が大きく口を開けて笑った。真っ赤な口の中が見えた。ひどく禍々しい。

「じゃあ、緋色は?」

 広也の背筋がすっと冷えた。

「緋色が死んだのは秘色のせいじゃないか」
「違う!」
「違わないさ。秘色は夜の森が危険だと忠告しなかった。わざと二人を危険にさらした。そのせいで緋色は死んだんだ」
「違う!秘色は二人を助けにいったじゃないか!」
「本当に?だって結局、緋色は死んだじゃないか。それは間違いなく秘色のせいだ。そうだろう?」

 広也は言葉を失った。否定する言葉を頭の中で探すが、何もみつけられなかった。代わりに、弱々しい呟きが漏れた。

「……お前は何者だ?」
「ぼくは、お前さ」

 蛇はそう言うとすいっと鎌首をもたげた。そうして、黒い体がみるみるうちに白く変化していった。
 声もなくみつめる広也の目の前で、黒い蛇は色を変え、形を変え、やがて小さな白い光の玉となって空に浮かび上がった。
 光の玉はからかうように広也の周りを一巡りした後、立ち尽くす広也を置き去りにして空の彼方に飛んでいってしまった。
 広也は呆然としてそれを見送った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

とある旅行の話

森永謹製
絵本
ハリネズミのウーフーと、モグラのルベンが、海を見るために旅行に行くお話。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

童話絵本版 アリとキリギリス∞(インフィニティ)

カワカツ
絵本
その夜……僕は死んだ…… 誰もいない野原のステージの上で…… アリの子「アントン」とキリギリスの「ギリィ」が奏でる 少し切ない ある野原の物語 ——— 全16話+エピローグで紡ぐ「小さないのちの世界」を、どうぞお楽しみ下さい。 ※高学年〜大人向き

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

処理中です...