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百六、
しおりを挟むがくん、と、階段を踏み外したような感覚の後に、辺りを覆っていた白い霧がざあっと晴れた。
広隆は真っ暗な山の中に立っていた。戻って来た。
子供の泣き声が聞こえた。広也の声だ。自分を呼んでいる。
広隆は声のするほうに駆け出した。
笹薮をかき分けて進むと、広也の声に混じって、祖父母と光子の声も聞こえて来た。
薮の中から姿を現した広隆に、四人は安堵の表情で駆け寄って来た。広也は大泣きしながら広隆の膝にかじりついてきた。
「なんで………」
広也はとっくに家に帰っていると思っていたのに。広隆は呟いた。茂蔵が言った。
「連れて帰ろうとしたんじゃが、「お兄ちゃんがいない」って泣いて泣いて、お兄ちゃんを待ってるってきかんもんでな」
広隆はしがみついて泣きじゃくる弟の頭をぎゅっと抱きしめた。
「………広也が待っていてくれたから、お兄ちゃん帰ってこれたんだよ」
広隆の脳裏に、十三才になった広也の姿が焼き付いている。
いつか、広也も同じ道を辿るのだ。そして、必ず帰ってくるのだ。
(その時は、俺が待つ番だ)
広隆は元の世界に戻った十三才の広也を、そして、それを出迎えている自分の姿を想像した。
「………ただいま」
小さな広也を抱きしめて、広隆は言った。
がくん、と、階段を踏み外したような感覚の後に、辺りを覆っていた白い霧がざあっと晴れた。
広也は真っ暗な山の中に立っていた。戻って来た。
辺りはしんと静まりかえっていた。辺りを見回した広也は、ふと木々の間に小さなあかりがちらちらしているのをみつけた。
薮をかき分け、木々の間を通り抜けた広也は、懐中電灯を手にこちらを見ている広隆と、その広隆にすがりつくようにして立っている光子をみつけた。
懐かしさで胸があふれた。広隆は広也を見ると全てをわかっている顔でやさしく笑った。広隆の腕にすがりついている光子は、心細さを隠しもせずに、まるで小さな女の子のように見えた。突然現れた広也に、事情がわからない光子は戸惑っているようだった。
広隆は広也に向かってほほえみながら、力づけるように光子の肩を抱いた。
そして、こう言った。
「おかえり」
広也はあふれてくる涙を抑えて言った。
「ただいま」
完
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それぞれの心の成長が事細かに書かれていてとても素敵でした…!
この年代の、『自分ってなんだろう』という悩みに共感できました。
素敵な作品を有難うございます。