8 / 104
第一話「白い手」
8
しおりを挟む***
「樫塚? お前なんか顔色悪いぞ」
頬杖をついてうつらうつらしていた文司は、頭の上から聞こえた声に慌てて顔を上げた。
「ああ、石森。朝練ごくろーさん」
「おう。んなことより、お前体調悪いんじゃないのか? 風邪か?」
心配そうに覗き込んでくる石森に、なんでもないとにっこり微笑んでみせる。
「大丈夫だよ。ちょっと眠いだけ」
「本当かよ。具合悪かったら無理しないで保健室に行けよ」
「大丈夫だって」
その時、二、三人の上級生がずかずかと教室に入ってきて、文司の周りに集まった。
「お前か。一年の霊感少年って」
中の一人が小馬鹿にしたような表情で言う。石森が文司を庇うように前に立った。
「なんだよ、お前ら」
「先輩に向かってお前らはないだろ。ちょっと相談があるんだよ」
真ん中の一人が石森を押し退けて文司の前に立つ。文司は不安げな表情を浮かべて石森を見た。周りの生徒も何事かと見守っている。
「実は最近なんか右肩が重いんだよな。なんか取り憑いてるんじゃないかと思ってさ。一ヶ月前に車に轢かれた猫の死体を見たからそのせいかもしんねぇ。霊視してみてくれよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるその顔から、適当な理由をつけて文司を虐めるつもりだと判断した石森は、無理矢理に間に割って入った。
「樫塚は今具合が悪いんだよ。また今度にしてくれ」
「えー、そんなこと言って、俺が今日の放課後に霊に取り殺されたらどうしてくれるんだよ」
「そうだよ。霊視ぐらいぱっと出来るだろ」
「本当に霊感があるんならさあ」
口々に言う上級生に、石森は文司を背中に庇って睨みつけた。その態度が気に入らなかったのか、上級生はあからさまに喧嘩腰になって石森の胸ぐらを掴んだ。
「なんか文句あんのかよ。だいたいお前には関係ないだろ。俺らはこっちの霊能力者くんに用があんだよ」
「何がだよ。本当は何も取り憑かれていないくせに、適当に因縁つけて樫塚をからかいたいだけだろうが!」
「てっめぇ、生意気だな!」
上級生が拳を振り上げた。
「石森!」
殴られて後ろの机にぶつかって倒れ込んだ石森に文司が駆け寄る。石森は泣きそうな顔をしている文司に大丈夫だと言って殴られた頬を押さえて立ち上がった。これで気が済んで立ち去ってくれればいいのだが。こちらからは手は出せない。喧嘩になれば部を退部になってしまう。
立ち去る様子を見せない上級生に、石森はとりあえず文司を逃がそうと考える。この騒ぎを見て周りのクラスメイトが騒いでいるから、後数分もしないうちに教師がくるだろう。それまでにあと二、三発ぐらい殴られても平気だ。そう思って覚悟を決めた時、
「お~う。ばっちり撮れちゃった。下級生いじめの現場」
戸口から能天気な声が響いた。
おなじみのデジカメを構えた大透と、複雑そうな表情でこちらを睨む稔の姿があった。
「名門内大砂でこんな騒ぎが起きるとは。世の末だねぇ」
「おい。ふざけんな!」
激昂してデジカメを取り上げようとする上級生を避けて、大透は稔の後ろに隠れた。
「やだー、中学生ってこわーい」
「人を盾にしてふざけるな」
稔はうんざりした顔で上級生に向き合った。
「先生が来る前に教室に戻った方がいいと思いますよ」
「脅しかよ。今年の一年は生意気だな」
ぐいっと胸ぐらを掴まれ、稔は上級生を睨みつけた。その視線がすうっと右肩の上に移動して止まる。そこをじっとみつめたまま動かない稔に、上級生が眉をひそめる。
「なんだ? どこを見てやがる……」
「犬……じゃないな。猫、猫だ……」
目の前の相手に聞こえるか聞こえないかの小声でぼそぼそと呟き出した稔は、上級生の右肩の上をみつめたまま続ける。
「黒っぽい……虎猫だ。赤い首輪をしてる」
「何? 何言ってやがんだ。おかしいんじゃねえのか?」
「かなり怒ってる……あんた、何をしたんだ?」
「はあ?」
稔は右肩の上から視線を外して上級生を見据えた。
「猫が右肩に爪を立てている」
上級生の顔が真っ青になった。
「痛むんじゃないのか? あんた、猫を殺したろ。わざとか事故かは知らないけど」
上級生は驚愕に目を見張り、次いでその顔に恐怖が浮かんだ。稔の胸ぐらを掴んでいた手を振り解くと、慌てた様子で逃げるように教室を出ていった。
「なんだこいつ。気味悪ぃ……」
という捨て台詞を残して。
上級生が出ていくのと入れ替わりに担任が入ってきて、教室が騒がしいのに目を丸くする。
「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、なんでもないです」
愛想笑いを浮かべつつ、倒れた机を元に戻す。石森と文司が何か言いたそうな顔をしていたが、稔はそれに気づかないふりでさっさと自分の席に着いた。
自分らしくないことをしてしまった。普段なら何が見えようと口には出さないのに、上級生の態度に腹が立ってあんなことを言ってしまった。一応目の前の相手にしか聞こえない程度の声で喋ったが、もしかしたら背中に隠れていた大透には聞こえたかもしれない。
そう思って後ろの席をちらっと振り返ると、大透と目が合った。にっこりと満面の笑みで微笑んでくるので、たぶん聞かれたんだろうなぁと稔は諦めの混じった溜め息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でカイゼン
soue kitakaze
ファンタジー
作者:北風 荘右衛(きたかぜ そうえ)
この物語は、よくある「異世界転生」ものです。
ただ
・転生時にチート能力はもらえません
・魔物退治用アイテムももらえません
・そもそも魔物退治はしません
・農業もしません
・でも魔法が当たり前にある世界で、魔物も魔王もいます
そこで主人公はなにをするのか。
改善手法を使った問題解決です。
主人公は現世にて「問題解決のエキスパート」であり、QC手法、IE手法、品質工学、ワークデザイン法、発想法など、問題解決技術に習熟しており、また優れた発想力を持つ人間です。ただそれを正統に評価されていないという鬱屈が溜まっていました。
そんな彼が飛ばされた異世界で、己の才覚ひとつで異世界を渡って行く。そういうお話をギャグを中心に描きます。簡単に言えば。
「人の死なない邪道ファンタジーな、異世界でカイゼンをするギャグ物語」
ということになります。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
奥遠の龍 ~今川家で生きる~
浜名浅吏
ファンタジー
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。
戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。
桶狭間のバッドエンドに向かって……
※この物語はフィクションです。
氏名等も架空のものを多分に含んでいます。
それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。
※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる