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第一話「白い手」
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淋しかった。
文司は辺りを見回した。誰もいない。淋しい。寂しい。
これは夢だと、ぼんやりと自覚した。
辺り一面、霧のようなもので覆われていて真っ白で何も見えない。
ひとりぼっちだ。夢の中だとわかっているのに、やけにリアルな寂しさは少しも減らなかった。
文司は真っ白な空間を手探りでさまよった。
誰か、誰かいないか。自分の淋しさをわかってくれる人がいないだろうか。淋しい。誰か。わかってくれる人がほしい。誰か。そばに来てほしい。一緒にいてほしい。ずっと。ずっと、寂しかった。誰か。誰か。彼だ。
——彼ダ——
彼だ。彼だ。彼こそは。
ずっと。見つけた。あの時に。運命だ。だから、ずっと一緒に——
意識せずにぱっと目を開けた。文司は、自分が目を覚ましたことにしばらくの間気づかなかった。
薄明るい室内で仰向けに寝たまま、ぼんやりと天井を眺める。
どうしてか起き上がる気になれない。体が重い。ひどく疲れが溜まっている時のような感覚だ。ぐっすり眠ったはずだというのに、この倦怠感は何事だろう。
全身の疲れとはうらはらに、目はぱっちりと開いている。寝起き特有の夢の名残のような眠気は少しもない。妙な感じがした。
言いようのない違和感の源を探ろうと、だるく重い体に神経を集中させる。背中がざわざわした。
何だろう。天井をみつめたまま、文司は眉根を寄せた。何だろう。背中が気持ち悪い、気がする。
何かとても不快なものの上に横たわっているようだ。
馬鹿な。ここは間違いなく自分の部屋だ。自分のベッドだ。背中の下にあるのはただのシーツだ。シーツのはずだ。いや、違う。自分の背中とシーツの間に、もう一枚何かがある。何かを敷いて寝ている。背中の下だけじゃない。頭の下も足の下もてのひらも——
ざわり。
手のひらに触れるその感触に、文司は一瞬で総毛立った。
手のひらの下、細い、糸のような、いや違う。糸などであるものか。
「……っひっ」
かすれた悲鳴を上げて飛び起きた文司は、そのままベッドから転がり降りて床に倒れこんだ。はあっはあっと荒い息を吐く。涙が滲む。吐き気がこみ上げる。
震える手に力を込めて、文司は体勢を入れかえて床に尻餅をついた。そのまま少し後ずさる。
目の前にあるのは見慣れた自分のベッドだった。半分以上床にずり落ちた布団。ゆるくへこんだ枕。寝乱れた青いシーツ。
それだけだ。いつもと何も変わりない。布団と枕とシーツ。
それだけだ。
だが、違う。それだけじゃなかった。自分の体の下にあったもの。自分の全身の下に敷き詰められていたもの。あれは、あれは。
細い大量の糸のような、だが糸などではない。あの生々しい感触。
あれは。確かに人間の髪の毛だった。
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