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第一話「白い手」
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しおりを挟む手が痛い。足が重い。息が苦しい。ほんの一瞬気を抜いただけで体は前のめりに倒れそうだ。それでも文司は必死に足を持ち上げて石段を登った。
登り切るんだ。そして、この本を稔に渡す。それさえ出来れば、後は転がり落ちて地面に叩きつけられたっていい。
石森が無事で、この本がこの世から消え失せるなら、自分などどうなったって構わない。
苦しさと悔しさにぼろぼろ涙をこぼしながら、文司は石段を登る。こんなに苦しいと感じるのは、こんなにも必死に何かをしようとするのは、初めてな気がした。
思えば昔から、文司は周囲から大人っぽいとか落ち着きがあるとか言われていた。
それは確かに賞賛だったし、実際に文司は声を荒げたり我が儘を言ったりすることのない子供だった。
聞き分けのいい子だと大人は文司を誉めたが、そうではなくて、ただ単に自己主張の乏しい、自己を主張する勇気がないだけであるということを、文司は薄々自覚していた。
誉められれば嬉しい。でも、手放しで喜べば誉められなかった子供から反感を買う。目立つのは嫌だった。
だから、いつしか誉められるのが苦手になった。どんな反応をしていいかわからなくなったのだ。
悪口を言われれば悲しい。だけど、自分を嫌いな相手に好かれようとしても、また別の誰かに嫌われる。その繰り返しだ。
第一、わざわざ好かれなきゃならない必要もない。
殴られるのは痛いし怖い。
でも、やり返せば余計に相手を怒らせるだけだ。
だから、ただ嵐が過ぎるのを待つのが一番被害が少ない。
文司はただ面倒くさかった。自分の外見や性格にあれこれ文句を付けてくる相手にも、さしたる理由もなく暴力を奮ってくる相手にも、いちいち傷ついたり泣いたりするのが面倒くさかった。
いじめっ子が激高するほど、文司は冷めた。
文司の中からどんどん熱量が失われていき、周囲が大人っぽいと評価する優等生の文司が出来上がっていった。
そんな文司に、唯一周りと違う態度で接し続けたのが石森だった。
文司の代わりに悪口に食ってかかり、文司が誉められれば文司以上に喜んで、文司を庇っていじめっ子に立ち向かった。
「嫌なことは嫌って言えよ」
石森は文司にいつもそう言った。
「せめて、俺にはなんでも言えよ。親友なんだから」
自分は馬鹿だ。文司は思った。
言えば良かったんだ。霊感のある振りなんかしたくないって。
別に周りから嫌われたっていいんだ。取っつきにくい傲慢な優等生と思われたって構わない。
だけど、石森に嫌われるのだけは怖かった。
石森の提案に逆らって、怒らせるのが怖かった。
石森に迷惑を掛けることを恐れていたのではなく、自分が石森に愛想を尽かされるのを恐れていたのだ。
なんでも言えよと言ってくれた親友を、信じていなかったのだ。
(ごめん。石森、ごめん……信じなくて、ごめん)
文司は涙で滲む視界で石段の先をきっと見据えた。
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