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第三話「土の中」
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立てるようにはなったが奈村の足取りがまだおぼつかなかったため、潔子が運転したきた軽でまずは奈村とみくりを家に届け、それから稔達を迎えに戻ってきてもらうことになった。
「結局、特別邪悪な女の子がいたってことでいいのかな……」
奈村の車にもたれ掛かって空を仰いだ文司が呟いた。
「わかんねぇ……」
地面にしゃがみ込んだ稔は溜め息とともに答えた。
「……特別、邪悪ってこともないのかも」
稔の横に立つ大透が、ぽつりと言った。
「誰でも、欲しいって思うものを自分じゃない誰かが持っていると、なんであいつが、って思うことあるじゃん」
梨波は奈村を欲しがった。だけど、奈村には奈村の意志があり、梨波のものにはならなかった。それに、奈村には愛し愛される妻と娘がいた。
「でも、普通は我慢とか常識とか覚えるものだけど、誰にも教えてもらえなかったのか」
「いや、覚えたくなかったんだろ」
稔はきっぱり否定した。梨波には、奈村のような大人がたくさんいたはずなのだ。きちんと道理を説いて、言い聞かせてくれる存在が。
だけど、梨波はそれを何一つ聞き分けようとしなかった。何を言われても、自分は悪くない、周りのせいだと言い続け、自分が手に入れられないものがあることを認めなかった。
「……最後に黒い影みたいの見えたけど、あれって何?」
稔ほどはっきりは見えなかったのだろう大透が、稔をちらりと見て尋ねた。
稔は静かに答えた。
「たぶん、動物」
「動物……」
それはきっと、あの穴の中の骨の。或いは、梨波に理不尽に殺された野良猫や余所の飼い犬だったかもしれない。それとも、それら全ての集合体か。
「土の中に、引き込まれたよ」
自分が殺したもの達によって、穴の底に連れて行かれたのだ。
「土の中に埋められたって、自分でそんな嘘ついてたから、本当に土の中に連れていかれたんだよ」
稔はやりきれない想いでそう告げた。
あの中に引き込まれたら、死んでも永遠に救われない。稔はそう感じた。
あの穴の中は、すでにこの世にあっていい場所ではなくなっている、と。
あの中は、あれは、あれはーーー
「……もしかしたら、土の中って、地獄みたいなものかもしれませんね」
稔の内心を読みとったかのように、静かな声で文司が言った。
「だとしたら、あの子は自分が落ちる地獄を、せっせと作っていたんだな。自分の手で」
大透もそう言って目をすがめる。
「……怖いな」
自らの手で地獄を作り出して、自らの業で底へ落ちてしまった。
どうすれば良かったのだろう。
稔はぼんやりと考えた。
もし、もしも、梨波のような人間が他にもいたら、どうすればいいのだろう。自らの手で地獄を作り出してしまう人間が、もしも身近に現れたら、どうするべきなのだろう。
「地獄を作らないように、生きていかなきゃならないんだな。誰だって」
葛藤する稔の横で、大透がはーっと息を吐き出して言った。
大透の家まで送り届けてもらって、早朝の豪邸で三人は頭と目を押さえて呻いた。
「あー……明日から学校なんだけど……連休が幽霊退治でつぶれるとか……ほんと……」
「さすがに疲れた……」
「疲れた……」
いつも無駄に元気な大透でさえ疲れきって顔色が悪い。
「明日、元気に学校行けるひとー?」
「……」
「……」
誰も答えなかった。
長い沈黙の後で、稔は出来れば絶対に口にしたくなかった言葉を口にした。
「…………さっぱりしに行く?」
***
「う、おえええ」
「あ、俺はこの前よりマシです……うおぇ」
とても神社の清水を飲んでいるとは思えない有様でイケメンが撃沈する。
「まったく、霊などに関わるからだ!馬鹿もんどもが!」
よろよろと尋ねてきた稔達に気前よくペットボトルを手渡してくれた黒田が、死にそうな形相で水を飲む三人を叱りつける。
「これ、奈村さんにも飲ませた方がいいんじゃ……」
畳の上に這い蹲ったイケメンが乱れた髪の隙間から稔を見上げる。
「あー……あとで紹介しておくわ……」
畳に手を突いて四つん這いになった大透が言う。
稔は黙って水を飲んだ。ペットボトルを一本空ける頃には、水は普通の味になった。
「あ、ずっと土臭かったの、消えたわ」
稔が言うと、死の一歩手前みたいな顔していた二人もだいぶマシな表情で顔を上げた。
「俺も、ちょっと楽になった」
「まずいけど効くわー清水……」
これだけ霊験あらたかな清水だというのに、黒田は湧水だからと氏子が自由に汲めるようにしてある。稔達にも惜しげもなく振る舞ってくれる。売ったら儲かりそうなものだが……いや、霊に関わった人間以外にはただの水なのか。
ペットボトルを飲み干して、稔は息を吸い込んだ。
もう、土の匂いはしない。
『お世話になってます』
三人は心を込めて黒田に礼をした。そして、三人とも心の中で「もう二度と飲みたくない!」と声を揃えたのだった。
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