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第一話 創天宮の少女
しおりを挟むどこの世界だったか、「猿も木から落ちる」という言葉があった気がする。
どんなにその道に長けた専門家であっても、うっかりミスをしてしまうことはある。という意味だ。
「失敗した……」
だからつまり、神だって時には間違ってしまうものなのだ。
***
まずは器を作り、力を与え、最後に魂を入れる。
生物の作り方である。
リートの上司、アモルテスは最後の仕上げである魂を入れるのが仕事だ。神の中ではかなりの高位の偉ーい御方らしいのだが、リートは「かなり相当のろくでなしの間違いじゃないのか」と常々思っている。
そんなろくでなしに呼び出されたので、リートは嫌な予感を抱えながら創天宮の最上階、アモルテスの謁見の間を訪れた。
「何やらかしたんですか、いったい?」
「入ってきて開口一番にそれか。愛する偉大な師匠にもっと敬意を払え!」
アモルテスは長い白金の髪を揺らしてリートを指さすが、愛弟子の少女は冬を司る神が作った永久氷河より冷たい目で師匠を見た。
「ならば、何の用ですか?」
「ふっ」
アモルテスはおもむろに立ち上がると何故か窓辺に寄り外をみつめて遠い瞳をした。この時点でもう愛弟子の心中は「こっち向けないほどのことやらかしたならもったいつけてないでとっとと吐けや」である。
「リートよ。お前は私の一番弟子だ。ゆくゆくは私の跡を継ぎ、この創天宮の天主となる者だ」
「はあ」
「この創天宮はすべての命を司る場所。生き物の器を創り、生きるための能力を与え、生きる意味となる魂を与える。その役目はあまりにも重大なものだ。故に、その役目を負う者は、命のことを誰よりも深く理解しなくてはならない」
「はあ」
「というわけで、だ」
アモルテスはばっと振り返って声高らかに言い放った。
「お前には、とある世界に研修に行ってもらう!!」
まるでリートのための試練みたいな言い方をする師匠に、リートは夕から夜へ移りゆく空のような藍色の瞳を冷ややかに細めた。
アモルテスはぎしっと硬直した。この創天宮の偉大なる天主は、自らの愛弟子である少女の冷たい視線に弱いのだ。
冷や冷やとした視線を師に注いだまま、リートは口を開いた。
「つまり、弟子を直接送り込まなければどうにも出来ないほどの事態ということですね?」
「う……っ」
アモルテスは胸を押さえて目を逸らした。リートは溜め息を吐き、肩より少し上で切り揃えた艶やかな黒髪をぐしゃりと掻き混ぜた。
「それで、いったい何をしでかしたんですか?どうせ言わなきゃならないんだから、大人しく吐いてください」
「うぎゅ~……」
アモルテスは床に横座りに崩れてぷるぷる震え出した。でかい図体した男が鬱陶しい、とリートは尻を蹴り飛ばしたい衝動に駆られた。
「で?」
「う~……いや、大したことないっていえばないというか、まあもしかしたらちょっとあれかなってだけであって」
「で?」
「……第五十八億三千二百十八万一千二百八十五番世界にイルデュークス帝国という国がある」
アモルテスが右手をさっと動かすと、目の前の空間にその世界の景色が映し出される。
日々、新しい世界が生まれ、古い世界が消えていく。そんな無数にある世界の一つ、第五十八億三千二百十八万一千二百八十五番世界に関するデータをリートは頭に思い浮かべた。比較的新しく小さい世界だったはずだ。
イルデュークス帝国という大国が栄えており、その周辺国との平和を保っている。
「そうだ。そのイルデュークス帝国の皇帝には子供が一人、帝国を受け継ぐ皇太子だ」
アモルテスが映像を切り替えると、金色の髪と琥珀色の瞳の少年が映し出された。
「この世界は新しく、いまだ不安定だ。人間の数も他の世界と比べて少ない。今しばらくはイルデュークス帝国の支配の元の平和を維持し、その他の国と人間の力を養う必要がある。故に、皇太子となる者には美しい器、大国を維持するに必要な能力をすべて与えた。十六年前のことだ」
リートは頷いた。必要な場所にふさわしい人間を創り出すのが創天宮の仕事だ。器に能力を付与し、最後にアモルテスが魂を埋め込んで、母となる者の体内に送る。
短く刈り込まれた金の髪は秋の陽を受けた小麦畑のようで、それより少し濃い琥珀色の瞳と相まって見る者に甘い印象を与える。美しい少年だ。
「この少年が、何か?」
「……見ての通り、器には何も問題がない。能力も、神童と呼ばれるにふさわしいものだ」
リートは首を傾げた。
「では、何が……」
「最後に、魂を入れたんだがな」
アモルテスは口元にひきつった笑みを浮かべた。
「高潔な魂を入れるつもりだったんだ。誰からも敬愛され、忠誠を誓われるような魂を」
その言い訳がましい響きに、リートは眉をひそめた。
「当然、女性からも愛され、伴侶となる者と愛し愛されるように……」
「アモルテス様?」
「う……」
アモルテスは口ごもって青ざめた。リートは「まさか」と呟いた。
「まさか……間違えてとんでもない独裁者の魂を入れてしまったとかですか?それとも、卑しい漁色家の魂を入れてしまった?あ、もしかして同性しか愛せないようにしてしまったとか?」
「……ん……だ」
「はい?」
「も……ない……んだ」
「何です。はっきりおっしゃってください!」
「モテないんだ!!」
リートの追求に、アモルテスは目を瞑って渾身の力で叫んだ。
「……は?」
モテない?モテないって言ったか、今。
目を丸くするリートの視線から逃げるように顔を逸らし、アモルテスは苦しそうに声を振り絞った。
「美しい器に、類まれな能力……そして、絶対に女性に好かれることのない魂……それを兼ね備えたのが、彼だ!」
彼だ。と言われても。
リートはもう一度映像の少年を見た。
美しい少年だ。誰からも愛される容姿だ。でも、モテない。
帝国を維持するために十分な能力を与えられた神童だ。でも、モテない。
絶対にモテない魂を与えられてしまったから、どんなに容姿が良くても能力が高くても、モテない。
なんだそりゃ。
リートは呆れて開いた口が塞がらなかった。
「なんだって、そんな魂を……」
「間違えたんだよ!神だってたまには間違いますし猿だって木から落ちますし!」
アモルテスは口を尖らせてそっぽを向いた。
少しも可愛くないどころかイラッとする。リートはついうっかり舌打ちを漏らした。
「えっと、それで?帝国の皇太子をモテなくしてしまったからって何か問題が?」
リートは首を傾げて尋ねた。モテない魂を与えられてしまった少年は気の毒だと思うが、なんと言っても帝国の皇太子だ。婚姻は政略で整うだろうし、それほど問題はないのではないか。
そう思ったのだが、アモルテスは何故か得意そうに「ふっ」と笑った。
「どれくらいモテないかっていうと、たとえ政略であっても、どんなに権力欲の強い女も金さえあればガマガエルにでも嫁ぐことの出来る女であっても、「嫁ぐくらいなら死んだ方がマシ」と命懸けで拒絶するほどだ」
「そんなことって、あります!?」
いくら何でも信じがたい。どんな世界にもトップに登り詰めようとする女性は存在するはずなのに、そんな権力に取りつかれた女性達さえ敬遠するほどだというのか。
「ああ。娘を道具としか思っていない親であっても、皇太子に嫁がせるのは公衆の面前で娘を煮えたぎった油の中に叩き込んで煮殺すようなものだから、周りから「娘殺し」と非難されるから出来ない。というくらい皇太子はモテない」
「そんなことって、あります!?」
アモルテスは真顔で語っているが、いくら何でもそこまでモテないなんてことがあるか、とリートは信じなかった。
「あるんだ。だからな、リート」
素早く立ち上がったアモルテスが、リートの両肩に手を置いた。
リートはもの凄ぉく嫌な予感がした。
その予感を裏付けるように、アモルテスはにっこり笑って言った。
「お前を、第五十八億三千二百十八万一千二百八十五番世界に派遣する」
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