失敗作の愛し方 〜上司の尻拭いでモテない皇太子の婚約者になりました〜

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
3 / 42

第三話 リートの怒り

しおりを挟む




 べちゃっ

「へぶっ!」

 雲から吐き出されて床にぺしゃりと落ちたリートは、顔面を打った痛みとそれを上回る怒りにぶるぶると震えた。

「あ・の・ど腐れ野郎が……見てろ。いつか私が権力を握ったあかつきには……」
「リート様」

 ぶつぶつと報復を誓っているリートを、渋みのある声が呼ばわった。
 慌てて顔を上げると、目の前に八人の男女がひざまずいていた。

「我ら、創天宮より派遣されて参りました。リート様のお世話を言付かっております。なんなりとお申し付けください」

 リートはむくりと身を起こした。創天宮天主であるアモルテスの後継と認められているリートは創天宮ではアモルテスの次に身分が高い。ひざまずかれていることに驚きはしない。

「顔を上げてください」
「はっ」

 リートは一人一人の顔を見やった。それから、辺りを見回してここが天界ではないことを確認する。創天宮は天海石で造られた宮殿だが、ここは木で出来た家らしい。室内に家具はなく、真ん中に巨大な水晶板が浮かんでいる。

『よう、リート。無事に着いたか』

 水晶板にアモルテスの姿が映し出された。

「くたばれ」
『敬愛する師匠に向かってなんだ、その口のきき方はっ!』

 アモルテスはぷりぷり怒るが、リートは無視した。

『と、とにかく、これからお前が就く任務の説明をする』

 何が任務だ。尻拭いの間違いだろうが。
 そんな思いを乗せてじっとりと睨みつけてやるが、アモルテスはそれに気づかぬ振りで喋り続けた。

『この世界でのお前の身分は、伯爵令嬢リート・クーヴィットだ。そこにいるバーダルベルトがお前の父のクーヴィット伯爵だ』

 後ろに控えていた灰色の髭を蓄えた壮年の男性が頭を下げた。

『三日後、帝国学園の入学式がある。この国の貴族の令息令嬢が集まり、皇帝夫妻も国を担う若者に言葉をかけるために訪れる。皇太子も入学するからな。そして、お前も入学するんだリート』
「皇太子と同級生になって近づいて、魂を抜けってことですね」

 リートは肩をすくめながらも、自らの役目を果たすためにアモルテスの指示を聞いた。ここまで来てしまったらさっさと皇太子の魂を抜いて、早く天界に戻れるようにするしかない。

『うむ。ただ、リートよ。お前はよく知っているだろうが、魂というのはそう簡単に抜けるものではない』
「ええ。知っています。油断して無防備になっている状態でなければ、魂は表に出てきません」

 魂とは、常に器の一番奥深くに存在するものだ。他者の魂に触れるためには、こちらへの警戒を解いて無防備に信頼して貰わねばならない。

『ああ。そうだ。ところがな、皇太子はまったくモテずに女性から忌み嫌われる人生を送ってきたせいか、齢十五で既に結構な闇を抱えている』
「アモルテス様のせいでしょうが」
『責任の所在はさておき。そんな闇を抱えた皇太子に信頼され、常に側にいて魂を抜けるようにするためには、ただの同級生では駄目だと思うんだ』
「……というと?」

 リートは首を傾げた。アモルテスは神妙な顔つきで告げた。

『単刀直入に言う。お前には、皇太子の婚約者になってもらう』
「……はい?」

 リートは思わず間抜けな声を上げた。

『という訳で、三日間は己れを磨き上げろ!大丈夫、お前は可愛いから!愛してるぞ、リート!』

 一方的に言い放って、アモルテスは通信を切った。水晶板が透明に戻る。リートは何も映っていない板をみつめたまま動けなかった。

(婚約者……だと?)

 むかむかと、怒りが込み上げてきた。いったい、人のことをなんだと思っているんだ。
 確かに、魂を抜くためには都合がいいだろうが、自分の不始末を処理させるためにならリートをよく知らない男と結婚させても平気なのか。

「リート様」

 唇を噛みしめて肩を震わせるリートに、バーダルベルトが優しく声をかけた。

「ご安心ください。皇太子の魂の入れ換えに成功した後は、婚約者のリート・クーヴィットは病死することになっております」
「え?」
「偽の死体を用意して葬儀を行います。そのようにアモルテス様の命を受けております。後始末はすべて我々が行います」

 バーダルベルトが言うには、リート・クーヴィットは生まれつき病弱で領地に引きこもって暮らしていたという設定だそうだ。貴族令嬢の教養が足りなくて世間知らずでも「病弱で寝たきりだったから」ですべて説明できる。

「リート様は皇太子の心を開かせ、魂を抜くことに専念ください。まずは、こちらの世界の服にお召し替えを。アリーテ、モリシャ」
「「はいっ!」」

 バーダルベルトの声に返事をして、メイド服姿の女性が二人立ち上がる。

「まずは湯浴みですね!」
「どのドレスがいいかしら?」

 アリーテとモリシャは活き活きとリートを抱え上げて階段を駆け上がっていった。小柄なリートはされるがままに浴室へ連行され、全身磨かれた挙げ句、取っ替え引っ替えドレスを着せられる羽目になった。

「別に、ドレスとかどれでもいいです……」
「まー!何をおっしゃいます!」

 疲れ果てたリートがぐったりと椅子に沈み込むと、リートが元々着ていた真っ白なローブとズボンを片づけていたアリーテが声をあげる。

「せっかくお可愛らしい顔をなさっているのですから、この機会にお似合いになる服をみつけて、アモルテス様にお見せしましょう!」
「あのオッサンは私が何着てようと興味なんかないですよ……」
「まあ、なんてことを。アモルテス様のリート様への御寵愛の深いことは天界の者なら誰でも知っておりますのに」

 リートはぴくりと眉を動かした。御寵愛といえば御寵愛かもしれないが、それは面倒な仕事を押しつけるのにちょうどいいとか、小柄なのでちょろちょろしてると小動物みたいとか、そういう都合のいい愛玩動物のような扱いで愛でられているだけだ。あと、リートの弁舌が容赦ないのでその部分を面白がられていたりもする。
 決して、アリーテ達が想像するような意味の御寵愛を得ている訳ではない。
 だいたい、そんな相手だったら他の男の婚約者にしようとなんてしないだろう。
 アモルテスにとって、リートはあくまでただの弟子であり部下だ。リートは誰より良くそれを理解している。

(別にそれでいいし)

 アモルテスがことあるごとに「可愛い」だの「愛してる」だの言うのも、ペットを愛でる感覚に過ぎないのだ。

 リートはふぅと息を吐いて目を閉じた。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

図書館の堕天司書 ―私達も図書館から禁帯出です―

ふわふわ
恋愛
有能司書レリアンは、蔵書管理ログ不整合の責任を押し付けられ、王太子の判断で解任されてしまう。 だがその不祥事の原因は、無能な同僚テラシーの入力ミスだった。 解任されたレリアンが向かったのは、誰も使っていない最下層。 そこに山積みになっていた禁帯出蔵書を、一冊ずつ、ただ静かに確認し始める。 ――それだけだった。 だが、図書館の安定率は上昇する。 揺れは消え、事故はなくなり、百年ぶりの大拡張すら収束する。 やがて図書館は彼女を“常駐司書”として自動登録。 王太子が気づいたときには、 図書館はすでに「彼女を基準に」最適化されていた。 これは、追放でも復讐でもない。 有能な現場が、静かに世界の基準になる物語。 《常駐司書:最適》 --- もしアルファポリス向けにもう少し分かりやすくするなら、やや説明を足したバージョンも作れます。 煽り強めにしますか? それとも今の静かな完成形で行きますか?

処理中です...