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第七話 まさかの宣言
しおりを挟む皇太子を気絶させて終わった入学式から明けて翌日、リートは仲間達と朝食をとりながら本日からの作戦を確認した。
「ザルジュラック様のご協力で、皇太子とは同じクラスになることが決定しております」
アモルテスの悪友である命天宮の天主の名前を挙げてバーダルベルトが告げる。運命を司る神に何をせせこましい小細工をさせているんだと呆れつつ、リートは頷いた。
「そういえば、昨日の皇太子の友人達は誰ですか?」
ジェラルドを庇ってこちらを睨んでいた二人を思い浮かべて、リートは尋ねた。女性にはモテないが男性には普通に慕われているようだ。
「侯爵家嫡男アレス・バースターと伯爵家嫡男オスカー・ロットリングですね。皇太子の親友で側近候補です」
バーダルベルトがわずかに顔を曇らせた。
「彼らは幼い頃から女子に邪慳にされる皇太子を見ているので、リート様が皇太子に近づこうとすると何かを企んでいると思われて牽制されるかもしれません」
「なるほど」
リートはコーヒーをすすりながら小首を傾げた。
(皇太子に近づくためには、彼らとも友達にならないといけないのか)
面倒くさいなぁと溜め息を吐きたくなる。それこそアモルテスの傍に侍っている美天女のような容姿をしていたら地上の男ぐらいいくらでも手玉に取れるのだろうが、リートのようなちんちくりんでは色仕掛けは無理だ。人選ミスじゃないかと眉根を寄せながらリートは思った。
「では、いってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしております」
馬車に乗り込み、部下達に戦場に送り出されるような神妙さで見送られて、リートは学園へ向かった。
皇太子に自然に近寄るなんて芸当が自分に出来るのだろうかと不安を抱きながら、御者とも別れて一人で学園の建物に立ち入る。周りには他の生徒達がたくさん居て、若者達だけの空間はきらきらと輝いていた。
昨日も思ったが、自分のような地味なちんちくりんよりもライリンちゃんあたりの美天女を送り込んだ方があっさり皇太子を籠絡出来ただろうに。貴族令嬢達のきらびやかさを目にすると余計にその思いが強くなる。リートは別に自分の容姿に不満はないが、まっすぐに切り揃えられた黒髪と藍色の瞳では男性の目は惹かないだろう。おまけに背も低いので比喩ではなく埋もれる。
(うーん。まあ、やれるだけのことはするけれども)
とりあえず、今日のところはにこやかに挨拶して好印象を与えるだけだ。それぐらいなら簡単だ。たぶん。皇太子も昨日のように気絶したりはしないだろう。たぶん。
リートは一つ息を吸って、意を決して教室の扉を開けた。
「おはようございます」
リートが教室に入ると、周りの目が一斉に集まった。
「おはようございます、クーヴィット様」
「昨日は大丈夫でしたか?帰ってから御気分が悪くなったりなさらなかった?」
昨日もリートを心配していた令嬢達がわらわらと寄ってくる。
(いや、いくらなんでも皇太子の扱いが酷くないか?)
アモルテスはなんだってここまでモテない魂を創ったのだろう。十六年前の彼は何か嫌なことでもあったのか。もしかしてお気に入りの天女をイケメンに盗られたりしたんだろうか。
「ええ。皇太子殿下に失礼をしてしまったのではないかと心配で……お詫び申し上げたいのですけれど、殿下はまだいらしてませんのね」
出来るだけ深窓の令嬢っぽい雰囲気を出して言うと、周りを囲む令嬢達が息を飲んだ。
「クーヴィット様、まさか今日も殿下に話しかけるおつもりなの?」
「え?ええ……」
「だ、大丈夫なんですの?」
「ご無理はなさらないで!」
「いえ、無理はしていませんけれど……」
リートは令嬢達の顔を順に見た。誰一人として、意地悪そうな色を含んでいる令嬢はいない。彼女達は別に他人を見下したり意地悪をしたりするような人間ではないのだろう。それでもこんな態度になってしまうぐらい、魂の影響とは強いものなのだ。
つくづく、自分の上司が申し訳ないとリートは思った。
(私がここにいる間は、心を込めて皇太子に尽くそう)
それぐらいしか、お詫びのしようがない。
リートは覚悟を決めるとキッと顔を上げた。
「私は、昨日初めて皇太子殿下にお会いして、とてもお優しい方だと思いましたが、皆様は殿下のことをどう思ってらっしゃいますか?」
小首を傾げて尋ねると、令嬢達は目を丸くした。
「それは……素晴らしい方だと思っていますよ。ただ、お近づきにはなりたくないだけで」
「臣下として仕えるならばこの上ない御方です。ただ、お姿を拝見するとイラッとしてしまうだけで」
令嬢達の言葉を聞く限り、帝国を継ぐ者として尊敬し忠誠を誓う心と、異性として毛嫌いする気持ちが彼女達の中に同時に存在しているようだ。
これはもしかしたら、彼女達も己れの相反する感情に苦しめられているのではないだろうかと、リートは思った。
本来であれば自然に敬愛し忠誠を抱くことの出来るはずの相手に、魂から発せられるモテないオーラのせいで嫌悪感を抱かされるのだ。彼女達のせいではなく、全面的にアモルテスが悪い。
「そうなのですね。私はこれまでずっと領地にいたため世間知らずなのですが、せっかく学園に通えるようになったのですから、殿下も含めた皆様と仲良くしたいと思っております」
そう言ってにっこり笑った時、戸口でガタッと音がした。
振り向くと、アレスとオスカーの背に隠れるようにしてこちらを窺う皇太子ジェラルドの姿があった。
顔を真っ赤に染めて泣きそうに目を潤ませているジェラルドと目が合って、リートは優しく微笑んでみせた。
「おはようございます。皇太子殿下」
「ふああっ!!」
挨拶しただけでオスカーの背中に隠れられる。
「き、昨日の……」
「はい。リート・クーヴィットでございます」
オスカーの背中に隠れたジェラルドの顔を覗き込もうと試みるが、オスカーを盾にして逃げられる。
「き、昨日の件で何か支障があったのなら、慰謝料は払う!」
「いや、なんでですか?慰謝料をいただくようなことは何もされていませんよ」
「だ、だって、俺に触れたじゃないか!」
「私から触れたのだから、慰謝料を請求されるとしたらむしろ私の方なのでは?」
リートがずんずん近寄るのにジェラルドが逃げるので、盾にされたオスカーはその場を支点にしてくるくる回る。ちょっと迷惑そうだ。
「おい!ジェラルドは女子に免疫がないんだ!あまり近寄るな、また倒れるだろうが!」
アレスがリートの首根っこを捕まえて怒鳴った。
そりゃあ女子に免疫がなくなって当然だろうな。とリートは申し訳なさが募った。
(皇太子も女の子達も全然悪くないのに。うちのろくでなしが余計なことさえしなければ、もしかしたらこの子達の中に未来の皇妃がいたかもしれないのに)
リートは思考を巡らせた。皇太子モテない問題は魂を入れ換えてしまえば解決するが、しかし、これまでに女の子達から冷たい扱いを受けたジェラルドの記憶は消えない。女の子達の方にも、自分達がジェラルドを嫌い抜いていた罪悪感が残る。それでは、両者の間はギスギスしたままになるのではないか。
それに、ジェラルドに女の子に対する免疫を付けておかなければ、このままではせっかく魂を入れ換えてもジェラルドは女の子から逃げ続けるのではないだろうか。
(免疫を、付けなければ!)
リートは決意した。
決意したので、口に出して表明した。
「ならば!私が皇太子の免疫を付けるお手伝いをします!」
「はあ!?」
アレスが眉をしかめるが、リートは己れの使命感に従って宣言した。
「皇太子が女の子を怖がらなくなるまで、私が毎日、皇太子に触りまくります!!」
それはリートの正体を知らない者からしたら、伯爵令嬢のまさかのセクハラ宣言だった。
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