失敗作の愛し方 〜上司の尻拭いでモテない皇太子の婚約者になりました〜

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
39 / 42

第三十九話 違う

しおりを挟む



 皇帝の言葉を聞いた後は、集まった貴族達の前で、イルデュークス帝国の祖先神の像に皇太子妃となる娘を紹介し、婚約の許しを得る儀式を執り行う。
 それが終わって、いよいよ誓いの言葉を交わし、婚約宣誓書に名前を記名すれば正式に婚約が成立する。
 喜ばしい瞬間が目前に迫っているというのに、ジェラルドは何故か違和感を覚えていた。

「殿下? どうなさいました?」

 隣に寄り添う少女が、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「ああ、なんでもないよ。リート」

 ジェラルドは愛しい少女の名を呼んだ。それなのに、胸に言いようのない違和感が沸き上がる。

(何だ……?)

 隣に立つ少女は、ジェラルドが贈った薄いオレンジ色のドレスを着て微笑んでいる。
 よく似合う。ジェラルドが周りを巻き込んで散々悩んで選んだドレスなのだ。着てもらって嬉しい、はずなのに、何故かジェラルドは彼女のドレス姿を直視できなかった。
 何故だろう。違和感を覚えてしまうのだ。

「リート……」
「はい。殿下」

 名を呼ぶ度に募る「違う」という感覚。どうしてだろう。あんなにも幸せだったのに、伯爵家に招かれたあの日からジェラルドの心は何かを失ってしまったような寂寥を感じていた。

 まるで、リートを失ってしまったような。

(馬鹿な。リートは隣にいるじゃないか)

 自分にそう言い聞かせる。

「皇太子ジェラルド。イルデュークス帝国を継ぐ者よ」

 誓いの儀式が始まる。

「汝の愛する伴侶となる者の名を呼べ」

 皇帝の重々しい声が響く。

「リート・クーヴィット」

 ジェラルドは答えた。
 続けて、皇帝が言う。

「その者はこの場にいるか」
「こ……」

 此処に。

 そう答えて、リートの手を取り、二人で皇帝が差し出す婚約宣誓書に記名すれば儀式は終わりだ。
 それだけのことなのに、何故がジェラルドは言葉に詰まった。

「……」

 声が、出てこない。

「ジェラルド様?」

 隣に立つ少女が、そっと手を伸ばしてジェラルドの腕に触れた。
 瞬間、ジェラルドの背筋に言いようのない悪寒が走った。

(違う)

 唐突に、そう確信した。

 違う。これは、リートじゃない。

 腕に触れる指先に、僅かに躊躇いが、拒絶が、嫌悪が宿っている。
 リートに触れられた時の、あの優しく温かい感触とはまったく違う。

「……違う」

 ジェラルドは振り絞るように言った。

「違う。お前はっ……リートじゃない」
「え?」

 隣の少女が、目を丸くした。
 ジェラルドは、彼女をきっと睨みつけた。

「お前は、リートじゃない」

 愛しい少女を突然拒絶した皇太子の乱心に、立ち並ぶ貴族達がざわめいた。
 ジェラルドは目の前の少女を睨みつけた。美しい容、大輪の花が咲き誇るような、見る者を魅了する姿態。

 違う。リートじゃない。リートはもっと小柄で、子供みたいな容姿で、普段は硬い表情の方が多くて、でも、笑うとふにゃっとやわらく崩れて。

「殿下? いかがなさったのです?」

 媚びるように「殿下」だなんて呼ばない。嬉しそうに「ジェラルド様」って呼ぶのだ。

「俺のリートをっ、返せっ……!」

 ジェラルドが叫ぶのと同時だった。

 儀式の行われる広間の扉が、独りでに開いた。——ように、見えた。ジェラルド以外の者の目には。

 ジェラルドの目には、息を切らせてそこに立つ、小柄な少女の姿が見えた。

「……ジェラルドっ」

 愛しい少女が、そこにいた。




 ***




 ガタコトと馬車を走らせて伯爵家へ戻ると、家の前に仲間達がずらっと並んでいた。

「何故、アモルテス様に逆らった?」

 馬車を停めると、ポドロに向かってそんな質問が飛んでくる。
 ポドロは肩をすくめて小さく息を吐いた。

「さあ? 下界の空気に毒されたようです」

 そう答えて、ポドロは少し後ろを振り返った。
 今頃、王宮では婚約式が終わる頃だろうか。間に合っただろうか。

「人形に、見えなくて」

 ポドロはふっと笑った。

「ただの、恋する女の子にしか見えませんでしたよ」

 視界の端で、アリーテが二度ほど頷くのが見えた。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...