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第四十二話 失敗作の愛し方
しおりを挟む一夜明けると、クーヴィット伯爵家は消え去っていた。
台所から出た火が燃え広がり、瞬く間に屋敷を焼き尽くした。婚約式から帰宅したクーヴィット伯爵は逃げ遅れた使用人を助けようと火に飛び込み、亡くなった。
娘であるリートは婚約式の後、王宮で過ごしていたため無事であった。
そんな記憶が、国中の人の中に芽生えていた。
人々は皇太子の婚約者が無事であったことを喜びながらも、天涯孤独となった令嬢に同情した。
焼け落ちた屋敷の前に立ったリートは、皆が天界に帰りここには何も残されていないと知っていた。
「リート」
ジェラルドがそっと囁き、背後からリートを抱きしめた。
リートは空を見上げた。
神は永遠の命を持つ。天界人も数百から千年は生きるのが普通だ。
リートは魂を得て、地上の生き物になった。この世界でジェラルドとともに数十年の短い時を生きて、やがて天に還る。
そうして、浄天宮で清められ、命天宮で運命を決められ、創天宮で新たな魂として作り直され、またどこかの世界に生まれるのだ。
「ジェラルド」
リートは空を見上げたまま微笑んだ。
「ハンカチ……燃えちゃったわ」
ジェラルドは目を瞬いた。
「ハンカチなら、また贈るよ。というか、何もかも燃えてしまったんだ。母上はじめ夫人方令嬢方がリートにドレスを宝石を靴をとすごい騒ぎだぞ。しばらくは贈り物責めになる覚悟をしていた方がいい」
リートはくつくつと笑った。
ジェラルドは何も訊かない。リートが何者なのかも。アモルテス達が何者なのかも。
リートも何も言わない。彼らのことは、地上の人間が知ってはいけないことだ。
たぶん、リートもそのうち忘れるんじゃないかと思う。天界の記憶を。
地上で生きる者に、天界の記憶は必要ないから。気まぐれな運命の神に、ひょいっと記憶を取り上げられるような気がする。もうお前には必要ないだろ、って。
(さようなら。アモルテス様)
心の中で別れを告げる。
「リート。王宮へ帰ろう」
「うん」
ジェラルドに手を引かれ、リートは歩み出した。
皇帝ジェラルド・イルデュークスの治世は帝国史上最も偉大な時代と呼ばれる。
彼はイルデュークス帝国をさらに発展させ、長きに渡る帝国の支配と平和を築き上げることになる。
皇帝妃となった伯爵令嬢リート・クーヴィットとの間に五人の子を設け、生涯仲睦まじく過ごしたと後世に伝えられている。
***
壮麗な白い宮殿の一室で、長い白金の髪を垂らし、物憂げに考えに耽る。
「アモ様、まだ失恋のショックから立ち直っていないんですの?」
人払いを済ませたはずの室内に、呆れたような声が響いた。
「本当に情けない方」
ひらひらと袖を振りながら近づいてきたライリンが、椅子に腰掛けているアモルテスの背中から腕を回して抱きしめる。
「あたしがこんなにやさしく慰めてさしあげているのに」
拗ねるような、からかうような、イタズラっぽい口調でライリンは言う。
「そんなに寂しいなら、また人形をお創りなればよろしいのに」
すると、無反応だったアモルテスがぴくりと肩を揺らした。
「……いや、もう当分、人形は必要ない」
静かに言って、アモルテスは自分に抱きつくライリンを振り返った。
「お前は、私のそばにいてくれるか」
「本当に、情けない御方」
呆れたことを隠しもせず、ライリンは眉を下げて溜め息を吐いた。
それから、肩をすくめてふっと笑った。
「でも、あたしは情けない貴方を愛して差し上げますわ。あの失敗作の人形のことを忘れられるまで。ずっと」
アモルテスはそれを聞くと、ふいっとそっぽを向いた。
「なら、忘れない」
「はあ?」
「忘れたら、愛してくれないんだろう」
「なんでそうなりますの!」
面倒くさいことを言い出したアモルテスに、ライリンが眉をつり上げた。そこへ、
「ほほほ!では忘れたら私が愛して差し上げますわ!」
「ビビラッサ様、いつからそこに!?」
「私はいつでも、どんなアモルテス様でも愛しておりますわ」
「セフィリーン様!」
手強い恋敵達の登場に、ライリンは一気に戦闘態勢になる。
この後、さらに他の愛人達も乱入してきて大騒ぎになり、創天宮の天主は天界一恐ろしい浄天宮の天主にしばき倒され、それを見た命天宮の天主が腹を抱えて笑うのだった。
完
***
おまけ
創天宮・・・生命を司る神アモルテスの支配する宮。
命天宮・・・運命を司る神ザルジュラックの支配する宮。
浄天宮・・・死と浄化を司る神ハルデラグスが支配する宮。常に過重労働のブラック役所。
祭天宮・・・めでたそうな名前だが、地上の世界に「いつ」「どんな」災害が起きるかを決定する宮である。地震とか洪水とかの起きる場所とか規模とか決める。「災」天宮の間違いじゃないのか、と誰もが思っているが怖いので口には出さない。
他にもいろいろな宮があるよ。
器を創り魂を入れると、他の宮に送り、そこから親の胎内へ贈られます。
天界人も地上の人間と同じく、親から生まれるので赤ん坊からスタートですが、リートは人形なので親は存在せず、十五歳ぐらいの肉体で創られてすぐにそのままアモルテスの元で働き始めています。「設定」されているので疑問は抱きません。
創天宮の住人はリートがアモルテスの人形だと知っているので、「設定」に沿って適当に合わせています。
ジェラルドは「モテない」魂の持ち主なので、彼と年齢的に釣り合う女の子からは毛嫌いされますが、年輩の既婚女性などジェラルドの恋愛対象になり得ない年齢立場の女性はそれほどジェラルドに嫌悪を抱きません。
神が創った魂ではなく、大切に愛された物に生まれる魂・・・我々の国でも大事に使った物に魂が宿るっていいますね。九十九神とかね。
アモルテスは従順な人形に飽き飽きして、自分にツンツンな相手を一から落として夢中にさせる恋愛ごっこをしようとしていたけれど、ツンツンな人形の心をとらえたのは誠実でまっすぐな少年の方でした。残念!でも自業自得。
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面白かったです。
最後ザルジュラックが手を貸してくれたのは、「愛するものが現れる」に賭けてたんだろうなーと思いました。絶対下心あるw
アモルテスは賭けに負け、修羅場り、人形は失い、怒られたと…わりとフルボッコですね(笑)
神が二心どころか多心持つのは…うちの世界も大概ですからね、寧ろ可愛いかったです。
楽しい作品を有難うございました。
付喪神…なるほど〜って思いました。
ほっこりです。
みんな、お幸せに!
登場人物がみんなそれぞれ生き生きしていて、とっても可愛くて愛しい物語でした。
失敗してしまったかわいそうなアモルテスを含めて、お幸せに!と思いました(^^)
心があたたかになる素敵な物語をありがとうございます。