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89、悪意の発火
しおりを挟むガウェインが出て行って一人になった監督室で、私は勉強に集中するのを諦めてペンを放り出した。
ガウェインの性格が変わるほどの何かをリリーナがやらかしたんだとしたら、何故、リリーナはお咎めなしで今でもガウェインと一緒にいられるのだろう。いくら親戚といえど、縁を切ったり出来なかったのか。
「うーん……」
一人でうんうん唸っていると、監督室にニチカが飛び込んできた。
「何の用よ!」
お前こそ、何の用だよ。
「ニチカさん、ごきげんよう。何かありまして?」
「あんたが私を呼びだしたんでしょう! 悪役令嬢のくせに!」
はい?
「さては、今さら私をいびるつもりね!? 返り討ちにしてやるわ!」
ニチカはファイティングポーズを取って私を威嚇する。
やだ。返り討ちにされちゃう。
「ニチカさん、落ち着いて。私はあなたを呼び出したりしていないわ」
「嘘吐かないでよ! 「平民の分際でアルベルトに近づかないで!」とか言うつもりなんでしょう!」
「あなた、最近はアルベルト様に近づいていないじゃない。そんな警告する必要ないわ」
「ん? それもそうね」
あ。納得した。基本、素直なんだよな。
「私が呼んでるなんて、どなたからお聞きになったの?」
「リリーナが……」
リリーナ?
私がばっと顔を上げたのと同時だった。
カシャンッ
戸口から放り込まれた何かが、床にぶつかって割れる音がした。
次いで、扉がバタンッと閉まった。
そして、床に炎が立ち昇った。
「え?」
ニチカが戸惑った声を出す。
火が彼女のスカートの触れそうになったので、慌てて手を引っ張って火から離した。
ちらりと見た床にガラスの破片のようなものが見える。
おそらく、可燃性の何かと火種を入れたガラス瓶のようなものを投げ入れて、扉を閉めたのだ。
(まさか、リリーナが……?)
私の背に冷や汗が伝う。
炎のせいで、扉まではいけない。逃げ道は、窓しかない。
「え? え? なんでぇ?」
涙目で狼狽えるニチカがすがりついてくる。
「落ち着いて。窓を開けて、助けを呼ぶのよ」
「わ、わかった……」
ニチカは怯えながらも素直に窓辺に寄った。震える手で窓を開け、外に向かって叫ぶ。
「助けてぇ! 誰かーっ!!」
しかし、運悪く外には人の姿がない。いざとなったら飛び降りるしかないか。でも、三階から飛び降りたら運が良くても大怪我は免れない。
「うわああんっ! 誰もいないーっ!! 誰かーっ! ケイレブー!!」
ニチカが窓から身を乗り出して絶叫した。
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