11 / 12
11
しおりを挟む「セラ!」
私は驚いて振り向きました。
平民の礼服に身を包んだロッドが、私に駆け寄ってくるのが見えました。
「ロッド……どうしてここに……」
「お義母様とお義姉様が、俺を呼びに来て、セラを助けにいけと……」
「まああ! 何故、平民風情がここにいらっしゃいますの!?」
公爵夫人が卒倒せんばかりに喫驚いたします。私はロッドにすがりついて涙を流しました。
「ロッド……」
「大丈夫だ、セラ」
ロッドは安心させるように私の背を撫でてくれました。
「どこから忍び込みましたの!? 汚らわしい!」
ロッドを罵られて、私が思わず公爵夫人を睨んだその時です。
「やめないか!!」
鋭い声と共に、公爵様が現れました。普段お優しい穏和な笑顔を浮かべている公爵様が、今はとても厳しい顔つきをなさっておいでです。
「ああ、貴方! すぐに追い出してちょうだい!」
公爵夫人が夫である公爵様に強請ります。私はロッドを守りたくて彼の腕をぎゅっと握りました。
「お前は何を言っている?」
公爵様は、公爵夫人を冷たく見下ろしました。
「彼は私が招いたのだ」
「え?」
公爵様のお言葉に、私は目を瞬きました。
「そうなんだよ、セラフィーヌ」
お父様が言います。どういうことでしょう?
「ロッドから驚かせたいからお前には秘密だと言われていたんだがね。こうなっては仕方がないだろう」
お父様が目で促すと、ロッドは少し気まずそうに目を逸らしました。
「セラフィーヌ嬢。貴女の婚約者であられるロッド殿は、新しいワインを開発し王室へ献上した功績で、「サー」の称号を賜ることが決まったのですよ」
「へ?」
「授与はまだ先になりますが、今夜の夜会では貴族達にそのワインを振る舞うことになっておりました。そのため、彼にも我が家へ来て貰っていたのです」
公爵様の説明に、私はロッドの顔を覗き込みました。
「ごめん。秘密にしていて……」
ロッドは照れくさそうに頭を下げました。
確かに、ロッドはずっと新しいワインを作ろうと努力していました。
「実は今夜、ワインを振る舞う際にロッドに出てきてもらい、セラフィーヌに最初の一杯を献じることになっていたんだよ。その上で婚約者であると発表すれば、もう大丈夫だと……」
お父様が語尾を濁されます。
そうだったのですね。おそらく、お父様が公爵様へお願いしてロッドを連れてきたのでしょう。
大々的に正式な婚約者だと発表し、平民といえど新たなワインの開発者という有能な者であると貴族の皆様に認めていただき、私が不幸な婚約を無理強いされているわけではないと証明するために。
「まあ! 「サー」などと一代爵位ではありませんの! それに、子爵令嬢が農夫に嫁ぐなど、不幸になるに決まっていますわ!」
公爵夫人はなおもがなり立てていましたが、私はもう聞きたくなくてロッドの胸に顔を埋めました。
「いい加減にしないか! 平民嫌いなお前が騒ぐと思ってロッド殿を招くことを知らせていなかったのは私の落ち度だが、まさかここまで愚かな真似をするとは……妻を連れて行け」
公爵様の命で、公爵夫人は使用人達に抑えられ連れて行かれてしまいました。かなり騒いでおられましたが、どうやら公爵様は夜会の会場には戻らせないおつもりのようです。
「セラフィーヌ。大丈夫かい? 家に帰ろうか」
「別室を用意する。セラフィーヌ嬢とロッド殿にはそちらで休んでいただこう」
「……いいえ」
公爵様のお申し出に、私は首を横に振りました。
「会場へ戻りますわ」
「セラフィーヌ?」
「予定通りに、ワインを振る舞ってください」
私は顔を上げてロッドをみつめました。
「最初の一杯を、私に捧げてくれるんでしょう?」
にっこり微笑むと、ロッドの顔にも笑顔が浮かびました。
それから、私はお父様お兄様と共に会場へ戻り、心配していたお母様とお姉様に抱きしめられました。
そして、公爵様が新しいワインを紹介し、その開発者としてロッドが会場へ呼ばれ、その婚約者として私の名が呼ばれました。
ロッドは私にワイングラスを捧げ、微笑みます。
「君のために作ったワインだ。名前は『セラ』」
そうして私がワインを飲み干すと、会場中が拍手と祝福の声に包まれました。
「夢のようだわ……」
私はロッドに寄り添い、皆様がロッドの作ったワインを口にされる様子を眺めて呟きました。
「俺の方こそ夢のようだ。貴族の夜会なんて場違いで。セラはこんな世界で生きているんだな」
「あら。私だって夜会はまだ二回目よ」
「うん。……しかし、見目麗しいキラキラした方達を見ていると、セラには本当に平民の俺でいいのかと自信がなくなるよ」
「なんてこというのよ! 馬鹿!」
私は頬を膨らませてロッドを軽く小突きました。
「もう誰にも、私の幸せな結婚を邪魔させたりしないわ! たとえロッドにでもね!」
108
あなたにおすすめの小説
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
貴方の知る私はもういない
藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」
ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。
表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。
ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。
※ 他サイトにも投稿しています。
婚約者を交換しましょう!
しゃーりん
恋愛
公爵令息ランディの婚約者ローズはまだ14歳。
友人たちにローズの幼さを語って貶すところを聞いてしまった。
ならば婚約解消しましょう?
一緒に話を聞いていた姉と姉の婚約者、そして父の協力で婚約解消するお話です。
婚約破棄、別れた二人の結末
四季
恋愛
学園一優秀と言われていたエレナ・アイベルン。
その婚約者であったアソンダソン。
婚約していた二人だが、正式に結ばれることはなく、まったく別の道を歩むこととなる……。
みんながまるくおさまった
しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。
婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。
姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。
それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。
もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。
カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
嘘の誓いは、あなたの隣で
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。
けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。
噂、沈黙、そして冷たい背中。
そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、
一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。
――愛を信じたのは、誰だったのか。
カルバンが本当の想いに気づいた時には、
もうミッシェルは別の光のもとにいた。
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる