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第11話 王太子アレン・ハッターツェルグの放心
しおりを挟む自室のソファに転がって、アレンは天井をみつめていた。
腹の上には小さな毛玉が乗っている。さっきミルクを与えたのでもう飢えていない獣達が、床を転げ回ったりアレンの髪を食んだり傍若無人に暴れ回っている。王太子の部屋で不敬にも程がある。
アレンの脳裏には、この獣達に襲われたエリザベートの姿が先程から何度打ち消しても蘇ってきて、ソファに横になっているというのに少しも心が安まらなかった。
「それで、どうするんだ?」
「あー……?」
生返事しかしないアレンに業を煮やして、エリオットは詰め寄った。
「ミリア嬢のことだ!もはや放置出来ないぞ!」
厳しい口調で言うエリオットの腕の中には、白い毛玉がちょこりと丸くなって寝息を立てている。
「くんくん」
「きゅーん」
「わふっ」
「きゃんきゃん」
エリオットは自身の足にじゃれつく毛玉を見下ろして眉間に皺を寄せた。
ミリアはいったいどこからこんな恐るべき獣達を連れてきたのか。王太子の婚約者を蹂躙しただけでは飽きたらず、王太子の側近候補たる己れと王太子本人を籠絡しようと目論んでいる。
(おのれ!奴の思い通りになってたまるか!)
抱っこした毛玉の小さな頭を撫でながら、エリオットは決意した。
「アレン、こやつらは危険だ。側に置いておかない方がいい」
「ああ……だが、さっき母上にみつかって一匹持って行かれてしまった」
「なんだって!王妃様が危険だ!」
「手遅れだ。既に「ワルターレッテ」という名前を付けられていた」
「名前を……くっ、それでは最早手の出しようがないっ」
「ああ。せめて他の個体には王太子の婚約者を汚した罪により重い処罰を与えようと思う。この王宮の庭の隅に小屋を建て、そこに生涯監禁する。小屋の外に出られるのは監視付きで一日一回のみだ。逆らう気が起きないよう、従順になるまで調教も施してやろう」
それを聞いて、エリオットも胸を撫でおろした。腕の中で恐るべき罪を犯した毛玉が「きゅわっ」と欠伸をする。そんなのんきな顔をしていられるのは今のうちだ。
「……なぁ、エリオット」
天井をみつめたままのアレンが、ぽつりと口を開いた。
「なんだ?」
「エリザベートのことだが……」
飢えた獣達の中からエリザベートを助け出すのは至難の業だった。どかしてもどかしても小さなしっぽを振って寄ってくる獣達に、エリザベートはもちろんのこと、アレンとエリオットも翻弄されたのである。
助け出した時、エリザベートは既に立って歩くのもやっとの有様だった。いつだって凛として気高い彼女が、涙目になっていたのを思い出してエリオットの胸は痛んだ。
廊下の床に義妹の頭を叩きつけて土下座するスカーレットに「処罰は後日言い渡す」と言いおいてその場を後にしたが、バークス男爵家に対してどんな処罰を与えるかを決定するためには、あの出来事を国王へ報告しなければならない。あのようなことを国王の耳に入れて良いものか。エリザベートの名誉は保たれるのか。エリオットは迷っていた。
「エリザベートの……あんな……」
「ん?」
エリオットと同じく逡巡しているのか、アレンの声ははっきりしなかった。聞き返しても、視線をこちらへ向けない。
「アレン?」
「……初めてだった」
「何がだ?」
「……エリザベートの、あんな顔を見たのは」
目を丸くするエリオットの前で、アレンはどこかぼんやりした口調で呟いた。
「いつも、何があっても表情を崩さないというのに、眉を下げて目に涙を溜めて……小さく震えて叫び声を上げていた……エリザベートが、あんな弱々しい姿を見せるとは……」
「それは……あんな状況ではいくらエリザベート嬢でも平静でいられるはずがないだろう」
「ああ、わかってる。それはわかっているんだが……あの時の、エリザベートの顔が、その……か」
何か言い掛けたアレンの顔に、茶色い毛玉がぽふっと乗っかって「きゃん!」と鳴いたので、その続きは聞けなかった。
だが、どうやらアレンはエリザベートの心配をしているらしいとわかり、エリオットは意外に思いながらも安堵した。不仲な婚約者と言われても、相手を思いやる気持ちがあるならば寄り添っていくことは不可能ではない。
顔に乗っかった毛玉にぺろぺろ顎を撫でられているアレンを助けようとしたところで、部屋の扉が乱暴に開けられて、怒りの形相の公爵が踏み込んできた。
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